第127話、悪魔の片思い、その奥にある本当の想いは



と……。


「誰か来るっ」


麻理の家を出て。

奈落へとダイブする禁じ手を打って出て。

山を脱出し、町から出るためにと走りながら賢が深く深く考え込んでいると。

瀬華の鋭い声がし、腕を引っ張られる。

そしてそのまま、近くにあった民家の外壁の内側に入った。


四人でじっと身を潜めていると町の連中が数人、通り過ぎていくのがわかる。



「こんな時に何ぼーっとしてんのよっ」

「わり、ちょっと考え事……って! ちょっと待つとねっ? なんでやつらここにいると?」


賢が低くそう呟くと、瀬華はすぐに言いたいことがわかったらしい。

はっとなって顔をこわばらせる。


「どういうこと?」

「ああ、逆に言えば……いつの間にって言うのもヘンだけどさ、どうやら僕たち、現実の世界に戻ってるみたいなんだ。たぶん、さっきのやつらは能力者じゃなかとね。それに……」

「さっきは感じなくなった夏の気配、感じるね。いつの間に戻ってきたの?」



首をかしげて聞き返してくる正咲に賢は答え、それに麻理が頷く。

だが、その事実は、言葉通りの生易しいものじゃなかった。



「くそっ、そうか……これがやつらの作戦か」

「ちょっとけんちゃん。一人で納得しないでよぉ」


唇を噛む賢に、正咲は噛み付くかのようにしがみ付いてくるので、またまた我に返り、言葉を続ける。



「穂高山では能力が使いづらいから、相手は動かなかったみたいだけど、やつらは、だからって何もしてなかったわけじゃなかとね。僕たちが、町のやつらに誘導させられる形で山を出るのを待ち、その間に準備を進めていたんだと思う。きっと、はじめから僕たちを分断させるつもりだったとね。人数か……あるいは異世界の核となる形代を増やして」



それはつまり、いきなり四人がばらばらにされる可能性がある、ということで。



(どうする……どうすればいい!?)


賢は焦っていた。

分かっていたはずなのに、そうなった時のことを思うと、怖気が止まらなかった。


と。

びしっ!


「いてっ!?」


いきなり瀬華の水平チョップが賢のおでこに決まる。

思わず賢が顔をあげると。


ぺちっ、ごんっ!


「ってーなぁ! ゲンコは反則たい!」


麻理のまるで力の入ってないちょっぷと、ちっこい背を目一杯のばした正咲のゲンコが炸裂した。



「なんて顔してるのよ。とっくに覚悟してるって、言わなかった?」


しょうがないわね、なんて。

ちょっとお姉さん風を吹かせて笑ってみせる瀬華。


「そうだよ。けんちゃん。ジョイたちが負けるとでも思ってるの? これでもたくさんの修羅場、くぐってきてるんだからね」


続いて正咲が、のけぞるように胸をそらしてそんな事を言ってくる。


「だいじょぶだよ、賢ちゃん。わたし……もう勝手に死ぬようなことしないから。約束したよ?」


麻理が賢を手を取り、笑顔で。

それも強い意志を秘めた瞳で、そう続ける。



「けど……」


心配で、不安で……怖い。

そう言おうとしたけれど、その言葉は再び瀬華に遮られた。


「それ以上言わなくていいから。まったく、いつかの麻理みたいなことしてるんじゃないわよ。テンション低くて士気が下がるっていったの、あんたでしょ」

「うぅ。瀬華ちゃん、さりげなく、ひどいこと言ってる……」

「たしかに、けんちゃんには弱気な顔は似合わないよね。見てるぶんにはおもしろいけど」

「だとてめっ、お返しだっ!」


びしっ!


