第138話、失われしパーカッション、故にこそ太陽に向かって翔べ



思いついたら、正咲の行動は迅速だった。

正咲は、自らにあらかじめかけてあった能力を無意識のうちに発動する。

そして、一瞬にしてその姿を……少女のものから、黄金に輝く小動物のそれに変える。


ネズミともネコともつかない、愛らしくも勇ましい、その姿に。


そして、ぽんと飛び上がり、頭から輪っかを潜り抜け、その向こうにある世界へと再び降り立って。




「いっけぇーっ!」


叫び声とともに生まれ出たのは、爆ぜ暴れる幾筋もの雷。

その雷は大木を裂くようない音をたてて、黒の怪物に命中した。



「ギャァッ!?」


くぐもった悲鳴をあげ、まとわりつく雷から逃げるように、間合いを取る怪物。

その巻き添えを食うこと避け、とっさにナイフを引っ込めていた凛は、信じられないものを見るように呆然としていた。



「どうして、戻ってきたのですか!?」


だがすぐに、凛はもとの姿に戻った正咲にそう問いかける。

本当に理解できない、そんな様子で。


 

「どうしてはこっちのセリフだよ! なんでっ、なんであんなことしたのっ!」

「私の目的は、あなたを守ること。そう言いました」

「それが分からないの! 凛ちゃん、自分のことなんかどうでもいいって思ってるでしょ! そんな、ジョイだけ助かって凛ちゃんが酷い目にあうんなら、そんなのジョイ、いらない!」

 


その言葉は……凛の痛いところをついていた。

 

だから凛は、何も答えられない。

だって凛は死ぬつもりで正咲を逃がしたのだから。

 

いや、初めから生きてなどいないのだから、それはちょっと違うのかもしれない。

ただ、置いていかれるのがいやだったのだ。

 

それは……利己的な考えといえば、そうだろう。

そんなことをすれば、正咲がいやな気持ちになるのだって、分からないはずはなかった。

 

 

「確かに正咲さんの言う通り、私自身のことはどうでもいいのです。でも、これは私の意志でした。あなたを、守ることは」


けれど、自分に守る理由がないと思われるのは悲しかった。

正咲は凛のことをそこまでする価値には届かない相手だと思っているのかもしれない。


でも、凛は違うのだ。

もう、この世界に未練はないと思っていたけど。


一人置いていかれた理由が分からなくて不思議だったけど。

凛はその理由をたった今理解する。



「いたい、イタイヨっ! ころさなきゃころさなきゃっ! ワタシは……いやヨッ! 知られたくナイのッ!」



だが、その瞬間。

何かに怯え……恐れるかのような切羽詰った声で、黒の怪物は叫んで両手を上げた。


途端、当たりの空気が圧され弛み、急激に膨れ上がる怪物のアジール。

その場にいるだけで、魂すら蝕まれるようなプレッシャーに。

口げんかまがいの言い合いをしていた二人は、はっと息をのんだ。



「黒い、太陽?」


正咲が呆然と呟く目線の先には、言葉通りとしかいいようのない、しかしこの世界の大きさには不相応なほどに、大きな闇光る炎のような塊がそこにあった。



「『パーフェクトっ、クライム』っ」


全てのものを等しく燃やし、焼き、溶かし、蒸発させ。

受けたものの余韻も跡形もなく消し去るといわれるカーヴ能力。


凛は本物を見たことはなかったが。

たとえ本物でなくとも、目の前にあるそれが自分たちを消し去るくらい、容易に可能だろうことは、感覚的に理解できた。




「コロさなくちゃ……ワタシを知ろうとする人……殺さなくちゃッ!!

だって、だって、だって、だってだってっだってっ!!」


裏声で叫ぶその声だけが、どこか現実と別のところにあるように聞こえる。


だだ、相手も必死なのはわかった。

浅ましいほどの必死さで、正咲たちを殺そうとしている。


 

不相応なほどに大きな太陽は、夜闇を照らすが、決して明かりさすことはない。

ただ月を塗りつぶし、星の光を奪い、闇よりもなお黒い色で……空を侵食していく。



「たあああっ!」


これ以上大きくなれば、この世界ごとあの太陽に黒く塗りつぶされてしまう気がして。


正咲は雄叫びを上げ、再び雷を打ち出す。

ジグザグの軌跡を残し違わず太陽に向かっていくそれは、しかし触れるか触れないかの瞬間闇色に侵食され、太陽に吸い込まれるように消えてしまった。


さらに、ぐんと大きくなる黒い太陽。



「あははははッ! ナニもかも、全部消えちゃえばいいのヨ!!」


それを恍惚と見上げ高笑いをする、怪物であって怪物でないもの。

その言葉には、言った自分さえ含まれているかのような、狂気があった。



「ど、どうしよう。ぜんぜんきかないし、吸い込まれちゃってる」

「だから言ったんです。あれを倒すより、脱出したほうが早いと」

「そんなこと言ったってぇ、しょうがないじゃん! あれで戻ってこなかったら、ジョイ絶対後悔するもん!」

「馬鹿ですね。それで死んでしまったら、後悔もできないのに」

「むぅっ、バカって言ったーっ!」


平坦な声ではっきりそう言われ、さすがに声をあげる正咲。


「でも、そう言う人は嫌いじゃないです。むしろ、だからこそなのでしょうね。私があなたを救いたいと思うのは」


対する凛はこんな状況だというのに、微笑んでいた。


「凛ちゃん?」


正咲はそんな凛に何かを感じ、名を呼ぶが。



「生きてください。きっとそれが私のいた理由、なのですから」

「わぁっ!?」


再び生まれる凛のほの赤いアジール。

近くにいた正咲は、それに押されるように倒れて……。

 

瞬間。

凛が、まるで翼を持って舞うように、空に向かって飛ぶのが見えた。




「【常者必衰】! サード、『ユニヴァ・オリジン』ッ!」


光り輝く、チェリーレッドのナイフ。

凛は、その切っ先を黒い太陽に向け、凄まじいスピードで螺旋を描きながら、

弾丸のように、身体ごと太陽に突っ込んでいく。

赤いおさげを、花びらのように翻しながら。


しかし……。

ナイフは太陽に触れた瞬間、たちまち黒に侵食され始める。

その侵食はすぐに凛の手に、腕に、身体に広がっていった。



「ゃあああああーっ!」


だが、それでも凛は諦めなかった。

叫び、自らのアジールをさらに強め、腕ごと深く、捻るようにしてナイフを突き出す。



みしり、と何かがひび入る音。

その手ごたえに、凛は笑みを浮かべる。


やはりこれは、完なる罪のまがいものなのだと。

一瞬見えた、光明。


しかし、その一瞬の気の緩みが、運命を決した。

そのほころびから激しく噴き出す、闇の炎。

黒い太陽を抱き守る、プロミネンス。



凛は、その炎に焼かれ、落ちていく……。

ゆっくりと、赤い翼を散らすように。


天を目指し叶わず落ちていく、あの鳥のように……。



            (第139話につづく)





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