第247話、もふもふ豊穣姉妹、タッグを組んだら嬉しそう



美里は幸せそうだった。

本人は決して口にはしなかったけれど。

幼き頃、共にいると約束を交わしたタクヤのこと好いているだろうことが、あずさにははっきりと分かった。


それは、タクヤの方も同じで。

自分など邪魔だろう、なんて笑えるほどにあずさ自身も幸せを感じていたのに。


あずさ本来の姿を見せたことでお互いがファミリアである事を知り、ファミリアなるものの使命を知った時。

あずさは愕然とした。



―――ファミリアは、使える主の犠牲になるために生まれた。

寂しげに笑いながらタクヤがそう言ったからだ。


ならは何故ファミリアの契約などしたのかと、あずさは激高した。

たが、笑みを崩さずにタクヤは言うのだ。


―――『あなたと同じように、愛しているから』と。


あずさはその時なにも言い返すことはできなかった。

タクヤのその言葉通りに。

あずさ自身が今こうしてここにいるのは、美里の迷惑も省みずに我を通した結果だったのだから。



そうして、ファミリアの使命を自覚して。

自分を語れないまま時が過ぎたけれど。

あずさはそこでふと気づく。





「私は機嫌が悪いんだ。……ぬしら、温いままに生き長らえると思うな」


大切なものを傷つけんとする『敵』を見据え、あずさは苦笑を浮かべた。

同じわけがない。

同じだなんてまだ認めない。

私の方がよっぽど妹のことを好きなのだからと。


「……お姉ちゃん?」


滅多に聞くことのない、美里の不安げな声。

あずさはそれに振り向き、腕を振りあげた。

その手には、穂先を頭にした竹箒が握られていて。



ばばりっ。


「ふゃあっ!?」


次の瞬間、あずさの箒はあろうことか美里の顔面にめり込んでいた。

そのいきなりのあずさの行動に美里は何が起きたのかも理解できてなかったかもしれない。

思えば美里に食らわすのは初めてだったなとあずさはひとりごちて。


「なんて顔してる。美里らしくもない。あれが偽物かどうかなんて一目瞭然だろう? 第一、あの喋り方には全く知的さを感じないではないか」


あずさが美里の顔から箒をのけたときには、その姿はなかった。


「あ、こゆーざさんっ!」


美里がそう呼ぶ通りに小さな白い猫の姿になったあずさは。

そのままするりと美里の体を駆け上っていつもの定位置……美里の頭の上に落ち着く。

そのことに、すっかりこゆーざさんとして板に付いてしまった自分をあずさは自覚して。



「そっか。お姉ちゃんはずっとみさとのそばにいてくれたんだね……」


美里の髪からじかに伝わってくるそんな声。

おそらく、今まであずさたちのいた、あの小さな球体でできた異世は、そう言う仕様になっていたのだろうが。

あずさたちには、美里と自身の偽物達の会話が聞こえていた。


当然偽物である以上、彼らの台詞は真実ではない。

だが、違うと分かっているあずさですら戦慄するほどにその言葉は真に迫っていたから。

それがまるで真実であるかのように美里の耳に届いたことは想像に難くなかった。


何故ならば、偽物の語るその言葉は本物であるあずさと同じ記憶を共有していなければ出るはずのない言葉だったからだ。


適当に嘘をついているわけではなく。

そう思われてるかもしれないといった可能性の部分を見事についてくるのだ。

きっとそれこそが敵の能力の見た目では分からない真骨頂だったのだろう。



「ごめんね。みさと、お姉ちゃんに迷惑かけちゃった」


案の定、偽物の真実でない言葉に感化されたかのような渇いた美里の笑みが、ダイレクトにあずさに伝わる。

やはり、すべてを思い出してしまったのだろう。


沈んだその声が、あずさの心を軋ませる。

たが、それは美里のためには必要なことだった。

いずれは、向かい合わなくてはいけないことだった。

その事だけに関して言えば、思い出すきっかけを与えてくれた偽物達にも……存在する価値があったのかもしれないが。



「迷惑? それがどうした。迷惑をかけてかけられてなんて当たり前だろう? 私たちは姉妹なんだから。今更気にする事じゃない。……私は、こうして美里のファミリアをしていることを誇りに思っているのだから」

「……」


あずさは、世界でもっとも近い距離で今まで心うちに隠れて言葉にならなかった本音を口にした。


でも結局は心の内なんて分からないのだから。

それが真かどうかは美里自身に判断してもらうしかないのだろう。



「……タクヤも、みさとのファミリアになるの、嫌だったのかな?」


しかし、しばらくの沈黙の後に返ってきたのは、あずさとしてはけしからん、というか、あまりよろしくないそんな問いかけだった。



「寝ぼすけのきゃつに直接聞けばいいさ。そのうち顔を出すだろう」


ちょっとだけおもしろくなさそうにあずさは呟き、再びこゆーざさんの姿から本来の自分の姿に戻り、爆炎の蒔く大地に降り立った。



妹に魂の根っこまでぞっこんなあの男のことだから。

もしかしたら嫌だったと答えるかもしれない、なんてあずさは思う。


そしてそれは、今のあずさの望んでいることでもあった。

タクヤがファミリアとしてでなく美里と歩む道を選んでくれるのならば。

なに憂いなくファミリアとしての使命を果たすことができるのだから。



「本物は私よっ! 本物はっ!!」

「……ふん」


それも仕様なのだろうか。

歩みを進めるあずさの耳に、到底自分の声だとは思えない耳ざわりな声が煙に巻かれて届いてくる。

そう、まさしくオリジナルに出会った、ドッペルゲンガーのように。



「そう思うなら、試してみればいいさ。もっとも、本気で私たちを倒したいのなら妹の偽物でも用意すべきだったと思うがね」


はじめの言葉は、自分を弄するもう一人の自分に。

終わりの言葉は、それらを操る黒の天使に。

投げかけるようにあずさは言葉を発する。

すると、まるでそのタイミングを待っていたかのようにあずさ自らが起こした噴煙が風に流れ。


「オレもそうは思うけどな……」


なんだか嬉しそうな黒の天使……幸永の呟きが返ってきて。



「本物はワタシよおおぉっ!!」

「お姉ちゃん!」


壊れてしまったような偽物の叫びと美里の呼び声が聞こえる。

あずさは、幸永と同じように薄く笑みを漏らして。

秘めたる刃仕込ませた愛用の箒をしゃんとしならせた。


続く戦い……その仕切り直しの合図として。



             (第248話につづく)











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