第485話、いつも文句や批判ばかりだけど、それもやっぱり意識しているからこそ
そうして。
その場には、ナオと恭子だけが残されて。
正しくその瞬間を待っていたとばかりに、お互いが改めて顔を付き合わせると。
「あんな怖いところへ向かうのに、止めなかったのは……やっぱりあなた、これからのこと知っているからなのでしょう? それでも無事に、未来を生きているのを知っているから止めなかった。あっているかしら」
「……ああ。さすが、恭子さん。何でもお見通しですか」
「なんでもはわからないわ。だから訊いたのよ。これから、この世界はどうなっていくのかを、ね」
知っているのなら教えてちょうだいと。
変わらぬ笑みを湛えたまま、恭子は真摯に問うてくる。
自身のこれから、ではなく。
それはあくまでも、皆の母親的ポジションである彼女らしい言葉であって。
「『黒い太陽』。『災厄』に憑かれし人物が誰だったのか、分かってはいたんです。
だけど、それが落ちていくのを何度繰り返しやり直しても、止めることはできなかった。……いえ、止めようとすれば止められはするはずなのです。手段さえ選ばなければ。しかしそれは、今のところ別の滅び、そのきっかけを生むことにかならない。だからこそ……俺は飽きることなく繰り返して、探してるんです。皆が笑い合える未来、その道筋を」
それは、未だ見つかってはいないけれど。
見つからなくて焦って、がむしゃらに心軋み壊れるほど繰り返すのは『自分たち』だけでいい。
幸せで平和な未来を勝ち取った、その道筋(レール)に乗る瞬間を待っていてくれればいい。
そう言って、突き放すようにナオは笑ったけれど。
「そのみんなの中には、『あなたたち』だって含まれなきゃ。お母さん、許しませんからね」
「ははは。肝に銘じておきます」
突き放したのに、みんなのお母さんでありたい彼女は。
ただただレールに乗ることに甘んじることなく、身を賭して澪尽くすのだろう。
確かに重なる未来がそう証明していたから。
全く叶わないなぁ、と。
泣き笑いのような表情を浮かべるとともに、心の奥に暖かいものを感じ取っていたのは確かで……。
※ ※ ※
一度目の黒い太陽の顕現。
『パーフェクト・クライム』誕生の瞬間。
大きにすぎる愛をもって、際限なく力を増していたそれは。
遅かれ早かれ起きていたこと、ではあった。
於部みなきが半ば入れ替わるようにして奪い取っていなくても。
黒姫瀬華が、その溢れ結界しそうになる暴威を必死に逃がそうとしたとしても。
変わらず世界を焼き尽くしていたはずで。
―――愛を以て分かち合い、悠久の時間をもって昇華する。
それが、机上の空論、絵空事であるのにまゆが気づかされたのは。
あろうことか、助けようとしていたナオのことを刺し、力の暴走に従うままに『ドリーム・ランド』の最深部へと向かう屋代美弥……ではなく、
於部みなきその人を追いかけていった、正にその瞬間であった。
「……っ」
深く深く息を吐(つ)いて、暴れ出す心臓を必死に抑えているように見える、ついさっきまで屋代美弥と名乗っていたはずの少女。
甘い亜麻色であった髪は、色が落ちたかのような銀色に光輝き。
穏やかな波を湛えていたブラウンの瞳は、黄色、橙、赤とみるみるうちに変化し、最後には血よりも赤い真紅へと成る。
その、ゾクリとする魔性の瞳が、まゆを射抜くが。
その虹彩は目前まで迫ってきた天使を視界に入れているのか、判断しづらかった。
「ぐうううぅぅうっ……」
「まさか、『災厄』に耐え、抗おうとしてると?」
ナオがどこからともなく生み出された兇刃に倒れるといった、衝撃の光景を目の当たりにして。
苛烈な感情に襲われるがままに彼女のことを追いかけてきたが。
それも、今の状況も、彼女の本意ではないのかもしれない。
みなきも、憑いた『災厄』をどうにかしたいと、必死に心内で抵抗しているのかもしれない。
「気をっ!? しっかり持つとねっ! ……あ、そだっ。一人で抱えきれないのなら、分ければいいと! さぁ、こっちへ!」
その時のまゆは、新たに生まれ用としている災厄が、於部みなきを宿主としているのだと疑っていなかった。
代々そんな『災厄』を、背中……翼に溜め込み、分け合って。
暴発し溢れ、世界に蔓延ろうとするそれを、抑え込んできたのだ。
まゆ自身、『災厄』を分かつその使命を負うことは初めてであったが。
今までそんな天使の使命を全うする母の姿を目の当たりにしてきたし、それがうまくいくと、疑っていなかったわけだが。
まゆは母の、歴代の翼あるものたちの教えに倣い、躊躇いなく近づいて。
『災厄』の半分を受け取らんと、みなきを抱え抱きしめるような仕草を見せる。
その時のまゆは、使命……『災厄』を昇華することで頭が一杯で。
そんな自分を、当然受け入れてくれるのだと。
まだ会ったばかりであるのにも関わらず、疑ってはいなかったが。
「……っ! っ、あああああぁぁぁっ!!」
「きゃぁっ!?」
まゆは一瞬何が起きたのか、理解できなかった。
みなきに触れようとしたその瞬間、先に彼女の手がまゆに触れたかと思うと。
気づけばまゆは、遥か後方へと吹き飛ばされていて……。
(第486話につづく)
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