第495話、ジリジリ火傷しそうに、のめり込むのもいい。死んでも離れぬほど




「ちょっ、な、なんですのいきなり現れて! わ、わたくしは無関係ですわよっ! といいますか、そもそもあなた、誰なんですのっ!?」

「おおぅ。なんてつれないんだハニー。あんなにも熱く爛れるほど抱擁をかわしたと言うのに」



まさかこうまで変わり果ててしまうなどとは思いもよらなかったが。

蘭は口ではそう言いつつも、カーヴ能力者と言う以上にひとりのアーティストとして彼を知らない者はいないだろうと言うことはよくよく分かっていた。


どちらかと言うと、一度目の黒い太陽が落ちようとしていた、ある意味切羽詰まった状況でばったり出会ってしまったことが。

蘭の心情などお構いなしに。

吊り橋状態じゃぁないけれど。

逆にそんな有名人なおじさんが、蘭に執着することとなってしまったのは確かで。



この際ぶっちゃけてしまえば。

仮にも危ない所を助けてもらったわけでもあるし、言葉通り命を賭して守ってくれたことを鑑みても。

そう言う蘭が彼のことを嫌うことなどできるはずもなく。

憎からず思っているのは確かなのだが。


今の今まで生まれた時から。

蘭の方から一方的にライバル視していた桜枝マチカに蘭自身が執着していたのもあって。

そういった自分が人に想いをぶつけられることに慣れていないというか。

マチカばかりがモテているのをハンカチを噛んで見守っていたのが常だったと言うか。


とにもかくにもそれこそ、爛れて溶け落ちてしまいうそうなほど、情熱的な彼。

梅垣大吾と、こうして相対することですら実は恥ずかしくて。

初めて会うかのような態度をとってしまったわけだが。




そんな複雑な心情を、恐らく当の本人な大吾は気づいてしまっている。

気づいている上で、気づかないフリをして、やさしく笑って。

それはまるで娘でも見守るかのような眼差しであったのがいいやら悪いやらで。



「わふん」

「あ、ええと。『ナイン・ヴォイド・ムーン』の梅垣大吾さんですよね。あの時の戦いで行方不明になったって聞きましたけど。なるほど、うん。そういう事情だっだんですか~」

「え? トランせんせじゃないの?」

「フフフ。僕は生まれながらにしての役者ぁだからね。間違ってはいないよ、麻理さん」



そして、一度目の黒い太陽が落ちた時に行方不明……命を落としたはずの大吾が。

同じく命を落としていたかもしれない蘭の傍にいる意味に、きくぞうさんも仁子も気づいている。

気づいていないのは、同郷の箱入りでそういうことに疎い麻理ばかりで。



蘭は、一人と一匹の、こんな時だからこそのによによ顔に耐え切れなくなり、強引にでも話題を変えんと。

勢い込んで、最早比翼の二人と言ってもいい半裸なおじさんに詰め寄って。



「わ、わたくしのことなどどうでも良いのですっ。ど、どうしてあなた……梅垣さんまで、ここへ?」

「ダーリンって呼んでくれても……あぁ、それじゃあハニーが嫌いで気にしてるキャラかぶりしちゃうからあれか。どうしてって言われても、ここが小さめの異世の中とは言え、この場に留まり続けるのは危ないって分かってるでしょうに。ハニーとオトモダチのみんなが急いでここを離れなきゃって思って、迎えに来たんだよ」



忘れていたわけではないが、確かにもう一刻の猶予もないのは確かだろう。

異世の中にいても、黒い太陽の暴威から逃れられないのは、一度目で実証済みで。


「ウチの愚息が……あぁ、ほんとの意味で俺のじゃないぞ? おれのものは愚かじゃぁないし……いでっ」

「そ、そんなおじさんギャグ、いちいち挟まないでくださいましっ」



そういうタイプのおじさんだとは、よく知る前から有名だったが。

それも逼迫したこの場を和ませる意味合いがあったのだろう。

反応したのは蘭ばかりで、かえってひとり恥ずかしい思いをしつつ。

ちょっと強めにぶっ叩いて先を促す。




「……アイツが、愚息がよぉ。てめぇのケツはてめぇで拭くって。ようやく覚悟を決めたんだ。せめて周りに迷惑がかからないように人知れずフォローしてやるのが、まがりなりにもオヤジを名乗ったヤツの役目じゃねぇかなって」

「……っ」


打って変わっての、大吾のそんなセリフ。

それの意味を悟り、息をのむきくぞうさん。





『パーフェクト・クライム』、そのものであると。

ひどく嫌われることとなっても構わないと。

その手にかけたつもりだったのに。


知己がしぶとかったのか。

結局は甘さが出てしまったのか。

きくぞうさん……キクの決死の想いも空しく。

知己は、この地にやってきてしまったらしい。




「はじめは、うん。そういえば知己お兄さんを止めるつもりでここへ来たんだっけ」

「二人を会わせないようにって思っていましたけど、やっぱり駄目でしたか。愛の力とはかくも計り知れぬ、ということですわね」

「……」



そこにいる誰しもの予想に反して。

美弥の抱える『災厄』が、際限なく大きくなってしまったこと。

今となっては、その理由もわかっている。



常に周りの能力者に影響を与え続ける知己の能力、【太極魂奏】。

一見すると、近くにいるもの、受けたものの能力を抑え込み、果てにはなかったことにするようにも見えるそれ。


実は、それが全てではないと。

そのことに最初に気づいたのは。

その隠された特性を生かすことを考え出した相棒の法久で……。



           (第496話につづく)






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