「あぅ、何でジョイだけぶつのよぉ」

「それはお前がそう言う役回りだからとね」

「むーっ」



気付けば、心の中にある不安は和らいでいた。

まさか自分が励まされる羽目になるとは、なんて思いつつ。

こんなことで気分が浮上してしまう自分は現金だなと、賢は思って。



「ばらばらになるのがいやなら目の前にいる敵をさくっと潰して、助けにくればいいのよ。ま、その調子だと助けにくるのは私のほうになりそうだけど」

「なにをっ、んじゃ真っ先に助けに行って、ほえ面かかせてやるとねっ。って、こんなところでいつまでも掛け合いしてるヒマなかばいね」

「どう行動する? いっそのこと、こっちから攻める?」

「ほだかの山に行けば能力、あんまり使えないんでしょ? 戻ってみる?」

「いや、向こうもそれは承知のはずばい。攻めるって手も意表ついててありかもしれないけど、ただ攻めるだけじゃ弱いとね。実は、いい案があるとよ。今、思い出し……じゃなく、思いついたんだけど」

「いい案?」


これは戦いだ。

気持ちが折れたら勝てるものも勝てないだろう。


賢は気合を入れ直し、三人に耳を貸すように、そのいい案を告げるのだった……。







賢の思いついた『いい案』の第一段階は単純なことだった。

なるべく、一般の人の目に付く場所に逃げ、あわよくばこのまま町を出るといった今までと変わらない作戦。

自分たちが、町から離れようとすれば、当然相手も何らかのアクションを起こしてくるだろうと判断したのだ。


戦いにおいてもっとも危険なのは、思いもよらない不意をつかれることだろう。

だが、相手がこちらを分断しようと、それぞれ別の異世に閉じ込めようとしている事があらかじめ分かっていれば、対処のしようはいくらでもあった。



あった、はずなのだが……。

実際は、そう簡単にうまくはいかないようだった。


いつ、異世が展開するするのかと、そう構えているのに。

なかなか相手が行動を起こさないのだ。


ただ焦りだけがつのる中、賢たちは能力者でない町の連中に追われ続けた。

町の人達に捕まるのはいただけない。


かといって、いつ能力者の異世に引きずり込まれて、ばらばらにされるか分からない。

そんな板ばさみの状態に、これがいつまでも続くようなら、まずいかもしれない。



……なんて、賢が思った、瞬間だった。



こんな時間に流れるはずのない、普通の人が聞けば、ただのお昼の有線放送の開始を告げるメロディが辺りに流れ出したのは。



それがなんなのか、どんなにおそろしいものなのか、身に沁みて知っていた瀬華。

正咲も同じで、顔をこわばらせ、ともに無意識なのか耳を塞ごうとする。


そんな二人に気付いて、一拍遅れてから、真似をするように耳を塞ぐ麻理。




「駄目だ! それじゃっ!」


何も考えないよう、心を無にしないといけない。

賢はそう言おうとしたけれど、すでに遅かった。

賢自身、とっさにそうすることができなかったからだ。




気付けば……賢は一人になってしまっていた。


夏の気配も消えている。

ただ、夜の帳の下りきった、だけど強烈な違和感を覚える、さっきとなんら変わらない町の風景が見える。



どうやら、思ってしまった通り、ばらばらに分断させる形で異世に飛ばされたみたいだった。


そう。こうして一人になってしまったのは、賢がそう考えていたからに他ならない。

何故ならば、それこそが梨顔トランの能力、【悪魔片思】だからである。



【悪魔片思】は、【心蝕黄花】と同じく、もともとこの世界に存在するとされる、原理の解明できない不可思議な現象や、伝説を模した能力だった。


それは、人の強烈な思い込みによる集団幻覚の一種で。

ある特殊な土地、気候、日時において、その場にいる意思のあるものが偶然にも等しく思ったこと、考えたことが、どんなに現実的に不可能であっても、その本人たちには、紛れもない現実として起きてしまう現象だった。


