第218話、敢えて釣られて相手の土俵へ、普段通りに



「……よし、行こうか」


王神確認するように一同を見渡す。

当然、それに異を唱えるものはなくて。

一つ頷き、先頭に立って部屋を出ようとして……それは起こった。




「きゃっ!?」

「な、何事っすか!」

「地震かっ?」


突如として起こった世界そのものが震え咽びているかのような揺れ。

立っていることすらままならず、お互いを庇い合うようにしてしゃがみ込む。

それは一見、呟いてあたりを警戒している勇の言葉通り、ただの地震のようにも見えたが。


「ぐっ、何だっ!? くそっ……」


突き上げ型の地震かと思いきや、いきなり横揺れに変わり、不規則な揺れは王神たちを弄んだ。


「なっ!?」


そして、引き倒されたかのような体勢になった王神は、今まで味わったことのない感覚に襲われる。


それは、今し方繋げたばかりの糸から伝わってきた。

引っ張り、捻り、回転。

馬鹿にしたかのような激しい上下運動。

それは、たとえ繋がっている相手が光速の動きをしようとも起き得ないはずのもので。


「王神さんっ、糸がっ!」

「心配、ないっ、一度能力を解除しただけ……うっ」


王神は初めてのその感覚にひどい酩酊を覚え、膝を突く。

能力を解除したのは、哲がどうこうというよりも、そのあり得ない動きに糸が引きちぎられるかと思ったからだ。


「王神さんっ、大丈夫っすか!」

「……ああ、平気だ。揺れに少し酔っただけだ」

「ほんとすか? なんか顔青いっすよ?」


王神の異常に気づいたのか、慎之介が心配気に近寄ってくる。

王神は、そんな慎之介に曖昧な笑みで誤魔化した。

何故ならば酩酊したその理由が、口にするのも有り得ないことだったからだ。


それでもそのことを敢えて言葉に表すのならば。

王神と哲を繋いでいた糸の通るその空間が、まるで自分の意志で移動し、模様替えした……とでも言えばいいだろうか。


それは言葉面ほどに単純なことではない。

たとえそれが何者かの能力だとするならば、規格外もいいところだった。

王神のそんな益体もない考えが……半分は正しかったことなど、その時ばかりは知る由もなく。



それから。

大きな揺れの割には足場がなくなったり、天井が崩落、なんて最悪の事態は免れて。

今まで揺れていたことが嘘であったかのようにあたりに静寂が満ちた頃。

王神たちは起き上がり部屋を出た。



「王神さん……」


不安げな勇の声。

王神はそれだけで言いたいことを察し、再び能力を展開する。

すると、問題なく哲との通信が繋がった。



(……ん?)


そのことに関しては、取り敢えず一安心、だったのだが。

王神は、哲以外の常時張り巡らせ己だけに見える能力の糸に、違和感を覚えた。


操るための、自身の罪と証とも言える青い糸が3本。

これはいい。

何故なら王神が現在契約しているファミリアの数と合致するからだ。


しかし、通信用の緑の糸。

その数4本。

……明らかに一本多かった。


ここにいる慎之介と勇に繋がる糸、力を強化して皆にも見えるようになっている哲へと繋がる糸。

そして、それとは別に誰とも分からない一本があるのだ。


実はこの通信用の糸は、届く範囲がそれほど長くない。

その範囲はせいぜい信更安庭学園内をカバーするくらいだろう。

だが、逆に言えば王神が糸をつけた誰かが学園の敷地内にやってきたと言うことになるわけで。



(通信してみるか?)


誰であるのか分からないのなら直接聞いてみればいい。

そう思ってその旨をまず勇達に伝えようとして。


今度は世界が軋み、入れ替わる感覚に襲われる。


「異世だっ!」


唸るような声を上げるのは勇。

一同に走る緊張。

王神は、咄嗟に己の能力を見据える。

だが、先ほどとは違い、緑の光には揺らぎ一つ感じられなかった。


王神は、その事に少々疑問を抱く。

何故今更、異世を展開したのかと。

昨日までパームの者達は、現実世界だろうがなんだろうがお構いなしの印象があったからだ。

まぁ、異世を開いたのならそれに何かしらの理由があるのは間違いないだろう。



(新手、あるいは敵側の増援か……)


