第246話、ありえない明日に憧れ、何度も無理に……

このままではまずいと幸永は駆け出す。

そのまま、魂に流れ出すフレーズを口にしようとして……。



それは起こった。

それまで押さえつけられていた夏の終わりの熱波が怒濤に押し寄せてくるような感覚。



「封印がっ……!」


何か焦った様子の、タクヤの偽物の呟き。

はっと我に返って右手の力を霧散させた幸永。


どうやら、氷ドームを維持する封印のクリスタルが壊されたらしい。

通常なら焦らなければならない場面なのに、幸永は場違いな感謝に近い感情を覚えていた。


まだ戦いは終わらない。

多分、そんな本末転倒な事を思ったせいなのだろうが。

そんな幸永の場違いな感謝に答えるようにして……それは来た。



「っ!」


それは中空からの爆撃だ。

美里の流星にも似たそれの正体は柄まで黒いダガーのようなものだった。

確か、黒千と呼ばれる翼あるもの作りしアーティファクトのひとつだったと幸永は記憶していて。


「私がいる、私がっ……殺さなくちゃっ!」


爆心地を避けるようにして引いた幸永の傍らにいたあずさの偽物が、まるで憑き物にでもつかれたみたいにそう呟くのが聞こえる。


「お互いが出会ってしまうなんて、こんなことは前代未聞ですね。僕はまだ来てないみたいですけど」


そして、どこか興奮したようなタクヤの偽物の声に引かれるようにして顔を向けると。

ふわりとフレアスカートを翻してて降り立つひとりの少女の姿があった。

その手には、鋭利な刃を僅かにのぞかせる大きな竹ぼうき。


美里と同じ小麦色の長髪。

ぬるま湯のような風に金糸がなびけば、そこにはやはり美里と同じ永遠の緑を宿した瞳がそこにある。


「お姉ちゃん……?」


それは、ついさっき聞いたばかりの、驚愕の混じった美里の呟き。

だが、そこには一度目にはなかったはずの感情があって。

それを言葉にするのは難しかったが。

その時ばかりは、敵であるはずの幸永も、似たような期待感を抱いていたのだろう。


「私は機嫌が悪いんだ。……ぬしら、温いままに生き長らえると思うな」



―――本物の小柴見あずさその人。


美里とはひと味違う殺気に幸永は震えた。

その顔についぞまでなかった喜びの笑顔を浮かべたままで……。





            ※      ※      ※




美里の能力、【美繰引狭】そのヴァリエーション(ファースト)の一つに、夢想の一矢と呼ばれるものがある。


それは、その名前にも記されている通り夢を、あるいは願いを叶える力だった。

カーヴ能力において、夢や願いを叶えんとする能力は。

ある意味よくある能力だと言えるかもしれない。


例えば、レミの【悠久新日】。

榛原会長の【武器創造】。

正咲の【歌符再現】。

過去の歴史をたぐっても、叶える能力と言うものは数多く存在しているだろう。


なぜ叶える力が多いのか。

それは人間がカーヴ能力を持つことになったきっかけに由来している。

その由来とは、人の生を奪おうとするあらゆるものへ反抗……人の進化だった。


あるものは、生きることを邪魔しようとするものに立ち向かう力を。

あるものは、邪魔を受けないような自分だけの世界を作る力を。

あるものは、その邪魔ものと同化し邪魔でなくす力を。

身に付けることで生きながらえてきた。


そう、カーヴの力とは大きく分ければその三つしかなくて。

それらに願いを乗せて、超常の力を発揮していたはずだった。



しかし。

『パーフェクト・クライム』がこの世を席巻し、闇の太陽が世界に落ちてから。

大きく分けて三つしかなかったカーヴの力に、新たな力が加わったのだ。

邪魔ものから身を守ってくれるもう一人の自分を生み出す、そんな新たな能力が。


多聞に漏れず夢想の一矢と呼ばれるその力も、その新たに生まれた第4の力に属するものであったが。

美里の持つそれは、世に二つとない特殊なものであり……誰もが願うだろう力だった。

命を失ってしまった大切な人達にもう一度会って、話がしたい。


願うのは簡単だが、叶えるのが不可能にも等しいことは誰もが理解している当たり前のことだろう。

だが、美里は……いや、小柴見家はその当たり前から外れた世界に生きる一族だった。

