第255話、できれば使いたくなかった最終兵器料理



……と、その時だった。




「地震っ!?」


怜亜が叫ぶ通り、地響きを立てて世界がぶれる。

まるで何かに対し、警告音を発しているみたいに。

 

「ん……うぅっ」


と、タイミングがいいのか悪いのか、その震動で哲が目を覚ました。


「……ども。身体、大丈夫?」

「あ、はい。特には……っ」


抱えていたまゆと、必然的に目が合う。

朗らかに聞いた問いかけ、未だ事態を把握していない様子で、だけど律儀に言葉を返してくれる。

それは、やっぱりまゆの記憶にある少年の声。

哲の声であった。

まぁ、ハスキーヴォイスがウリだと言われれば、反論はできなくなる程度ではあるが。

 


「まゆっ、のんびり話してる場合じゃないって! 揺れがどんどん強くなってる、一旦ここから避難しましょう!


そこに、焦り含んだ怜亜の声がかかる。


「あ、あなたはっ」


しかし、それにまゆより先に反応したのは哲だった。

支える身体に力が入り、こわばるのが分かる。


「あ、はは。そう言えばちゃんと会話するの初めてだね。とりあえず今は敵じゃないから、安心して」


気まずそうに、怜亜。

どうやら、二人は顔を合わせたことがあるらしい。

話し振りからすると、まだ敵同士だった頃といった感じであるが。


「……」


その言葉を信じたのか、それともそうじゃないのか。

黙したまま、怜亜を見据える哲。


たじろぐ怜亜。

だけど、ふいに哲の視線が逸れた。そのまま大きく目を見開く。

視線の先にいたのは、正咲と美冬だった。

それに気付いた二人が、揺れに足を取られながら駆け寄ってくる。


「起きたの、勇くんの妹さん?」

「……っ!」


何気ない言葉は、無自覚の鋭いナイフだった。

それを突きつけられた哲は蒼白になり、まゆから離れるように起き上がる。

そして、交互に美冬と、正咲を見た。


美冬には、恐怖心を。

正咲には猜疑心をもって。


「ち、ちがうよっ、ジョイは秘密、話してないもんっ!」

「ば、ばかっ!」



最悪だ!

思わず叫び突っ込みそうになるまゆ。

それに弾かれるようにして、声もなく哲は駆け出していってしまう。

そのまま、まゆたちから逃げるかのように。

 


「追いかけると! 一人でこの場所は危険すぎる!」

「う、うんっ」

「わかった!」


何で突然逃げ出したのか。

その理由は聞かなきゃ分からないのだろう。


それでもその責任の一旦が自分たちにあると感じたらしく。

まゆがそう言うが早く、人ならざるスピードで哲を追いかけてゆく美冬と正咲。

まゆもそれに続こうと、怜亜を促そうとして。



「ちっ!」


怜亜はまゆの背後を見て舌打ちした。

まゆが振り返る暇も与えず、その手を引っ張って駆け出そうとする。


「どっ、ど、どうしたのっ!」

「さっきのっ、やっぱりただの地震じゃなかったみたい!」


言いながら、進むのをやめない怜亜。

言われてみれば、さっきまで豪快に揺れてたはずなのに収まっていて。

怜亜の手を離さないようにして首を捻って後ろを見てみると。


そこには、大口を開けた化生の姿があった。

見た目は、さっきまゆを飲み込んだ唇の奴にちょっと似ていた。

だが、それは地面ではなく、通路一杯に横倒しになっていて。

まるで、蚯蚓が土を食んでいくかのように、哲が眠っていた赤い水槽の残骸を、

飲み込み、こちらに迫ってくる。

先程の揺れは、どん詰まりだった壁からそいつが生まれてくる予兆だったらしい。

哲を解放したことによって出現したガーディアン。

なんとなく、そんなイメージが浮かんで。

前に走ること以外、それから逃れる術がないことを思い知って。



「だから趣味が悪いんだって!」


怖気立ち、先行してくれていた怜亜を追い越す勢いで、まゆはそいつの口幅ほどしかない赤い通路を走った。

 