その時王神がふと思ったのはそんな事で。


「上から何かくるよ!」


聞こえてきたのは、緊張感の増した美冬の声。

その視線の先には、塔の形に添うように歪曲した細い通路と、上階に続く螺旋階段があって。


確かに聞こえるのは、ひたひたとした足音。

しかもそれは一つではなく大人数のもので。


「王神さん、哲はどっちにいる!」


いつの間にやら左手に円月刀を握りしめ、問いかけてくるのは勇。


「奴らのいる方とは逆だ、少なくとも『赤い月』の中にはいない」

「分かった、一旦外に出よう!」


勇は、王神の言葉に迷うことなく頷き走り出す。

上階からの闖入者が姿を現したのはその時だった。



「やっぱ『紅』のヤツらっすね!」


後ろ手に聞こえる慎之介の声につられて目をやれば。

その名が示すように赤い粘土をこねて人型にしたような異形達が押しあいへし合いしながらこちらに向かってくるのが見えて。


「あいつら、人の能力を学習して対処したりコピーしたりする能力を持ってて厄介なんすよ!」


何度か戦ったことのあるという慎之介は、美冬とともに殿を担当しつつそう言った。


「この狭い場所で相手にするのはよろしくなさそうだな」


とにかく広い外に出るのが先決だろう。

幸い足は速くなさそうだったので、王神はそれだけ言って……一人先行してしまった勇の後を二人とともに追いかける。


その道中、時間にすれば朝方のはずなのに、妙に暗い気がしたのが気になったが……。

考える間もなく、下方へ伸びる螺旋階段が見えてくる。


『赤い月』の階段は、フロアごとに離れていて。

出口まで降るためにはドーナツ状のフロアを毎階ごとに横断しなければならないつくりになっていて面倒だった。

それは、暴走者を収容するこの場所において仕方ない事なのかもしれないが。


一本道であるのは僥倖だっただろう。

2フロアぶん降ったところで先行していた勇に追いついたわけだが。

何故か勇は、階段を降りきった所で。

怒りにも似た強い視線で進行方向を見つめて立ち止まっていた。


「勇、どうし……」


王神はその隣に並び同じように進行方向を見据えて、一瞬言葉を失う。


「あれ、哲っすか?」


後ろから伺うような慎之介の声が聞こえて。

遠目でも哲と分かるその人物は、まるでそれが合図であったかのように、今まで使わずに素通りしていたフロアの中央に備え付けてある、エレベーターの中へと姿を消してしまう。


「今絶対こっちに気づいてたよね、どうして?」


続く美冬の疑問は当然のことだっただろう。

哲らしきその人物は、確かにこちらに気づいていて。

その上で王神たちから逃げるように、あるいは誘うようにエレベーターの中へと消えたのだから。


でもそれは、あくまで消えた彼が哲であったのなら、と言う前提で成り立っている。

そしてその前提を覆すことは考えるまでもなく容易なことだった。

何故ならば、王神と繋がっているはずの緑の糸が、先ほどの哲によく似た人物にはついていなかったからだ。


おそらく、哲を騙った敵なのだろう。

迂闊に後を追えば、それ相応の罠が待っているだろうことは必至だったが。


「……っ!」


舌打ちをして勇は走り出す。

王神はそんな勇を慌てて追いかけた。


「待て、勇っ、落ち着けっ! 今のは哲じゃないっ、糸を見ろ!」


肩を捕まえ、糸を指し示して見せる。

緑色の糸は、言葉通りエレベーターの方ではなく、階段……下階の方へ伸びていて。


「……糸の先は『赤い月』の外に伸びてるのかい?」

「あ、ああ。そうだが?」


予想に反しての冷静な、冷たい勇の声。

王神はその質問の意を図りかねつつもそう答える。


「なら問題ない。エレベーターで近道をしよう」


すると返ってきたのは、必死に何かの感情を抑えようとする、そんな勇の言葉で。

それに慌てたのは、王神よりも先に慎之介のほうだった。


「なに言ってるっすか! 絶対罠だって! 敵の能力者に他人に化ける能力を持つやつがいるんすよ? きっとおれたちを誘き出そうとしてるに決まってる!」


詰め寄るようにして叫ぶ慎之介の言葉は正しかったのだろう。

たが勇は王神の手を退けてエレベーターの下りボタンを押した。

それにすぐに反応し、一階から上昇を示す光の軌跡が横に流れて。

再度言葉を続けようとした慎之介を制すように勇は口を開いた。


わずかにその赤茶けた髪を逆立てながら。

王神達の方へと視線を向けることもなく。



「……釣り。考えうる罠としてはそんなところだろう。罠であること、下種な偽物であることを理解していればどうとでもなる」

「じゃあ、どうして?」


罠だと分かってて、そこまで冷静に判断していて自ら飛び込むような真似をするのか。

呟いた美冬の言葉は皆の心情を代弁していただろう。


「哲を侮辱した者を、ボクは赦すわけにはいかないんだよ」

「……」


別に叫んでいるわけでも、怒っているわけでもないのに。

その静かな呟きは、勇の魂の慟哭として王神の心に楔を打った。

無謀であることは分かっているのに、何も言い返せなかった。

それは、王神だけでなく慎之介も美冬も同じで。


「自己欺瞞なのは百も承知さ。ボク個人の問題だ。だからみんなはボクにしたが……」


ごちんっ。


「な、いきなり何をする慎之介っ!?」

「……それ以上言ったらぶつっすよ」


珍しく、勇に対して怒った様子の慎之介。

それでようやく勇は我に返ったらしく、

きょとんとして慎之介を見て。


「もうぶってるじゃないか、馬鹿かキミは!」

「あん? 馬鹿っていう方が馬鹿なんすよっ!」

「なにを~っ!」


それからはもう、いつものかしましいやりとりがそこにある。

そして、ちょうどそのタイミングでエレベーターの到着を知らせるベルが鳴って。


王神は一つ笑みをこぼし、やってきたエレベーターに乗り込んだ。

それに、王神の意図を組んだのか、なんだか楽しそうに美冬が続いて。


「なにしてんのふたりとも、置いてっちゃうよ~?」

「わっ、二人ともいつの間にっ!?」

「くうっ、ボクが先陣を切ると決めていたというのにっ!」


さっきまでの空気はどこへやら。

ぎゃーぎゃー言い合いながら勇と慎之介もエレベーターに乗り込んで。


「では、行くとしようか」


十中八九、苛烈な戦場へと。

王神はそう呟いて再び苦笑して。

扉を閉めるボタンを押したのだった……。



             (第219話につづく)






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