第111話、霞桜の女王、あかつきの歌姫と邂逅す
そうして、二時間目休み。
マチカは、奈緒子と視線を合わせる事無く席を立った。
ぼうっと座ったままのケンも気にはなったが、ここで下手に話かけると目立つかもしれない。
マチカはいろいろ問い質したい気持ちをぐっとこらえ、そのまま教室を出る。
まずは、外部との連絡だ。
ついでに、能力の範囲も知っておきたい。
そう思い、マチカは学校外へ出ようとしたのだが。
(ここもダメね……)
校門、裏門を含めあらゆる学校の出口には人が立っている。
この学校へ通っていた期間は短かったが、少なくともマチカには見覚えのない男たち。
屈強そうな風体だが、かといって出るもの入るものを制限しているようには見えない。
生徒以外にいろんな業者が出入りしているし、郵便配達のバイクなども、特に止められる様子もなく入ってくる。
だが、マチカ自身が出ようとすればその限りではないのだろう。
敵に覚られず動けるこの時間は、今のマチカにとって数少ないアドバンテージなのだ。
それを、不確定な要素でふいにするわけにはいかなかった。
(そう言えば、学校や役所を行き来する町内便があったはず……)
郵便バイクを見ていて、思い出したのはそんなこと。
それに、SOSの手紙を紛れ込ませることを一瞬考えたが、しかしすぐにマチカは首を振った。
そのやり方で、手紙が届くのは町の中までなのだ。
その知らせが『喜望』に届くとは思えない。
何らかの手段として使えそうではあるが、マチカはそれを一旦保留にし、『喜望』により支給された携帯を取り出す。
そして、迷うことなく本部へ連絡したわけだが。
「……繋がらないか」
薄々予想していた通り、電波の届かない所にいるようだった。
もしかすると、学校内どころではなく、町全体が異世と化している可能性もある。
相手がトラン一人ならば不可能だろうが、学校の出入り口に配された男たちを見る限り、相手が複数いたっておかしくないのだから。
となると、この操りし能力の範囲を知るのは難しいかもしれない。
ならば何をすべきか。
二時間目休みが終われば、怪しまれないためにも一旦教室に戻らなくてはいけない。
ならば、それまで校内だけでもまず見て回るべきだと結論付ける。
かつてのマチカ自身の記憶と、何か変わった所はないか。
あるいは見知らぬ人物の有無。
コウやヨシキと会って、どのようにして操られているのか、観察してみるのもありかもしれない。
マチカはそう思い立ち、不自然にならない程度に校内へと戻っていって……。
向かったのは、コウとヨシキの元。
あのおかしな夢の中で二人は、自分たちの行動をあまり覚えていないようだった。
それはつまり、マチカと違い二人はトランの能力により、精神までも掌握されているからなのだろう。
心まで操られていないマチカと、そうではない二人との違いはなんなのか?
操られている二人が、どんな行動をさせられているのか知ることで、何か分かるかもしれない。
マチカにとってみれば、数少ない選択肢の中から無意識に選んだ行動であったが。
そこであのおかしな夢と現在(いま)が繋がっていることを当然だと思っている自分に気づかされる。
(女の子の格好してるってだけで、どうかしてるのに……)
マチカは思わず、苦笑めいた笑みを浮かべたが。
故に夢と現実は無関係なのだと、捨て置くことはしなかった。
おそらくマチカは、気づいていたのかもしれない。
あの女子会の集まりのような夢が、ただの夢ではないことを。
そんな事を考えていたから、と言うわけでもないのだろうが。
マチカはタイミングよくヨシキを発見する。
トリプクリップ班(チーム)の中では文字通り、頭一つ抜け出しているドレッドヘアーの後ろ姿。
声をかけようと口を開きかけたマチカだったが。
一人で何処かへと向かっているのが気になって、そのまま後を追うことにする。
思っていたよりも、俊敏な動きでヨシキが向かったのは、校舎に囲まれた中庭。
その場所自体に用がなければ中々目にすることはないだろう、奥まった場所だった。
そこには、パンジーや菊など、学校行事で扱われる花々を育てる花壇と、菜園であろうビニールハウスがあった。
確か、クラスごとに選抜された園芸委員が、管理しているものだったはず。
なんてマチカが思っていると、まったくもってマチカに気づいていない様子のヨシキが、ビニールハウスの扉に手をかける。
(あの子、園芸委員だったのかしら?)
だとするなら、仕事でずっと学校に来ていなかったから、迷惑をかけてしまったなぁ、なんてマチカが思っていると。
そんなある意味身内びいきな思考を否定するみたいに。
第三者の声がかかる。
「こらーっ! とまとどろぼーはお前だなっ!!」
「……っ!」
黄色い声と表現するにぴったりの、騒がしくも可愛らしい女の子の声。
それまで全く気配を感じなかったから驚いて視線を向けると。
ビニールハウスに備え付けられた暖房器具……その影から飛び出してきたのは、ひまわり色の金髪の眩しい、若桜の制服……背伸びして着られているという表現のあいそうな少女がそこにいた。
勝気そうな、赤みがかった大きな瞳。
染めているからなのか、その髪は何故か毛先だけが黒くて。
実に特徴的な、子供っぽい立ち振る舞い。
だが、マチカにとってみれば初対面のはずの少女。
なのに、心のどこかでそれを否定している自分がいる。
会ったことがあるとするなら一体いつ? どこで?
瞬間、忘れていたその出会いを思い出せとばかりに蘇ってくる光景。
それは、おそらくトランの能力に掛かり、こうして少ない時間ながらも意思を取り戻すまでの空白の時間に起こったことなのだろう。
コウやヨシキを待っていた放課後。
落日の約束を思い黄昏れていたマチカを前に。
ひょっこりと顔を出す形で現れた、生徒らしくない場違いな少女。
他愛もない話と。
少しの真に迫る話と。
何故か一緒に歌った花鳥風月の歌。
もしかしたら、今マチカがこうして正気を保っていられるのは。
十中八九ただの歌ではない、彼女の声を聞いたからなのかもしれない。
マチカ自身を含め学園、もしかしたら町にまで範囲が及ぶほどの能力。
それを曲がりなりにも解除……和らげる能力を扱えるのだとしたら。
やはり、ただの学生ではないのだろう。
パームの手のものならば、マチカ自身に能力をかける意味が分からない。
味方かどうかははっきりしないが、今のところは敵対する理由はないように思える。
故にマチカは、どこか誤解があるに違いない二人の間に割って入ろうとしたわけだが。
「……え?」
「き、消えた……っ!」
その瞬間、まるで最初からそこに存在していなかったかのように。
ヨシキが消えた。
霞のような幽鬼めいた消えっぷりに、思わず声上げ怖気立つ。
だが、驚いたのは目前の少女も同じだったらしい。
気づけば、お互いに信じられないものを見た、といった風のおかしな連帯感すら覚え、顔を見合わせる始末。
「お、おぼえてろ〜! 今度こそ決定的なしょーこ、つかんでやるんだからぁ!」
「え? ……あ、ちょっと」
しかし、それも長くは続かず。
なんとも紋切り型な言葉を残して、少女はマチカから逃げるように去っていってしまう。
「……」
ぽつんと、裏庭に取り残されたマチカ。
ただ一つ分かったことは。
ヨシキとマチカが、仲間であることを知ってるんだな、なんてことで……。
(第112話につづく)
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