その等しい感情には、恐怖と呼ばれる類のものが多く。

昔から恐れられてきた妖や魔物と呼ばれるものの中には、その現象によって生み出されたものも少なくなかった。



【悪魔片思】がオリジナルものと異なるのは、その能力をかけるのに始まりの合図となる『音』が必要であることと。

集団でなくても合図さえあれば、個人に発動できることで。

最大の相違点は、その現実に取って代わる悪夢(幻覚)が、かけられたその人によって異なる、ということだった。




この能力のことはまゆの記憶で、分かっていたはずなのに。

かけられる瞬間までそのことに思い至らなかったのは、誤算だったと賢は思う。



例外を除けば、カーヴ能力というものは初見が全て、という意味合いが強い。

どんなに恐ろしい能力でも、初めて受けるのと二度目では、効果が大きく差が出るからだ。


だが、それはあくまで例外に当てはまらない一般論、なのだろう。

【悪魔片思】は二度目でも、充分脅威に値する力を持つ。

一度発動すれば、分かっていても後手に回るしかない。

……そんな能力なのだから。


賢はまゆのおかげで、初見にしてこの力を知っていたからまだよかったのかもしれない。

何しろ、一度深く能力にかかってしまえば。

その時考えた悪夢が終わるまで、なかなか抜け出すのは難しい。


現実として認識されるため、まず能力にかかっていることに疑問を持たなくなる。

さらに、思うことによって具現化する現実は、かけられたもの自身の願望や強い想いなのだ。


それはきっと、最も否定されたくないものであるから。

なおさらかけられたものは、これを信じようとするだろう。



どうしようもない能力なのかもしれなかった。

なんて恐ろしい能力なのだろうと、賢は思う。


まゆがこの能力を始めて受けた時。

トリプクリップ班が、初めて梨顔トランと相対した時も。

トリプクリップ班の全員が、その能力にかかってしまっていることにまず気がつかなかった。

相手の力などたいしたことないと、四人は問題なく『勝てる』と思っていた。


事実、四人の間では勝ったことが現実として展開され……

まゆはそのあと、梨顔トランの六花の銃を背に受ける直前まで、今まで起きたことが幻覚であったと、気がつかなかった。



だが、その時放った『パーフェクト・クライム』の欠片が、不発に終わるなどと、梨顔も思っていなかっただろう。

梨顔の、パームの目論見としては、その銃によって忠実な僕となる怪物を誕生させるはずだったのだ。


まさか、自分と同じ『資格ある者』だとは思いもよらなかっただろう。

だから焦って梨顔は再び、今度はもっと強く、町を巻き込むほどの広さで【悪魔片思】を発動させた。



しかし。

相手が何を考え、何を思っているか分からない以上、【悪魔片思】という能力は、梨顔自身にも余る、完全にコントロールできない能力だった。


故にその瞬間。

梨顔の【悪魔片思】は。

始まりの合図の音を聴いた者の、たくさんの願い、想いを現実にした。


マチカの裏切られた理由を知りたかった、という想い。

同じように麻理の、瀬華の、正咲のものもそこにはあって……。

果てには、梨顔自身のものも叶えてしまった。



まゆが客観的にそれらを知ることができたのは、

今目の前にある世界と、その世界にいる自分自身がすでに、叶えたかった願いそのものだったからだ。



自分は、もうこの世には存在しないものであるにもかかわらず。

賢と同じ世界に立っているということ以上の願いなど、あるはずもなかったから。

【悪魔片思】の力もあまり意味を成さなかったのだ。


【悪魔片思】の影響を受けないまゆに、梨顔はどう思っただろう。

二発目の六花の銃を受けた時、それでも起き上がった時。

梨顔は得体の知れないまゆの存在に恐怖していたのかもしれない。


まるで、まゆという存在を否定するかのように、梨顔は自らの能力にかかっていた。

たぶんそのことは、梨顔自身も気付いてなかったのかもしれない。


梨顔の願いがなんであったのかは分からないが。

それにより、まゆは【悪魔片思】によって起こされた現実を客観的に見る、というポジジョンを得たのだ。


いや、こうして賢に会い、全てを託すという願いが叶ったのだから。


やはりまゆ自身も、傍観者ではなかったのかもしれないが……。




              (第128話につづく)






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