第125話、霞桜の女王、具現の魔術師(未来の)をチームに勧誘する
「うっ……」
そして賢は、再び目を覚ます。
そこは、いまだ一面の闇、だった。
あの光の奔流はどうにか消えたらしい。
賢は、よろよろと起き上がり身体の無事を確かめると、あたりを見回した。
そして気付く。
―――まゆの姿がない。
「まゆっ!?」
あの光を受け、気を失って。
まゆの記憶のようなものを見ていたのは憶えている。
どうしてそれを見たのか、理由はわからなかったが。
辺りを探し回って、それでもまゆがいないことに気付き、賢は青くなった。
あの闇の翼。
『パーフェクト・クライム』の欠片らしい翼。
あれをこの世から切り離したから、まゆは消えてしまったのかもしれない、そう思って。
「まゆ!? どことねっ!」
賢が叫ぶと急に目の前がぼうっと光り、そこにまゆの姿が現れる。
だが、その姿は透けていて。
本当に今にも消えてしまいそうだった。
「まゆ、大丈夫か!?」
「……うん。おかげで、『パーフェクト・クライム』の枷から解放されたよ。ありがとう、賢」
それは感謝の言葉なのに、賢には全然うれしく感じられなかった。
それは淡く微笑むまゆが、何かを諦めたかのような顔をしていたからかもしれない。
「それでさ賢、本当はこうしたくなかったんだけど……君にお願いがあるんだ」
「お、おう。なんなんね、なんでも言ってくればい」
今にも消えてしまいそうなまゆを何とか繋ぎ止めたくて、賢はこくこく頷く。
まゆはそれに苦笑して続けた。
「僕はもうあまりこの世界にいられないんだ。だから賢、お願いだ。僕がこの世界でやってきたことを、引き継いでくれないか? 僕が……この世界に存在していた証として、僕が生きた全ての記憶を受け取ってほしいんだ」
「お前、だから……」
さっき見たまゆの記憶の一部。
賢の空白の時間を埋めてくれていた、日々の記憶。
賢は言葉を続けようとするが、言いたいことは多すぎて何も口にできない。
まゆは、そんな気持ちを解決するかのように再び笑って。
「うん。受け取ってもらえれば、全て分かるよ。僕が知ってほしくなかった理由も全て。どうする、賢? 何度も言うけど、断ってもいいんだよ?」
そう、言った。
やっぱり分かりきった、当たり前の答えを。
「そんなこと言われて断れるわけなか。大丈夫。もう覚悟はできてると」
「……わかった」
だから賢は、涙をこらえて。
自分のできる一番の笑顔で、そう答える。
そして二人は。
同時に深く、頷いて。
やがて、一つになった。
光と影は重なり。
新しい母袋賢の、この段々と色の変わり始めている空の下での戦いが始まるのだ。
「ぅぐっ……」
そして。
賢は、まゆの記憶の全てを受け継いで。
そこで初めて、止めていた涙をぼろぼろと流した。
まゆを失った痛みと。
まゆが賢として過ごした記憶の中にある、どうしようもない残酷な現実を目の当たりにして。
賢はそこではじめて、まゆが二人きりでこの異世で話したいと言ったことを理解する。
何故ならば。
今もこの残酷な現実の中にいる大切な友達に、こんな情けない姿を見られたくなかったし、見せたくなかったからだ。
今はただこの異世が、自分を包んでくれることに。
賢はただ、感謝していた……。
※ ※ ※
「……っ!」
それは、覚醒を促す大きな衝撃。
マチカが跳ねるように起き上がると。
そこにはその反応にびくりとしている奈緒子。
そして、辺りを警戒しているヨシキとコウの姿があった。
「マチカさん、大丈夫ですかっ」
「……え、ええ。状況は? どうなってるの?」
「え、えっと」
勢い込むマチカに、奈緒子は瞬きしつつそれに答えてくれた。
あの後、騒ぎを聞きつけたのか、大勢の町民がここにやってきたらしい。
しかし、マチカたちには見向きもせずケンたちを追い立てていったのだという。
「みなさん、『深花』がどうこうって言ってましたが……」
「まずいわね、すぐに追わないと」
何より厄介なのは。
それがトランの能力による洗脳からくるものなのか、本人の意思によるものなのかだが。
ともすれば、何でも願いが叶うなどと、扇動されている可能性もある。
