第六十五章、『ハコブネ~VOYAGE~』

第493話、仄暗いその場所で、わたしはひとりじゃないってふとめざめる




カーヴ能力者たちの抗争において、最も大きかったと言われている、その戦い。

関わっていなかったのは、仁子だけでなくスタック班(チーム)の面々もそうだったわけだが。

 

その、初めて黒い太陽が落ちた、その現場、『ドリーム・ランド』へと。

仁子がその時ばかりは向かうことなかったのは。

正にそのタイミングで、今思えば謀ったかのように。

命の危険すらあったその場所へ向かうことのないように。

ずっとずっと憧れ、目標とし、いつか隣に並び立ちたいと、大好きだった人が血のつながった兄妹であると知らされた時で。



今でこそ、そんなことで悩んでいる、なんてらしくないことを口にしたのならば。

弥生も美里も、そんなコト関係ねぇだろうが、とばかりに強引に、でも後押ししたのだろうけれど。



その時の仁子は、その純然たる事実を受け止め受け入れることができずにいて。

『天下一うたうたい決定戦』に出場すると分かっていたから。

避け逃げるように裏方としても参加することなかったわけだが。




それが、そもそもの始まりだったのだろう。

裏方に回っていた者達、そのほとんどが亡くなったと言われる、カーヴ能力者同士の諍いの中でも最低最悪の事件。

その下手人、犯人を探し出し見つけ出し、榛原照夫を中心に結成された『喜望』と呼ばれる新しき組織。


最早敵も味方もない、そんな派閥に招集されてからも。

直接その場にいなかったこともあって、ずっとずっと疎外感があったのは確かで。





そんな中、その中心に大好きな人が、知己がいたこともあって。

流されるままに様々なことへと巻き込まれていく仁子たち。



一体、黒い太陽が、『パーフェクト・クライム』が顕現した時、その場で何があったのか。

その、完なるものの使い手は誰であるのか。

その名を掲げ、暗躍し続けていた『パーム』なる団体は何であったのか。


調べ求めていくうちに、仁子が辿り着いたのは。

過去と未来を行き来することで、あるいは仁子たちと同じように真実を追い求めていた、仁子と同じ立場で同じ人を愛することとなった異郷の少女……

そんな彼女が創り出した夢の残滓、その最中であった。




初めはその夢、『LEMU』と呼ばれていた異世のことを。

あってはならない、心の奥底に締まってあった願望そのものだと思っていたが。

それは確かにあったかもしれない、過去や未来のひとつで。



仁子はそんな異世にて求めていた答えを、真実を知ってしまう。

それは、仁子や『LEMU』の主である沢田……いや、風間真にとってみれば実に都合の良い……そう思ってしまうだけで吐き気を催すものであった。



こんな答えを突きつけられるくらいなら、気付かなかっただけで自分自身がすべての諸悪の根源であった方がよっぽどマシだったと思い知らされる。

あまりにも醜い自分のザマに、合わせる顔もなくて。

全ての原因として、大切なあの人の前へ立ちはだから事の方がどれだけ楽だったかと、そうも思ってしまって。




こうして改めて『ドリーム・ランド』に来るにあたって、誰にも言うことはなかったが。

そんな羨ましさすら感じてしまう『彼女』を、ただただ悔しい気持ちで見守り、見届けるだけのつもりだったのに。



いざ黒い太陽が真上に座す、ぎりぎりの状況になって尚。

何も知らないかのような無垢さで笑う『彼女』を目の当たりにして。


仁子は、表向きは憤っているように見えつつも。

その実彼女とは人としてのステージが違うのだと、ひどい嫉妬に完膚なきまでに打ちのめされていて。



今まさに命失わんとしているのに、全く惜しくないのかと。

全ての諸悪の根源として詳らかに、顕わにされているのに。

そのことに一番大切で愛する人を巻き込んでしまうことに恐れはないのかと。

思い始めたらもう仁子は感情の制御ができなくなっていて。



 

到底叶いそうもない相手に、それでも目を剥いて牙を剥くその様は随分と情けなく滑稽に映ったことだろう。

もしそこに、そんな愚かな自分を止めてくれる人がいなかったのならば。

きっと取り返しのつかないことをしていたのに違いなくて。





「……よっし~さん! いい加減目を覚ましてくださいましっ!」

「きゃん! きゃん!」

「そうだよぉ、はやくしないとっ。知己お兄さんが来ちゃうってばぁっ!!」

「…………っ!!」



出会ったばかりなのに、妙に気を使ってくれていて。

ここへ来るまでもずっとお世話になった、さいごの友達、往生地蘭。


けっしてもう言葉にはならないけれど、まず間違いなく仁子と同じ『ルーザー』のレッテル貼られしきくぞうさん。


そして、やっぱり仁子と同じできょうだい、家族と言う柵に翻弄され続けた竹内麻理。




多分きっと、そんなみんなのお節介が届いて。

仁子は、どことも知れぬ暗くて大きな……天井の高い洞窟めいた場所で文字通り目を覚ます。


心に直接響くほどに近いと思っていたのは。

その三人が三様で仁子を引き止め留めるように、背中へ腰元へ、顔面へとしがみついていたからで……。



            (第494話につづく)






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