第248話、もののけボールの中は意外と機能的快適空間
「カナリさんっ……」
全身を覆い、その魂ごと凍らすかのような冷たさが去って。
それまで夢見ることもなく深層に沈んでいたカナリの意識は。
その名を呼ぶ声を耳にしたことで急速に浮かび上がった。
「……っ、あれ? ここは」
開けた視界から見えたのは、一言でいうならばひどく電子的なきらめきがちりばめられた見知らぬ場所だった。
カナリは、タクヤが心配げに覗き込んでいるのに気づいて。
重い体と、随分と意識を失っていた気もするこれまた重い頭を振りながらそう問いかける。
「いやぁ、それがですね。僕にもよく分からないんですけど……おそらく、異世のようなものかと。あ、でも味方の異世だって言うのは確かみたいですね。どうやらあの寒さで眠っていた僕らを守っていてくれたみたいです」
そこまで知っていれば知らないとは言えないんじゃないかと、眠気から冷めたばかりのカナリが思ったのはそんなことで。
そんな益体もないことを考えつつ思考の靄を払う努力をしていると。
次第にカナリは自分が今置かれている状況を自覚し始めた。
カナリが覚えているのは、自分とタクヤの前に現れた黒の天使と、天使の怒濤の攻撃により傷ついたタクヤを助けに来た美里が苛烈なまでにお互いの力と力をぶつけ合う、そんなシーンだった。
それから先は記憶がない。
急に身体が凍り付くみたいに寒くなって、立っているのも目を開けているのもままならなくなって……それきりだった。
今思えば、その体験は死に近い何かだったのだとカナリは感じていて。
「他のみんなは……?」
カナリはそれにうそ寒いものを感じつつもタクヤにそう問いかけた。
「それが、僕にもちょっと。実は僕も今さっき起きたばかりでして。ほら、あっちに狭い通路が見えるでしょう? その通路の向こうにはここと同じ丸い部屋があってですね、僕はそっちに倒れてたんです」
言われるままに視線を向けると、確かにそこには二つの部屋をつなげる渡り廊下のような通路が見えた。
ただ、丸い壁も地面も電気でも通っているのか、ネオンサインのような極彩色が目覚めたばかりの瞳にきつかった。
カナリはチカチカする目をこすりながら、今一度辺りを見回す。
すると、タクヤがやってきたらしい通路とは別の通路を発見した。
それは、タクヤの指し示した通路からちょうど直角の位置にある。
「タクヤさん、向こうの道は行ってみましたか?」
「いえ、まだですけど?」
「もしかしたら誰かいるのかも。行ってみませんか?」
「ああ、そうですね」
二人の成さねばならぬことは一刻も早く自分の置かれた状況を知ることだったから。
頷き合うと、二人はその通路の向こうへと歩きだした。
もれなく辿り着いた通路は、言うなれば掃除機のチューブの中のような感じだった。
そこだけは電飾がなされておらず、一歩踏み出す度にぐっと身体か沈み込む。
カナリはそれに、なんだか今まで無かった場所にとって付けたかのような違和感を覚えていた。
電飾に飾りたてられた球体のフロアと、この暗くぐねった通路は全く別物なんじゃないか、なんてカナリは思っていたけれど。
次いでやって来たのは。
今までカナリ達がいたフロアと一見して同じに見える、そんな場所だった。
カナリ達がやってきた通路から見てやはり直角に位置する場所に灰色の捻れた通路が覗いている。
部屋を覆う電飾に酔ってしまいそうで、はっきりとは断言できなかったが。
何か違う所があるとすればそこに誰もいなかったことくらいだろう。
もう少しくまなく調べれば何か違いが分かるのかもしれなかったが。
それより先に、二人はまだ先の分からない通路の方へと向かってみることにした。
またしても同じフロアが待っているようならまた新たに考えねばならないこともあったのだろうが。
三つ目、タクヤからすれば四つ目のフロアは、他のフロアとは明らかに違う様相を呈していた。
螺旋にくり抜かれ貫かれた通路を出るかでないかの所で、誰かの……例えるならマイクを通したような声が響いてきたからだ。
「この声はっ……あずささん?」
