第114話、初代救世主と、忘れ去られた天使は表裏一体
「……っ!」
がたんと音を立てて、まるで授業中の眠りから覚醒するみたいに。
丸テーブルに膝を打ち付ける形で、マチカは目を覚ます。
いや、目を覚ますと言う表現は正しくないのかもしれない。
何せそこは、一度見た夢のような狭く閉ざされし世界だったのだから。
ところどころ暗くてはっきりとはしなかったが、そこはやはりカフェと呼べる体裁を整えていた。
さしずめ、マチカは幹事としてメンバーの来るのを待っている、と言ったところか。
(名付けるならば脳内女子会、ってところかしらね)
そんな益体もない、だけど言い得て妙な事をマチカが考えていると。
さほど待つこともなく、次々といつものメンバーが集まってくる。
二回目にして早くもこなれてきて違和感のなくなってきている少女の姿……少女そのものとなっているコウとヨシキ。
そして、言われてみればこんなに中性的だったのかと気づかされるケンの姿。
「おくれてすみません、マチカさんっ」
「お待たせ……です」
「今日はみんな一緒か。タイミングばっちりとね〜」
内心では、女子会なんて名づけた自分に悪くないんじゃないかと自画自賛してはいたが。
マチカは、あえて私怒ってるのよと言わんばかりに両手を組み、三人それぞれを睥睨する。
そして、三人三様でびくついている様を眺めつつ、マチカは口を開いた。
「……で? 当たり前のようにこうして集まってきたわけだけど、さすがに今回は何も覚えてません、なんてことはないんでしょう?」
でなければ、こうして集まっている意味がない。
やはり内心で、そんな願い込めていると。
ほぼ一斉に目を逸らし、目を泳がせ、互いに責任を擦り付け合うように視線を交わし合っている三人。
マチカは思わずため息を吐いたが、それでもこの状況を予想していた部分もなくはなかったので、気を取り直し今日あったことを伝えることにする。
「いろいろありすぎて何から話すべきか悩むけど、まずはコウね」
「は、はい!」
今日あったことに対し、真っ先に名を上げられ。
一体何をしでかしたのか、とばかりに震えるコウ。
今は女装……少女の姿をなしているせいか、その縮こまる様が妙にしっくりくると言うか、可愛いなぁ、なんて思ってしまう自身に首を振り、マチカは続ける。
「あなた、『コーデリア』の黒姫瀬華さんと親しかったりするの?」
「ぅえっ? え、ええと。親しいってほどじゃないですけど、同じクラスでしたからね。そこそこです。というか同郷なんですからマチカさんだってしってるはずじゃあ」
「うーん。何故かしら。結構初耳だったのだけど」
思わず、コウと一緒になって首をひねるマチカ。
あるいは、ケンが約束のことをさっぱり忘れてしまっているように、マチカも忘れてしまったことがあるのかもしれない。
それを思い出すことが、今の状況の打破に繋がるかどうかは定かではなかったが。
「ええと、うーんと……あれですよ。小さい時、町の運動会で子ども綱引きの相手にいたじゃないっすか。けっこういい勝負になって、その時ばかりは意気投合してたんですよ。あ……でも、いたの瀬華さんだけじゃなかった気がするけど。誰だったっけ? ヨシキ、覚えてるか?」
「……確か、ジョイがいたはず。目立ってたから覚えてる」
「ジョイ? 珍しい名前の子ね」
加えて、ヨシキが目立っていたと言うくらいなのだから、大体一緒にいたマチカが覚えていないなどとは考えにくいのだが、そもそもその運動会の記憶すら曖昧なのだからいただけない。
もっとも、そんな小さい頃の記憶をしっかし覚えているコウたちが珍しいとも言えるが。
「……金髪で赤い瞳の女の子だけど、中身は生粋の日本人。フルネームで透影(とうえい)・ジョイスタシァ・正咲(まさき)。……一応、同じクラスだった」
続く、ヨシキにしてはかなり多めのセリフに、マチカははっとなる。
ちょうど、どう切り出すべきか迷っていた、ヨシキが相対し嫌がらせをしていた相手のことが思い浮かんだからだ。
「ヨシキはその子と仲が良かったの?」
「……いえ。クラスの誰とでも打ち解けている様子でしたが。仲が良い、と言うほどでは」
「……そう」
聞いてはみたが、予想通りの言葉が帰ってくる。
仲が良い相手なら、自分が知らぬはずがないと言う妙な自信はともかくとして。
マチカが予想するに、おそらくはジョイと呼ばれた少女と瀬華の方に関わりがあるのだろうと推測できる。
となると、その関わりは同じくマチカに不可抗力ながら虐められているケンにもあるはずで。
「ケン、あなたはどうなの? 実は仲のいい友人だったりしないでしょうね」
「何だかその聞き方だと友人じゃいけないみたいに聞こえるけど、正直学校のことはあまりよく覚えとらんばい」
故にマチカがそう問えば。
しかし返ってきたのはどこかはぐらかすような、あるいは自分のことなのに他人事のようなケンの態度と言葉だった。
知り合いじゃないのならそう言えばいいだけなのに、どうにもまどろっこしいなとマチカは思ったが。
聞きたい本題はそれじゃなかったこともあり、そのまま流して本題に入る。
「それじゃあ、うちのクラスの子なんだけど。七瀬奈緒子って娘のこと、あなた知ってる?」
「ええと、どうだろう?」
「どうだろうって、同じクラスメイトでしょう?」
「うっ。そ、それは……」
まるで、知らなかったことを初めて聞かされたかのようなリアクション。
思わず三人同時に訝しげな顔を向けてしまう。
「まぁ、私だってクラスのみんなと疎遠な方だし、全員の名前を言えるか怪しい所だけど……奈緒子さんがね、妙な事を言っていたのよ」
おそらく、再びこの『脳内女子会』が開かれたのならば、一番に聞きたかった事。
変わらず恐縮したままのケンを改めてじっと見据え、マチカは更に続ける。
「私たち『トリプクリップ班(チーム)』は、久しぶりにここへやって来て、数日しか経っていないはずでしょう? それなのに奈緒子さんは、あなたがずっとここで学校生活を送っていると言っていたわ。直接聞いた話じゃなくて、偶然口にしたことだから嘘とも思えないのよね。……これって何を意味してるのかしら」
それは、単純な疑問。
もしやケンが……などと疑念を抱いていたわけではない。
動ける時間がごく僅かな中、今の状況を打破できるかもしれない、微かな可能性として口にしたものだった。
だが、マチカの話を聞いて驚いたように目を見開き、どこか悲しそうにも見える表情を浮かべるケンに、返ってマチカの方が恐縮してしまった。
故にマチカは慌てつつ悪い意味で言ったわけじゃないと、否定しようとしたのだが。
「マチカさんには、いつか気づかれると思っていたけど。マチカさんがそうであるように、僕にもやらなくちゃいけない使命があるんだ。この夢から覚めて、『本当の僕』を見つけてもらえたなら、すべてを話すよ……」
どこか、儚さの滲む笑顔で。
そんな言葉が返ってくる。
マチカは、その意味をすぐに理解できずに反応が遅れて。
そもそも、自分は一体何に気づいてしまったのかと、根本的な事を聞こうとしたが、もう遅かった。
「っ!」
まさしく、この夢の世界を司っていたのはケンであったかのように。
視界霞み、世界がぼやけていって……。
(第115話につづく)
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