第492話、僕の頼りない命(ひかり)でもいつしか、夜を照らせるのならば……




「うわっ。これは……ひどいでやんす。ほんとに何が起こったのでやんすか……?」

「……って、恭子さんっ!? 大丈夫ですかっ、しっかりしてくださいっ!」



二人が、最初に目の当たりにしたのは。

白い天井が吹き飛んだかのように突き抜け破られ、青空が望む場所。



そこに、倒れ伏す多くの人と。

その中にある恭子の姿で。

駆け寄り、声をかけるも恭子はピクリとも動かない。



「……」


かろうじて息はあるようだが、応急手当をしようとした彼女の身には、カーヴの力がほとんど残っていないことが確認されて。







―――死者、行方不明者、多数。



表舞台に裏側にて暗躍する者達……カーヴ能力者の存在が知れ渡ることとなったその事件は。

カーヴ能力者同士における抗争の中でも最悪なものとして扱われ語り継がれることとなる。


その当時、その戦いの舞台となった異世には、数百人もの能力者がいたが。

無事に生きて帰って来られたものは数人ほどしかいなかったと言われている。



その内の一人が、榛原照夫(はいばら・てるお)。

後に、此度の事件の真相究明、解決のために陣頭指揮をとって動くこととなる、新生派閥『喜望』の長でもあって。


相棒の少女の形見だと言う青い薔薇の意匠、細工が美しい生身の剣を抱えた榛原は。

少し前までとは180度別人となってしまった彼は、こう証言した。



成すすべなく、逃げる暇さえなく、空から黒い太陽が落ちてきた、と。



後にそれは、『災厄』史上最悪のカーヴ能力。

【完然絆罪(パーフェクト・クライム)】と呼ばれるようになり。

それを扱う宿主、能力者を。

どこにいるのかも分からないその存在を探し求めて。


永きに渡る物語が、始まることとなる……。








          ※      ※      ※





―――時は戻って。



往生地蘭の力を借りて、大地深くに棲まう化生となった聖仁子と。

きくぞうさん、竹内麻理の急造同士のコンビによる、詮無き……意義の見い出せない戦いは熾烈を極めた。


それはもしかしたら。

聖仁子その人だけが、今まさに再び落ちようとしている黒い太陽、その真実に関わっていなかった……深く知ることがなかったことが要因であったのだろう。


今にも落ちいこうと。

大切な人すら焼き尽くさんとする黒い太陽を。

頭上において少しも気づいた様子のない、何の感慨も沸いてないようにも映ってしまった屋代美弥。


タイミングが悪かったと言うのもあるだろうが。

その存在そのものすら、忘れ去っていた美弥のことを、舞台袖から見ていたのにも等しい仁子に気づけと言うのも酷でむつかしいことではあって。




『もうっ! ここまで来てホント、面倒極まりないっ、流石あの甘ったれクリーチャーの妹御さまってことですかっ! 妹さ……いや、マリっ! さっさとこころを奪うなり乗っ取るなりなんなりして、止めてくださいよっ。こちとら既に正真正銘ただのか弱いワンコなんですからねっ、こうやって場を持たせているだけで奇跡なんですからぁっ』

「えぇっ!? だって、やってるけどっ。むりだよぅ。あの外っかわ、ワームさんのところ? なしおせんせがいるみたいなんだけど、よっし~さんに逆に乗っ取られちゃってて、気絶しちゃってるからのか、わたしの声届いてないんだもんっ」



カーヴ能力における四番(フォース)。

使ったら最後、その能力を失いかねない真の切り札。

それを切ってしまったきくぞうさんは、正にその言葉通りの状態で。

小さすぎるが四肢であるが故に。

地底に棲まう、目鼻のないワームのごとき化生となってしまった仁子の猛攻をきゃんきゃん声を上げつつも凌げてはいるものの、限界が来るのは時間の問題で。



恐らく、激情に駆られ暴走しつつも、仁子自身に迷いがあるからこそ、首の皮一枚繋がっている状態なのだろう。

故に、そんなこともあろうかと、待機していたに等しい四天王最後の一枚にして砦な麻理に、この場を切り抜けるための攻勢を示唆するも。


何だかんだで虫も殺せないあのポンコツ主(みや)の妹なだけあって。

あわあわしつつ、逃げ回りそんなことを言ってのけるものだから。



『馬鹿なんですかぁっ! 気をやっているのなら起こせばいいでしょに! あなたの得意分野でしょうがぁぁ!』

「あ、そっか。……うん、やってみるね!」



とろいところまで真似しなくともよろしい、と。

ちょうちょのような黒耳を振り乱しつつそう訴えると。

それでも麻理はとりたてて急ぐ様子もなく、だけどすぎに【観世悟心】ファースト、入(イル)を発動する。

 


それは、自身への魂を肉体から分離させ、人の心の内へと入り込む能力。

当然、残された身体は無防備となるわけだが。

それを分かっていたわけでもないのだろう。

そのまま、ぐらりと倒れていく麻理の身体を、きくぞうさんはなけなしのうしろ足により力でドロップキック。

あまりにも麻理が軽かったことも功を奏し、食らいつかんとしていた化生の斜線から外させることに成功する。



『涙が出るほどの信頼感ですねぇっ、とにもぅっ!』


となると、当然のように。

その洞穴のごときワームの口腔は。

その場に取り残されたきくぞうさんを襲うこととなって。


きくぞうさんは、成すすべなく。

きゃぃんきゃいんと、鳴き声だけを残して。

その昏い暗い奥の方へと、飲み込まれていく。





それは。

その先は。

一体なにものの心象風景であったのか。


あるいは、夕暮れ……終わりが迫りゆく時に気づかされるような。

空を映す赤い川のほとりにひとり、取り残されてしまったかのような。


虚ろに囚われ世界に嘆くものたちの。

どこまでも深い闇、だったのかもしれない……。



            (第493話につづく)






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