第十七章、『落日~虹~』
第126話、清濁併せ呑んだ事に因る板挟み
マチカが最早お馴染みになりかけている赤い粘土膜のフィールドに取り込まれて。
再び吐き出されるまで、それほど時間はかからなかっただろう。
場所は、変わらず異様な静寂の包む公園。
どうやら本格的に敵方の異世に取り込まれたか。
まずは、敵の発見よりもこの場から脱出する術を探るべきだろう。
そう思い辺りを見回すと、言葉なくともついてきてくれていたヨシキだけでなく。奈緒子の事を任せておいたはずの、コウまでもが何故かそこにいて。
「コウ! どうしてっ!?」
「ぅえっ!? あ、いやおれにもさっぱり……」
「……」
自分でも理解していないような。
それでも、何かを隠しているかのような。
複雑に曖昧に頬をかくコウ。
隣にいるヨシキは、仕方ないとばかりに見守っているばかりで。
「まぁ、咄嗟の事だったから、奈緒子さんには申し訳ないけど……っ」
麻理の能力に触れて。
自身のことを思い出したマチカだったが。
一つだけ解明していない、確信持てないピースが残っていた。
本当ならコウとヨシキと、その事についてしっかり話合わなくちゃいけないのに。
それを遮るように、マチカたちの目前に出現する気配。
二人と目配せし合い、戦闘準備を取ると。
人の形を模した何かが、すっかり深くなった闇から出てきたのがわかった。
マチカは迫り来るが襲ってくる気配のない赤い影を油断なく見据えつつ一つ息を吐き、
「……出てきなさい。それ以上隠れていても、無駄だと思うけど」
朗々と響く声で、そう言った。
「ふっ、威勢のよさは母親と変わらんな。さすが、桜枝のお嬢さんだ」
返すように木霊する忍び笑い。
赤い人影の中からゆらりと姿を現したのは、1人の男だった。
流れるような動きでマチカを庇うように、コウとヨシキが並び立つ。
「あら、私のこと知っていて?」
「知ってるさ。……この町の人間ならな」
「そう。この町の人間で、私に逆らうなんて、いい度胸してるじゃない」
「ちげえねえ。できればあんたとはやりたくはねえわな。俺らのターゲットは、『深花』のお嬢ちゃんだけなんでね」
言われてマチカは、何故麻理が狙われていたかに気づかされる。
はじめはその言葉通り、彼女が『深花』を下ろす役目を負っているからだと思っていたが。
もしかすると『深花』の役目を持つ以外に、狙われる理由があるのかもしれない。
故にマチカは一呼吸おいて、かまをかけてみることにした。
「そう? そんなこと言っていていいのかしらね? 私が……『パーフェクト・クライム』の正体、知らないとでも思ってるの?」
「……」
途端辺りの空気が、爆発した。
一瞬で吹き散らされる、赤い人影たち。
目の前の男が、自らのアジールを解放したのだ。
それは、沸き立つ七色のアジール。
カーヴ能力者の中でも最強と謳われる、音茂知己のアジールを彷彿とさせるそれは。
マチカに、コウに、ヨシキに、潜在的な恐怖を与えるものだった。
マチカは、自らの考えが正しいこと……
麻理が、なんらかの方法で『パーフェクト・クライム』の正体を知ってしまったから、ということを証明しうる男の豹変ぶりだった。
「下手なことを言うもんじゃない。おかげで、あんたを殺さなくちゃならなくなった」
「やってみなさいよ。できるものならね」
それは怒りか、それとも別の感情か。
ぎりっと歯を食いしばり、そう言う男にマチカは大胆不敵に微笑む。
無言で、アジールを展開するコウとヨシキ。
分かっていた。
勝つにしろ負けるにしろ、この戦いが自分たちの終焉であることに。
それについての悔いは、もう何もない。
長年の悩みは解決し、大切な人は生きているのだから。
マチカはもう一度深呼吸をし、自らもアジールを展開する。
そして。
トリプクリップ班(チーム)の最後の戦いが、はじまった……。
※ ※ ※
トリプクリップ班(チーム)が、ひさしぶりにこの町に帰って来るより少し前。
―――もっとほかの班みたいに、お互い対等な立場でやっていきませんか?
そう言ったのは、思ったことがすぐ言葉に出るコウだった。
どうやら、『喜望』本社ビルに集合した他班を見て、どこか思うところがあったらしい。
自分の今後のためにこの居場所は必要だ、なんて考えたケン……賢の姿をとったまゆは、それにのることにした。
「で、具体的にどうするとね?」
「まず、一応ヨシキがリーダーなんだから、リーダーらしく扱うこと。でもって、マチカさんに対する敬語禁止! あとは、フランクにお互い名前とか、好きな呼び方で呼ぶ、みたいな?」
「……」
ヨシキは無言だったが、いきなり何を言い出すんだこいつはって顔をしている。
「いいけど、ほとんどコウにしか当てはまらんとね。マチカに堅苦しいのは、コウだけたい」
言われ、うっと言葉を失うコウ。
まあ、ヨシキがしゃべらないせいもあっただろうが……。
「でも、おもしろそうね。具体的に私は何をすればいいわけ?」
それでもトリプクリップ班(チーム)の女王さまは、いたく乗り気のようだった。
ならば、と考えて……。
「んじゃ、たとえばさ、悪ガキ三人とチーム組まされて面倒ごとばっかり押し付けられてる苦労人の役とか、どう? それでも悪ガキどもほっとけない、みたいな」
「ははははっ。無理だって! マチカさんとは似ても似つかねーじゃんよ!」
ぼかっ!
「いてっ。何するんすかぁ、マチカさん!」
「私に無理なんてこをはないわ! やってやろうじゃないの!」
「……」
「ヨシキ、笑ってんじゃねーよ!」
そんな……いつもの変わらない、やりとり。
コウは不満がっていたけど、そこにはどの班にも負けない絆がうちらにはあるって、たとえ自身が偽者でも、そう思っていた。
だから。
梨顔トランによって放たれた一撃を、そんな彼女たちを庇うように……自らで受けることに、躊躇いはなかった。
どうせ自分は人外なのだから大丈夫だと、どこか思っていたのだ。
なのに、大丈夫じゃなかった。
マチカが自らの『力』を、倒れた自分たちのために使ってしまったから。
それは、大きな誤算だった。
誰が思うだろう。
マチカが自らの命をなげうってまで、自分を救おうとするなどと。
誰が思うだろう?
そこには救われる命など、もうなかったということに。
でもそれは、仕方のないことだったのかもしれない。
お互いがお互いの意思で行った結果、なのだから。
でも……思うのだ。
本当にそうなのか? って。
本当に何の目論見もなかったのか?って。
自分のために起きてしまった犠牲。
それだけで本当の自分が、こちらの世界に来るべき理由になる。
……なんて考えなかったか?って。
だから賢は……彼女たちへの罪悪感が抜けないのだ。
確かに狙われているのは麻理で。
今、正咲や瀬華からも目を離すべきじゃないことは分かっている。
まゆの記憶が、そう、強く警告していた。
逆に、昔のままの何も知らない自分だったら、麻理たちといることを選ぶこと、躊躇わなかったのかもしれないが。
たとえ嘘で塗り固められた思い出であっても。
友達の約束をした三人と、トリプクリップ班(チーム)の三人。
どちらかを選ぶことなど、賢にはできないでいた……。
(第127話につづく)
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