第494話、お目にかかれて、好きにならずにいられないと満を辞して
「きゃうん!? きゃうんっ!!」
あの兄にしてこの妹あり。
その純然たる事実を、よもや知らなかったとは言わせない、とばかりに。
仁子は目前にあったふわもふでぬくつやな毛玉を思う存分、ずぞぞぞぞっと吸ってみせる。
場違いなきくぞうさんの悲鳴にびっくりしたのか。
背中から羽交い締めにしていた蘭も。
腰元にとりつくようにしていた麻理も、慌てふためいてその場から離れると。
そこで仁子はようやっと自由を取り戻して。
「……あら。ちょっともったいなかったかしら~」
悪夢から呼び戻され、我に返ってあるべき姿へかえってきたと。
アピールするかのような、実に仁子らしい言葉。
主さまにもされたことがなかったらしく、未だきくぞうさんだけはきゃいんきゃいんと震え上がって麻理の後ろに隠れてしまったが。
他の二人は、妄執に囚われし仁子が舞い戻って来たことに気づいたらしい。
シンクロするみたいにほうっと息をついて。
「よかったぁ。かえってきてくれて」
「操縦席を奪われた時はどうなることかと思いましたけれど、よくぞまぁ自分を取り戻してくれましたわ」
「あぁ、うん。『ルーザー』同志のレミ……真ちゃんに、こんなひどい自分を一度見せつけられていたから。耐性があったのかも。まぁもちろん、みんなが体をはって止めてくれたおかげでもあるんだけどね~」
自分だけ置いてけぼりで。
一人ぼっちだったなんて、大きにすぎる勘違い。
ここまでずっと知ってか知らずか、こうやって支えられてきたんだろう。
それに気づいてしまったら、醜い嫉妬に狂って暴れていた自分が恥ずかしくて、穴があったら入りたい気持ちで。
「ええと、それでここは……」
「きゃうん」
「トラン先生? のこころの中なのかなぁ。……って、わわ。引っ張られるっ!」
「え? 麻理さんっ!?」
恐らくは、地底深くに棲まう、蘭の能力によって生み出された地這虫(ワーム)めいたファミリアの腹の中か。
そう思っていると、何かに気づいたきくぞうさんが、一声鳴いて顔を上げる。
その遥か向こうにギザギザに光るものがあって。
それが、外の光であると気づいた時には。
麻理が二人……一人はその光の向こうから落ちてきて、こっちにいた一人はそんな現れた麻理に吸い込まれるかのように飛んで行って……。
「わわっ、なんでもどっ……!」
正面衝突かと思った瞬間には、麻理はいつの間にやら一人だけになっていて。
手足をばたばたさせてそのまま落っこちてくる麻理を、仁子はなんとか受け止めることに成功したわけだが。
「外に居た麻理さんの身体を回収した? 一体どうやって……。今はわたくしもよっし~さんも操ってなどいないと言うのに」
一度目の黒い太陽が落ちたあの時。
実の所蘭は、その場に居合わせていて。
何やかやあって逃げ遅れ、成す術なく焼き尽くされんとしたその時。
自らの能力とも言えるファミリア……蘭自身を守らんとする襦袢が。
まるで意志を持ったかのように身を呈して守ってくれたからこそ、ここにいるのだとずっと思い込んでいたわけだが。
真実は異なっていたらしい。
申し訳なくも、朧げに思い出したのは。
その時その瞬間、誰かに庇われた記憶。
「フハハハァっ! ある時はマッドな先生! ある時はサイコな敵役! ある時はみんなのオヤジ! ありとあらゆるケダモノへ化けることもなんのその! して、その正体はぁぁっ!」
そして、正しくも、できれば忘れたかった記憶を証明するみたいに。
スキンヘッドで大仰な肉襦袢。
何故だか上半身ハダカのおじさんが、高笑いしながら麻理に続けとばかりに降ってくるではないか。
慌てて避けようとするも、下に皆がいるのは分かっていたのか。
その見た目にそぐわない木の葉のような身軽さで、くるくる回転しつつ少し離れた所へと降り立つおじさん。
「ううううぅぅぅっ!」
「だいじょぶだよ。きくぞうさん。 トラン先生ですよねっ」
「ノンノン、それは世を忍ぶ仮の姿さ。私はハニーを、この身を賭して護るために生まれたエンジェル。ランラヴ、とでも呼んでくれたまえ」
本能的に変態の出現を感じ取ったのか、低く唸るきくぞうさんを落ち着かせようと麻理が抱え上げそう言うも。
半裸のおじさんはすぐさまそんな麻理の言葉を否定する。
ハニーなどとのたまうそのタイミングで。
どうあがいても蘭のことをロックオンしていて。
その恥ずかしい名乗りもあいまって。
みんなの視線が蘭へと集まっているのが分かって……。
(第495話につづく)
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