第十五章、『落日~TearLemonDrop~』
第112話、霞桜の女王、悪役令嬢キャラを把握する
ケンだけでなく、ヨシキにも問い質さなくてはいけないことが増えた。
その事を考えれば、収穫もなくはなかった。
……などと思いつつ、マチカは引き続き校舎の中へと舞い戻る。
ヨシキとろくに話もできなかったせいもあるが、比較的長い時間が取られている二時間目の休み時間。
あまり通えてなかった割に、どこか懐かしさを覚える中。
向かったのは校舎の屋上だった。
それは、折角だからコウにも会っておこうと思い立ち、コウが高い場所を好んでいることを思い出したせいもある。
厳密に言えば、その時確かに、マチカはコウの居場所を特定していたわけだが。
そんな自分に気づかぬままに辿り着いた屋上。
その分厚い扉を開けようとして。
格子状になっている、扉備え付けの窓ガラスから見える二つの人影に気づき、無意識のままに様子を伺ってしまう。
「……嘘っ?」
そこには案の定、コウの姿があった。
何やら話し込んでいるのか、お手本のような悪い顔をしている。
それだけで判断すると操られているようには見えないが、コウの悪ぶっているスタイルは、基本マチカありきで。
マチカに対する者たちへの牽制的な意味合いなので、なんとなく違和感があった。
だが、それはもう一つの驚きと比べたら、それこそ霞んで消えていくものだっただろう。
あくどい笑みを……相手を怒らせることに特化しているような、コウがその表情を向ける相手。
どこか追い詰められた、泣きそうな横顔だったが。
マチカの知っている人物だった。
黒姫瀬華(くろひめ・らいか)。
濃い蒼色の髪を後ろにまとめた、男装の麗人という言葉の似合う、マチカの記憶ではとにかく目力の強い、藍色の瞳の少女。
『喜望』の長、榛原照夫の所属していたバンド、『コーデリア』のギターを務めていた人物。
『パーフェクト・クライム』が起こしたあの事件。
黒い太陽により、命を落としたはずの人物。
「……っ」
化けて出た幽霊? 人違い?
現実的なものから荒唐無稽なものまで、様々浮かんでくるが。
そこにカーヴ能力が関わってくると、事情は複雑化する。
彼女も、ここの学生なので制服姿なのはまだ分かるとしても、何故ここにいるのか。
敵か味方か。能力における幻なのか。
はたまた、ファミリアの擬態なのか。
聞かなくてはならない事は多かったが。
どうやらコウが彼女に迷惑をかけているのは確かなようで。
同じ轍は踏むものかと、マチカは間髪置かず鉄の扉を開け放った。
「……私はあなたたちになんか屈しない! 絶対に頭なんか下げてやるもんですかっ!」
すると、聞こえてきたのは切羽詰った瀬華の声。
涙声に近いそれに、一体何をやらかしたのかと眉を寄せるマチカに。
コウが、そして遅れて瀬華が気づく。
「……っ!」
「……」
瀬華は、先程裏庭で会った少女と同じ、悪者の頭(ボス)に遭遇してしまったかのような顔をしていた。
マチカの知る瀬華と比べ、ひどくギャップがあって地味にへこむマチカであったが。
それよりおかしかったのは、コウの方だった。
いつものコウなら、この状況に陥ったならばあざとく下手に出るかのように、マチカの元へやってくるなり声をかけてくるなりするだろう。
コウに対し失礼な気がしなくもないが、それは大きく外れてはいないはずだ。
なのに、コウは使える言葉を失ってしまったかのように黙り込み、棒立ちしていた。
それは、対処できないハプニングが起こってフリーズしているようにも見えて。
(そうか……そう言うことなのね)
その事で、マチカは一つ理解した。
今のこの状況が、トランの能力によって作られたもの……一つの舞台、あるいはシナリオ上のものだとするならば。
マチカがここにやって来る展開は、ありえないものだったのだろう。
フリーズしているコウを見ていると、イレギュラーな自分の存在に気づかれてしまったかと焦ったが、起こってしまったことは仕方がない。
マチカは、動揺を隠しつつも引き継ぐように、瀬華へと改めて向き直る。
「話は聞かせてもらったわ。……その威勢、いつまで続くかしらね?」
「う、うるさい! 絶対家の店、潰させやしないんだからっ!」
できる限りの酷薄な表情と、適当に考えた悪者っぽいセリフ。
内心ではどきどきだったが、反応を鑑みるに、そう外れてはいなかったらしい。
新たな情報とともに、きっと睨みつけられる。
(うちの店、ね……)
瀬華の実家が何をしているのか、マチカには分からなかったが。
逆に桜枝家は学校経営だけでなく、この若桜町にいくつか店を持っている。
その店の一つが、瀬華の家の店と競合しているのだろう。
ケンや、あの金髪赤目の少女に対するように、嫌がらせ紛いのことをしている可能性もあった。
学校菜園の件もそうだが、一体何を自分たちにさせたいのか。
察するに、この舞台においてマチカたちを『悪役』に仕立て上げたいのだろう。
それならばそれで大人しく従ってやるつもりもないわけだが。
咄嗟に場の流れに乗ってしまって、涙目ながらも引く様子のない瀬華と、影のように突っ立ったまま何も語らないコウ。
さて、このいたたまれない間をどうしようかと悩んでいると。
鳴り響くは、休み時間終了五分前を告げるチャイムの音。
「……っ」
途端、瀬華は幼い仕草で再びマチカを睨みつけ、そのまま駆け出していってしまう。
この後のフォローに困っていたので、心内で助かったと思いつつ。
棒立ち状態のコウを見やると、どこか焦点の合わない瞳ながらもマチカの言葉を待っているような、そんな雰囲気すらあって。
「い、行くわよ、コウ」
「はい。マチカさん」
ぎこちなく声をかければ、正しくも下っ端Aのごとき態度でついてくるコウの姿。
なんと言う歪な関係だろう。
普段周りからもそう見られていたんじゃないだろうか。
その辺り、改善が必要かもしれないな、なんて思いつつ。
それが叶うかどうかも分からぬままに。
マチカは屋上を後にしたのだった……。
(第113話につづく)
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