人ならざるものの声を聞き、死者と心を通わせることができる、人ならざるものだったのだ。


『夢想の一矢』は、その才能と血筋故に、生まれるべくして生まれた力とも言える。

表面的でざっくばらんな言い方をすれば。

それは死者を自らのファミリアとして使役する能力だった。


だがあずさは、その力をそれだで片付けられるものではないと身をもって体験した。

今でもその時のことは、あずさにとって忘れられない記憶としてその心に楔打っている。



それは……黒い太陽が初めて世界に落ちた、その日のことだ。

多くの人間がその黒い太陽に焼かれ、その炎に飲まれて消えたのをあずさは目の当たりにした。

何故ならあずさもその一人で。

逆に、美里のようにその場にいて生き残ったものも少なくなかった。


それが、誰かに庇われ守られたからなのか。

生かされたからなのかは分からない。


しかしその中の一人である美里は、その日のことを覚えていないだろう。

きっと、その『パーフェクト・クライム』と対面することとなった大きな戦いには、参加してないと思い込んでいるはずだった。


何故ならそれこそが、美里の能力である『夢想の一矢』だからだ。

美里を庇って闇の太陽に飲まれてその肉体を失ったあずさ。


だが、美里には彷徨い浮かぶあずさの魂と呼ぶべきものが見えていたのだろう。

美里は、そんなあずさに向けて一本の矢を放った。

それこそが『夢想の一矢』と呼ばれるもので。



美里の願いとして具現化したあずさは、気づけば一匹の猫になっていた。

飼うならまっしろな猫がいい。

そんなかつての、美里の願い通りに。

いや、厳密に言えば美里の前ではあずさ本来の姿を見せられなくなった、と言えばいいだろうか。


どうしてこんなことになったのか。

あずさには到底理解の及ばないことだったけれど。

それでも、そうして美里のファミリアとして生きるようになって、気づいたことはいくつもあった。


それからの美里は、『パーフェクト・クライム』と相対したことを含め、あずさに起こったことを忘れてしまっていた。

だが、会話する限りでは、あずさそのものを忘れ去ってしまったわけではないようだった。


美里にとって都合の悪いことのみ、忘れていた。

目の前にあずさがいない理由を、どこか遠くの世界で元気に暮らしている、くらいにしか思っていないのだ。



『こゆーざさん』として過ごすようになったあずさは思う。

美里はきっと、あの日のことをなかったことにしたかったのだろうと。

そうすれば壊れてしまうくらいに、美里は傷ついていたのだと。


それに気づいた時、あずさはそこまで思われていたことにちょっとだけ誇らしい気持ちになる反面、そんな美里の、妹の弱さに気づけなかった自分を情けなく思った。



怖いくらいの強さと才能を持っていて。

それでなお明るく純粋で。

あずさにとって自慢の、完璧な妹。


そんなレッテルを貼ってしまったのは、何をもってもかなわない妹に対して嫉妬していた部分もあったのだろう。

姉としてのプライドが、結果的に見れば美里に傷を負わせる結果となってしまった。


そんな美里のファミリアとして生きることは、あずさにとっての償いにも等しい。

面と向かってそういう機会などなかったけれど。

妹のファミリアとして生きることに不満はなかった。


結局は何においても、あずさは美里のことが大好きだったからだ。

日々を過ごしていくうち……美里の心の傷が癒えたならば、あずさは口を開くつもりだった。

姿を見せるつもりだった。

自分はこんな近くにいるって事を、伝えるつもりだったのだ。



しかし。

あずさは、世界が自分たちにそれほど甘くないことを知ることになる。

それが、『夢想の一矢』によって二人目のファミリアとなる、タクヤとの出会いだった。


美里が最初に出会った、人ならざる見えざるもの。

小柴見家の守り神だった彼は、あずさに引けを取らぬほど美里に影響を与えた人物と言ってもよかった。



成長を止めるほどの美里の強大なカーヴの力は。

彼のためにあったと言ってもいいだろう。


棲み暮らす土地を失い悪霊と化したタクヤのために。



             (第247話につづく)






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