カナリには聞き覚えの無かったその声。
しかしタクヤには心当たりがあったらしい。
駆け出すタクヤに慌ててついていくと。
そこは巨大なシアターのような、そんな場所だった。
煌々と照らす長方形を象ったビジョンに移るのは、ローアングルからの映像。
顔が見える形で立っているのはあの黒い翼の天使とタクヤ、そして美里と同じ金髪の少女。
画面に背を向ける形で、やはり金髪の少女と美里らしき姿が見えた。
カナリには、その状況が理解できなかった。
本当に映画か何かを見ている気分になる。
それは、すぐ目前に立ち尽くしているタクヤが、そのスクリーンの向こうで薄ら寒い笑顔を向けているせいもあっただろうけど……。
何がなんだか分からないままに立ち尽くし、映像から目を離せなくなっていた二人をよそに、スクリーンの向こうで戦いが始まった。
上がる粉塵戦いの鬨。
それは、見た目の通りに対岸の火事のようにも思えたけれど。
突然画面一杯に黒い何かが迫ってきて。
「うおぁっ!」
「きゃあっ!?」
それが見てるだけのものであることを真っ向から否定する激震が二人の立つフロアに走った。
そのあまりの轟音に、一瞬で聴覚が奪われたと認識するのとほぼ同じくして平衡感覚までもが奪われ、二人は立っていることもできずに電飾の地面に投げ出される。
上に下に、目まぐるしく身体にかかる重力が入れ替わる。
それが、画面の向こうのからやってきた黒い何かによる爆風によって、二人の立つフロア自体が弾き飛ばされ転がされていることに気づいた時。
巨大なスクリーンから映し出されていたのは、青々と茂る巨大な草葉だった。
いや、ここまでくればそうではないことがカナリにも分かる。
目の前に移る光景が大きいのではなく、自分達が小さくなってしまっているのだ。
加えて遠くから響くように聞こえてくる戦いの音は、スクリーンの向こうのつくりものではないはずで。
「どうやら悠長にはしていられない事態のようですね」
それはタクヤも同じだったのだろう。
起き上がり辺りを見回している。
「問題はどうやってここから出るかなんですが」
言われ、カナリも改めて辺りを見回してみた。
そこは、巨大なスクリーンを除けば、他のフロアと同じように見える電飾のちりばめられた球体をしている。
スクリーンに対して右手に見えるのはカナリ達がやってきた通路だ。
本当にフロアの作りが同じであるならば、もう一つ別の通路があるはずだった。
「もしかして……」
カナリはそう思い立ち、煌々と光を発し続けているスクリーンに歩み寄った。
触れると波紋が広がり、それがカーテンのような随分薄いものであることが分かる。
さらに、よくよく目を凝らしてみると、それは地面から少し浮いているようだった。
「タクヤさん、見てください。きっとこの後ろに通路が……」
言いながらスクリーンをのけるようにしてその後ろに滑り込むカナリ。
顔を上げると、その予想通りに灰色の通路が口をのぞかせていた。
「こんなところに通路ですか」
同じようにしてスクリーンの裏に滑り込んできたタクヤが、余裕のなさそうな様子でそう呟く。
「これでもしこの通路の向こうに同じフロアがあるのだとしたら、わたしたちはぐるぐる回ってるだけなのかもしれませんね」
カナリは、この先にあるのはタクヤのいたフロアだろうと予測を立てていた。
だとするとこのまま進んでもループだろう。
出口は全く別の所にあるか、そもそもそんなものは存在していない可能性もあって。
「まぁ、行くだけ行ってみましょう。もし変わらないようなら、この異世の壁を壊して出ることも考えたほうがいいかもしれませんね」
それは乱暴な手ではあるが悪くない手だった。
敵の異世ではないだろうと言っていたタクヤだったけれど。
壊そうとすればどちらにしろこの異世を保とうとする責任者、るいはそれの依り代となるものが現れるかもしれなかったからだ。
カナリは頷き、先行するタクヤの後に続いてゆく……。
(第249話につづく)
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