長く細い、多少歪曲した一本道。

かなり遠目に、正咲や美冬らしきシルエットが見える。

じわじわ小さくなってるのをみると、まだ哲は逃げおうせているらしい。


あのバカみたいなスピードをもってしても捕まえられないとは、追う方も逃げるほうも人智を超えまくってるようで。



「まゆ、遅いよっ、もっと早く走って、追いつかれる!」


と思ったら、それは怜亜にもあてはまるらしい。

いつの間にやら再び怜亜に先行されていて、明らかに背中に近付いてるのが分かる、嫌な気配。


「無理っ、怜亜ちゃん一人で逃げてっ!」

「冗談も休み休み言いなさいっ!」


怜亜一人なら絶対に逃げられる。

そう思ったのに、それを口にしたのはまずかったらしい。

絶対放すものかと、一層強く手を握られる。


生暖かい吐息のようなものが届いてきたような気がして、ダメだって分かってるのに、振り向くまゆ。


もう手の届きそうなくらい近くに、それはいた。

獰猛で赤い、舌が蠢くのがはっきりと分かる。

煉瓦でできた、ざらざらが痛そうなそれが。


何より性質が悪いのは、それが先程食われた唇のと違って、そいつの腹の中にしか繋がってなさそうなことだった。

これだと、先程のような手というか足は使えない。

あれは正咲だからできる乱暴な足で、まさか怜亜を蹴り飛ばすわけにはいかないわけだが。


それに食われずにすむ方法。

あるとすれば、戦って撃退する、くらいなものだろう。


「ちょっと、まゆ! 何する気っ!?」

「えっと、所謂ひとつの、反則技っ?」


まゆがもそもそしてるのに気づいたのだろう。

声上げる怜亜に、背負っていたリュックからその反則のブツを取り出して見せる。


「銀紙……っていうかおにぎり? そんなものでっ」


訝しげな怜亜の言葉を遮り、まゆはあろうことかおにぎりを投げつけた。

大口開けた化け物に見事吸い込まれる、ただの辛みそおにぎり。


「バーニングっ!」


すかさず、手の空いていた左手をそいつに向かって開き、ぐっと握りこむ。

咄嗟とは言えなに恥ずかしいこと言ってんだろうって、自己嫌悪に陥って。



―――ギィァアアアアッ!

 

「ひゃぁっ!?」

「みぎゃっ」


瞬間、爆発したかのような大音量。

音は暴力となって、まゆたちを襲う。

そのあまりの衝撃に、そのまま背中押されるようにして地面に投げ出されて転がる。


まずい! そう思って必死に立ち上がったけれど。

 


「……し、死んでる?」

「うそーん」


それは、化生の断末魔だったらしい。

口を開けたまま、煙みたいなのを吹いて、ぴくりとも動かないそれの姿が目に入った。


「まゆ、今……何したの?」

「え?えっとぉ……お手製のおにぎり投げただけだけだよ? 辛さが生き物の摂取できる範疇を突破しまくってるけど」

「もしかして、天使の力ってやつ?」

「お恥ずかしながら」


カーヴ能力とは違う、天使ひとりひとりに与えられた反則技。

カッコイイこうみんの文字通り反則なやつと違って、役に立ちもしないだろうって思っていた、食べ物の味覚を変化させる力。

まさか、死ぬほど効くとは思わなかったと、おどろくしかないまゆである。


「まだたくさんあるから、お腹減ったら言ってね?」

「……笑えない冗談ね」


もちろん、丹精込めてつくったごくごく普通のものではあるのだが。

呆れて、くさいものから逃げるみたいにまゆをおいて駆け出していってしまう怜亜。

 

だから……使いたくなかったんだ。

みんなに食べてもらうために作ったのに。

そんな風にまゆは内心で愚痴をこぼして。


苦笑浮かべながら、そんな怜亜の後を追う、まゆなのだった……。



           (第256話につづく)






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