それでまた捕まって暴走でもしようものなら、敵の思う壺だ。
「そ、それじゃ急ぎましょう! みなさん頂上へ向かったみたいですし」
本来なら、『喜望』に所属してるわけでもない奈緒子を巻き込んでいいものかと思うところだが、それこそ何を今更だろう。
大仰な言い方をすれば、この世に安全な場所はもはやないのだから。
張り切る奈緒子の手を取り、山道を駆け上がる。
まるで、ご来光を見るための登山のごとき人の混みあい。
本当に眼中にないらしく、マチカ達はそれらを無造作にかき分け上へと進む。
そうして辿り着いたのは、山中の一軒家。
麻理の家だ。
かつてよく通ったものだと今更ながらに思い出し、苦笑を浮かべるマチカであったが。
その家へと行くためにかけられていたはずの橋が、落ちてしまっていた。
眼下には深い谷。
有象無象の町の者たちが、「落ちたぞ! どうするんだ!」などと口々に叫んでいる。
確か谷底には川があるはずだが、どうやら無謀にも麻理たちは谷底へと飛び込んでいったらしい。
……全くもってむちゃくちゃである。
「もう奈緒子は『喜望』の一員みたいなものよね、ここまで来ると。覚悟はいい?」
「へ? 一体何を……うきゃあ!? ち、ちょっとぉ~っ」
行くか行くまいか。
伺っているようで全く伺っていない、マチカの言葉。
奈緒子がそれに答えるよりも早く、コウが胸元に引き寄せ、マチカとともにヨシキへと張り付く。
「ヨシキ、GOだ!」
「……がってん」
そして、いつものツーカーな合図とともに。
ヨシキがその腕を、その姿を変容させていって。
「新生『トリプクリップ班(チーム)』、出動よ!」
「う、嘘ですよねぇええっ!?」
茄子色鮫肌の巨体が、ためらうことなく谷底へと飛び込んでいく。
勇ましいマチカの叫びと。
奈緒子の、今更後悔している、悲痛な叫びを背にして。
マチカ自身、谷底に落ちるなんて無茶、初めての体験だったが。
ヨシキが作り出したファミリアのおかげもあり、気づけば川を下り山に入ったのと同じ方法で、山を出ていた。
向かう場所はただ一点。
麻理の暴走……能力に触れたことで、全てを思い出すこととなったのをきっかけに、麻理の能力の残滓、アジールを辿っていたのだ。
おそらく、敵の目的もそうだろう。
そんな先入観と。
囚われの学園生活による、カーヴ能力者同士の戦い……その感覚を忘れていたことも、少なからずあったのかもしれない。
マチカたちが麻理の気配を辿り、公園の入り口にやって来たその瞬間。
新たに異世に入り込んだのを感知し、マチカが警戒の声を上げるよりも早く。
突如地面が、赤黒い粘土質のものへと変質した。
まるで、大地そのものがトランポリンにでもなってしまったかのように、ぐっと沈み込むマチカの身体。
「っ、コウ!」
「分かってますっ」
「え、また!? ちょ、ちょっとぉ!」
罠の……特にフィールドカーヴの有無の確認と怠るなんて。
よくもまぁここまで生きてこれたものだと。
マチカは内心自身を諌めつつ、名を呼び指示を出す。
この赤い地面がどんなものであれ、逃れるのは難しいだろう。
見たところ、取り込まれたのは先行していたマチカだけだったので、コウに奈緒子の補佐を頼み、この異世界から離れるように仕向けたわけだが。
「ま、マチカさんっ!」
当たり前のように、こちらに手を差し出してこようとする奈緒子。
どこまでもぶれない奈緒子に、思わず変な笑みも出る始末。
折角新生チームを組んだばかりだったのに。
こんなにも早く解散の憂き目にあうなどとは予想だにしていなかったが。
「逃げなさい! 学校へ!」
「きゃっ!」
言いたいことはたくさんあったけど。
最早半身を飲み込まれ、それだけ叫び、奈緒子を押し出すために能力で風を送るのが精一杯で……。
その二人の一時期の別れが。
長い長いものとなり。
お互いの関係が大きく変わっていくことなど。
当然まだ、気づけるはずもなくて……。
(第126話につづく)
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