第458話、背を向けられると追いたくなって、見つめられればそらしたくなる



(ふんだ。ブってんじゃないわよ。カレにはもう心に決めた子がいるんだからね)

「……っ」


すぐ近くからちくりと。

嫉妬めいた忠告のようなものが降ってきたから。

びくりとしつつも、恐る恐るちょうどみなきの右隣の様子を伺ってみる。



そこには、みなきより年下……恐らく高校生くらいであろう、例えて言うなら黒薔薇のように凛々しく美しい少女がいた。


季節を切り取り歌わせたら右に出るモノはいないと言われる、男子二人、女子二人の珍しいバンド、『コーデリア』の若きメインボーカル、黒姫瀬華(くろひめ・らいか)。


派閥が違うので顔なじみ、というわけでもないが。

デビューの時期が近しい同年代、同期のような存在であったため、お互いきっと意識していただろう相手であるのは確かで。


そんな彼女から。

どちらかと言うとさっぱりしていてボーイッシュな彼女からそんな台詞が出てくるだなんて思ってもみなくて。

色々な意味合いを持って驚いてそちらに視線を向けると。

何故かそのことで、みなきと同じようにびくっとなって慌てた様子を見せてくる瀬華。



一体どうしたのかと首を傾げていると、瀬華ははっとなって違うよ、私じゃないわ、などと首を振り、申し訳なさそうにぺこぺこした後。

またしてもみなきが飛び上がるくらいに低い低い声を上げて。


実の所今の今まで本能的に、あるいは知己以上に視界に入れないようにしていた……何故か瀬華の背後にぴたっとくっついている、顔だけ貴公子、その肉体と心内は漢女な人物……『コーデリア』の魂、ギタリストの榛原照夫(はいばら・てるお)に向かって、目にも止まらぬ鋭い貫手が打ち込まれる。




「くぼっばあぁぁっ!?」

「ひゃっ」

「……っ、なんだっ。どうしました、榛原さん!? 一体、何が」

「す、すみません。この男、持病の発作があって時々急に奇声を上げて気絶するんです。いつものことで大丈夫ですから続けてください」

「お、おぉ。そう……ですか。大変ですね」



まさかノールックの急所打ちが飛んでくるだなんて思ってもみなかったのか。

もんどりうってそのまま隣の席へ座り込んだように見せかけて明らかにノックアウト、昇天してしまっている榛原の、何とか体裁だけは整えて。

そんな誤魔化しにもならないいいわけを残し、愛想笑いを浮かべる瀬華。


目前で目の当たりにしていたみなきや、すぐ近くで司会進行をしていた柳一が、そんな誤魔化し切れそうにない瀬華の行動に気づいていたが。

とばっちりを受けてはたまらないと、見て見ぬふりをすることにしたらしい。



引き続き何事もなかったかのように話し合いを続けているのを見るに、榛原の奇行は今に始まったことではなさそうで。

みなきがこれ以降、ある意味永遠のライバルとして長い付き合いになるだなんてこと、予想もできなかったと言うか。

できれば関わりたくないなぁ、なんて思っていると。

再び話し合いに戻ったことを良い事に、右隣の席に落ち着いた瀬華が、今度は声を潜めて申し訳なさそうに謝ってくる。



(ごめんなさいね。うちの変態が言ったことは気にしないでもらえると助かるわ)


さすがに、今の躊躇いのない一挙手一挙動を見て、そんな彼女に対して毒がついて出ることはないと思いたかったが。

一応念のためにとみなきはそんな瀬華に対し、いえ、気にしてないです。などと分かる程度に頭を下げてみせた。



先程の知己には心に決めた人が云々は、やはり彼女の発言ではなかったらしい。

女性のあんな声まで出せてしまうとは、『コーデリア』と言うバンドに女子二人……瀬華と恭子が加わるまでボーカルを務めていただけはあるなぁと思う一方で。

そんな偉い人たちにすら知れ渡っている程なのかと、恥ずかしいやら何やら複雑な気持ちで、ますます知己のことが見られなくなっていると。


みなきと同じくして上の偉い人たちの腹の探り合いと言うなの話し合いにそれほど興味はないのか、引き続き同じトーンで瀬華が声をかけてくる。




(みなきさん……あなた、派閥長会議に出席するのは初めてよね。はじめまして、じゃぁなかったと思うけれど)

(そうですね。音楽番組で一度ご一緒させていただいてます。あなたのようなスターのお目に留まるなどとは思っていませんが、一応同期ですね)

(いやねぇ。同期なのはわかってるわよぉ。っていうか、スターなんて呼ばれるのくすぐったいわね。がらじゃないっていうか)



これから間違いなくひとかどのアーティストとしてスターダムにのし上がるどころか、もうその域に到達しているであろう彼女であるが。

同期のライバルなど、気にも止めてないだろうと思いきや、スターなのはあなたの方でしょうと。

ある程度は知って……認めてもらえているらしい。


それが何だか嬉しくて、しかしそれを表に出す言葉は出てくれないらしく、みなきが口元をもごもごさせていると。

それを見た瀬華はやっぱり、などとつぶやいた後。

変わらずみなきにだけ聞こえる声で話を続けた。




(いや、何て言えばいいのかしら。前に会った時と印象が違うなって。前は私よりもお姉さんかなって思ってたんだけど、実は同い年くらい? いえ、年下かしら)

(……老けている、とはよく言われていましたけど。今は舞台上ではないからでしょうか)


実年齢より老成しているなどと周りに言われることはよくあったが。

修一だけでなく、瀬華までもがそんなことを言うなんて。


やはり、どこかしら齟齬が……影響があるのだろうかと。

思わずみなきは自身の見える範囲を省みてみる。


心なしか、全体的に縮んでいるように見えるのは気のせいであろうか。

みなきは、イメージしていた以上に何だか親しげな瀬華と、そんな益体もないやり取りを交わしつつも。

鏡か何かで確認したいな、とも思っていて。

何だか妙に落ち着かなくて。




ここに集まった面々が、表舞台の袖でどう配置され、待機すべきが……などと、結構重要な場面に会議が差し掛かった時。


まるでそのタイミングをはかったかのように、寿一の言うところの作戦の要であるという、合図がみなきだけでなく『ドリーム・ランド』にいる能力者達全員に分かるような。


一瞬にして空気が、大気が入れ代わるような感覚に包まれていって……。



            (第459話につづく)







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