第113話、あったかもしれない、もうひとつの可能性を見る能力
それから、教室に戻り。
コウと同じく死んだ目をしたケンを持て余しつつ遠巻きにしながら、午後の授業を受けて四時間目の終わり、昼休憩の直前。
記憶にある限りでは、三回目の能力発動……維持の時間がやってくる。
今回ばかりは、ただ甘んじて受けるわけにはいかぬとばかりに、マチカは勢い込んでいた。
まず、耳から介入し影響を与えるものだと考え、耳栓をすることにした。
持っていたティッシュを詰め、さらに両の手で塞いでみる、といった風に。
それで防ぐことができるのならば、いざトランと相対した時に優位に立てようと言うものだが。
腐ってもAAA以上の能力者。
そう簡単にうまくはいかないらしい。
四時間目終了のチャイムから、間髪置かずに聞こえてきたお昼の放送。
耳を塞いでいても、今流れてきていると悟ってしまったからか。
またしても全身を握り込まれ、支配せんとする感覚がマチカを襲う。
(だったら……っ!)
そもそも、何故マチカはついさっきまで自由でいられたのか。
出した結論は、最初に能力にかかってからの空白の時間にあった。
先程、学校の菜園で出会った金髪赤目の少女。
彼女の、歌っていた歌。
カーヴ能力の蔓延するこの世界ならばこそ、その歌にマチカの身体を蝕み縛るものを和らげ……あるいは解除せんとする力が込められていたのだろう。
確証はなかったが、駄目元でも試す価値はあった。
マチカは彼女の歌を、詩を、旋律を必死に思い出し同じようになぞる。
こつは、本人になりきること。
強くそう思うと……自分が分裂していき、片一方が望むものになる感覚を陥る。
それは物心つく頃からの、慣れ親しんだ感覚で。
故にマチカは、それが普通でないことに気づけない。
無知による危険に、理解が及ぶはずもなくて。
「……ぃっ!?」
文字通りの、身体を引き裂かれるがごとき痛み。
今までマチカを操ろうとしていたものとは全く別の、内からくる痛みに、マチカは思わず悲鳴を上げかけて。
それが表に出るよりも早く。
マチカの意識は飛んでしまっていて……。
※ ※ ※
(……はっ)
どれほど意識を失っていたのか。
マチカは、自身の体に閉じ込められた魂の視点で、はっとなって辺りを見回す。
どうやら意識失っていても身体は勝手に動いていたらしく、コウとヨシキを引き連れて自宅へと向かっているようであった。
皮肉にも夕暮れの橙がその場を支配していて。
子供の頃よく歩いた、黄金の穂が実る段々畑の間を縫うように続く坂道を目の当たりにして、感傷が押し寄せてくる。
昨日はそんな事を思わなかったのに。
ケンとの約束の事を思い出したからなのか、よろしくない何かが溜まっていく気がしていた。
―――だから、ケンを……ケンたちを酷い目に合わせたって構わない。
身体と同調して、湧き出してきそうな嫌なそれを無理矢理にでも振り払い、マチカたちは帰路につく。
やがて辿り着いたのは、見慣れたと言うよりは懐かしさを感じてしまう、無駄が三割増しでつくくらいに広い平屋の日本家屋。
今も若桜町に対し大きな発言力を持つ、桜枝家。
衣食住全てが洗練され揃い、お付きのものまでいる贅沢な暮らし。
それこそ、それが当たり前だと思っていた幼き頃のマチカが。
カーヴ能力に触れることなく、異世に足を踏み入れることなく過ごしていれば。
クラスのボス的存在として場を支配し、周りを巻き込んで気に入らぬ存在を排除しようとする、現状の自分になっただろうかと、マチカは思う。
人はそうそう変わるものではないだろうが。
そうなっていたかもしれない自分を客観的に見られるくらいに、カーヴ能力者としての道が衝撃的であったのは確かで。
果たして、マチカにとってどちらの方が幸せだったのか、
そんな、あったかもしれないもう一つの可能性を見るのが、トランの能力であるのならば。
少なくとも、それを知ろうとして足が止まるのは確かだろう。
ただ、マチカはそれに、時間稼ぎ程度のメリットしか思いつかなかった。
未だ、相手の意図がはっきりしない。
このままの状態はまずいと、気を引き締めようとして。
「あら、マチカ。おかえりなさい。コウとヨシキも。ごくろうだったわね」
自宅の玄関までかなりの距離がある、宅地延長の石畳。
その横合い……自宅の、これまた広い庭園と呼ぶにふさわしい場所から、昨日久しぶりに会ったマチカの母の声が聞こえてくる。
「お母様! 只今帰りました」
「……うっス」
「……」
いつも通り学校に行って、いつも通り帰ってきた前提での、いつもの挨拶。
戸惑う心内のマチカをよそに、言葉を返すマチカとお付きの二人、コウは下っ端っぽく唸ってるだけであったし、ヨシキは頭を下げただけだったが。
マチカの母は、それに気にした様子もなく言葉を続ける。
「マチカ、あなたがもらってきたトマトの苗、いいものね。園芸委員の人にちゃんとお礼を言っておくのよ」
(……っ!)
その瞬間、ぎくりと肩が跳ね上がる感覚。
心内のマチカも充分動揺していたが、それは操られし身体のマチカの方も同じだったらしい。
「も、もちろんですわ。お母様」
まさか、嫌がらせのために取ってきたなどとは言えるはずもない。
と言うか、裏庭でのヨシキと金髪赤目の少女とのやり取りは、やはり冤罪でもなんでもなかったようだ。
持ってきたのはヨシキだろうが、バレたら怒られるだけじゃすまないだろう。
勝手にとってきて、それを家で育てている。
嫌がらせとしては、取り返しのつかない一歩手前だろうが。
母に折檻を受けるに値する人でなしであることには変わりない。
―――何かしらその態度は。まさかあなたっ!
いつもの……かつてのマチカなら、そうした後ろめたい事をすぐに見破られて、真実を話すことになってこってり絞られていたことだろう。
「……それじゃあみんな、着替えてきなさい。すぐに夕食にしましょう」
(……っ)
しかしマチカの母は、マチカ自身の記憶の中でも滅多にお目にかかることのない、穏やかな笑みを浮かべてそう言った。
それは、一見するとどこも悪くない……むしろ母の愛すら感じられるものだったのに。
どうしてか、心内のマチカは泣きたい気持ちになった。
それが、今の自分にそうそう与えられるものじゃなかったから?
羨ましくて、そんな気持ちになっているのだろうか。
そんな風に。
出せない答えがまた一つ増えて。
今日も一日が過ぎていく……。
(第114話につづく)
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