第459話、どくをプリティで制すからこうかはいまひとつ



まるでタイミングをはかったかのように。

みなきだけでなく『ドリーム・ランド』にいる能力者達全員に分かるような。

一瞬にして空気が、大気が入れ代わるような感覚に包まれる。




「……なんだっ!?」

「こ、これは。異世、だと?」


限りなく存在感が希薄で寿一らしくない、能力者達がしのぎを削るための世界(フィールド)。

突如突然展開されたそれに、少なからず混乱が起こる中。

どさくさに紛れてそこから離脱するのが今回みなきに与えられた任務である。


 


(ええと、確か私のアジールを感じ取って、寿一さんが引っ張ってくれる……んだっけ)


急な展開に、授業中に居眠りしているみたいに絶賛気絶中……突っ伏している榛原を起こそうとしている瀬華を脇目に。

今がチャンス、とばかりにアジールを沸き立たせるみなき。



「……っ、そのアジールはっ」


すると、案の定とばかりに混乱の最中でありながら、知己がそれに目ざとく気づき、驚いたように声を上げたのが分かって。

何気なく顔を上げると、もしかしなくてもここまでずっとみなきのことを注目していたからなのか、何だか随分と驚き、あまり見たことのない狼狽顔の知己がそこにいて。


そんな知己に対し、何かリアクションを。

言葉の一つも、なんて思うよりも早く。


みなきはここではない外側の世界へ引っ張られるようにして。

その場から、会議室から忽然と姿を消していて……。



 

                 ※



 

「……はっ。ええと、ここは?」


てっきり、外から引っ張ってくれているであろう寿一の元に飛び出してくるのかと思いきや。

気がつき辺りを見回したものの周りには人っ子一人いない……誰の気配もなかった。



どうやらそこは、いわゆる観客のための座席の方へ向かう、ぐるりと観客席を覆うようにして配置されているコンコース。

普段ならば、いくつもの出店が立ち並んでいたであろう場所らしい。


 

しかし、外に引っ張られた割に、異世の外へ出てしまったわけでもなかったらしく。

出店が並んでいたはずの場所には、七色に鈍く光るカンテラのようなものと、ごつごつでこぼこ斑色した、いわゆるダンジョンの土壁のようなものに塞がれていて。

扇型を形作っているはずの元コンコースは、どこまでもどこまでも続いているように見えた。

だがその代わりにというか、現実と変わらず会場を見下ろし見渡せる席へと続くであろう道が、トンネルのようにぽっかりといくつも空いているのが分かって。



(……うん。とりあえずこれで役目は終了、かな。すべてを投げ出してさっさと帰宅したいところだけど)


この様子だと、入口……外と中で空気の圧が違いすぎて吹き飛ばされそうになって出ていく羽目になる楽しげなものまで塞がれてしまっているのだろう。


とはいえここでじっとしていたら、知己がやってきてややこしいことになるかもしれない。

引きつけておくのが役目なのだから、むしろ待っていなくてはならないのだが、何だか色々と面倒くさくなってきて。

やっぱりこのまま帰りたくなってしまう気持ちと、せっかく『天下一歌うたい決定戦』の出場が決まってるのだからドタキャンするわけにはいかないといった、二つの感情が激しくせめぎ合っていたのは確かで。



外と内がだんだんとリンクしてきていて、曖昧になってしまっているのを感じつつ。

みなきはとりあえず寿一を探そうと歩き出す。


ひとまず、コンコースは少しばかり見通しが良すぎるから席へと続くであろう入口のひとつへ入ってしまおうかと思い立った時。

ほんの僅かな、耳を澄ましていても気づけたかどうかも分からない軽い足音と、それをかき消すような木霊する甲高い鳴き声のような声が響いてくる。


 


『あーるーじーさまーっ!!』

「……っ!」


それは、ここ最近色々あって耳にしていなかった、無条件で甘く芯まで届く声。

まさか自分を呼んでいるのか。

いや、そんなはずはないと。

それでも見つからないことに越したことはないと、みなきはその声に追い立てられ弾かれるように走り出す。



「わわっ」


しかし、トンネルのようなその先は、かなり角度のついた階段で。

いつもならば足をもつれされ、そのまま無残に転がって、あちこち打ちつけて大惨事になる所を。

思ったよりも軽い身のこなしで受身を取りつつまろび、さしたるダメージもなく落下、着地することに成功したわけだが。


おかげで足はすっかり止まってしまって。

結局のところけものの……小動物のすばしっこさには叶わず。

みなきはあえなく捕まってしまった。



『主さまぁっ! や~っと見つけましたよぉ! さんぽに行く時はわたくしめも是非にと口すっぱく訴えていたというのに、どうしてお一人で行ってしまうのですかっ。

今の今までおやつも食べずに、ずーっと探してたんですからねっ』


きゃんきゃんと、親をようやっと見つけたまさしく子犬のように。

必死に鳴いて叫ぶ小型犬……つやつや漆黒のツインテールが、みなきが吐き出す毒すら『こうかはいまひとつ』にしてしまうであろう、とっても可愛らしいパピヨン犬であるはずなのに。


まるでそこにいるのが飼い主であると証明してしまっているかのように。

正しくも副音声のごとく、丁寧な喋りをしつつも属性的にはみなきと似通っている部分のある少女の声が聞こえてきて……。



            (第460話につづく)






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