第217話、加速する罪悪感をおいて、色付きの糸を紡ぐ




―――『あたしが殺したの。そしたらほら、ダーリンがあたしの事を見てくれるようになったんだよ』



何度も何度もリフレインするそんな怜亜の言葉。

それは、王神公康がしでかした、史上最悪の罪。

決して許されないもの。


無限の回廊の中で見せられ、聞かせられる笑顔と台詞。

王神は、このまま永久の眠りについた方がマシだと思えるほど、最悪な目覚めを迎えた。


起きあがったその場所は、小さな独房のような一室で。

どれだけ酒を飲もうともここまではならないだろう、激しい頭痛に苛まれながらも今の状況を把握しようと努めた。


ネズミしか通れないような小窓に目をやれば、差し込むのは朝日。

どうやら情けないことに、怜亜と勇の、力と力のぶつかり合いの余波に巻き込まれて気を失っていたらしい。

おそらく、そんな王神を誰か……比較的爆心地から離れていた慎之介辺りが運んでくれたのだろう。


「他の皆は無事か……?」


その中には、怜亜も含まれていることは隠しきれない本音であったが。

何にせよ情報が足りない。

王神は、ふらつく足を叱咤してその部屋から出ようとして。



「王神さんっ! ちょうどよかった早く来てくれっ、哲の姿がないんだっ!!」


いきなり現れた勇が、今までになく焦った様子で王神に帰す言葉の余地を与えることもなく、部屋から引っ張り出そうとする。


取り敢えず、昨日見た暴走は収まっているようだったが。

勇にしては珍しいくらいの狼狽えようだった。



「落ち着け勇! そんな事ではできることもできなくなるぞ!……哲は無事だ。俺が先刻つけた糸がちゃんと残っている。まずは冷静になれ」


あまり人に偉そうなことを言えるような身分でもないけれど。

良くも悪くも勇はAKASHA班(チーム)の柱と言っても良かったから。

敢えて王神は強い口調で勇を叱咤した後、自身の能力である、互いを繋ぐ糸を視覚化して示してみせる。


「……すまない。少し取り乱したようだ。取り敢えず守衛室まで来てくれ。そこに他の皆は揃っている」


すると勇は、自分を落ち着かせるかのように深く息を吐いた後、ひどく疲れた様子でそう言った。

その口調は、自分を責めているようにも見えて。



―――比翼の鳥。

ふと浮かんできたのは、そんな言葉だった。

それは、AKASHA班(チーム)として彼ら兄弟と付き合うようになってから割とすぐに危惧していたこと。

お互いが支えあうことでその力を何倍にもする一方で、一度片方が欠ければたちまち力を失う。


今の勇は、まさにそんな感じであった。

それは、勇と哲の間に、兄弟以上の強い繋がりがある故なのだろうが。



「わかった。すぐに行こう。実の所何が起こっているのか分かりかねていたところだ、丁度いい」


勇たちの心の深い部分まで踏み込むべきか。

王神はその時、無理にでも踏み込むことにそれほど必要性を感じなかった。

だから勇の言葉に頷くと、その思考を取り敢えず隅に追いやってそう答え、勇の後に続いた。



「そうだね。お互い何があったのか知る必要もあるだろうし」

「……ああ」


思い出すだけでも頭痛がしたが。

それは、王神が逃げずに正面から受け止めなければならない事であるのは確かで。

口調が苦みばしることこそ止められなかったが、何とかそう頷いてみせる。



それから守衛室まではお互いに無言だった。

こんな時に気の利いた言葉の一つも出ない自分にちょっと嫌気がさしながらも。


辿り着いたのは、初めてここに来た時にも集まった、恐らくこのフロアで一番広い、サーキットテーブルのあった一室。

勇に続いて王神がその部屋に入ると、勇の言葉通り慎之介と、くだんの慎之介の彼女らしい女性の姿があった。



「お、来たっすね。おはよう王神さん。あ、そうそうごたごたして挨拶が遅れたっすけど……」

「夏井美冬です。えっと、そのいろいろご迷惑をおかけしましたっ」


勇とは打って変わって、どこが超然的な、落ち着いた雰囲気で声をかけてくる慎之介。

対する美冬と名乗った女性はずいぶんと恐縮した様子でぺこりと頭を下げた。


「……いや、構わないさ」


一皮も二皮もむけたような慎之介の様子に違和感と言うか、少し調子を狂わされたものの。

一見したより失礼ながらも律儀な彼女に、王神は取り敢えずそう言葉を返した。


何故あの時逃げたのか、聞くべきことは多かったが。

それはこの後に語られるのだろうからだ。



「美冬さんは慎之介とファミリアの契約を結んでいるらしい。通常なら民間の人間を巻き込むわけにはいかないんだが、状況が状況だしね。臨時的にボクたちAKASHA班(チーム)に加わってもらうことにした」

「契約? ……ほう」

「な、何っすか?」


確かに勇の言う通り、人同士でありながらファミリアとそのマスターの関係を持つ、と言った契約を交わす能力者はまれに存在する。


だが、本来それは人同士ならば意味をなさないものでもあって。

それでも尚そこに価値をあげるとするならば。

マスターに対してのゆるぎない信頼と忠誠を示すためとも言える。


ようは、それだけ慎之介が信じられ想われているということなのだろう。

それは、最低の過ちをした王神には到底得られないもので。

思わず出る羨望の呟き。

慎之介はそんな王神に戸惑い、狼狽えていたけれど。



「二人が契約に至った馴れ初めなども是非聞きたいところだがな。……哲がいなくなったと、そう言ったな? いなくなったことに気づいたのはいつだ?」


王神は気持ちを切り替え、内心やきもきしているだろう勇の為にと、本題を切り出した。

王神自身、昨日あったことの衝撃が大きすぎたせいか、記憶の曖昧な部分も多かったので、それを解消する意味も込めて。

すると、慎之介はそれに一つ頷き、語ってくれた。



勇と怜亜の激しいぶつかり合いのその後。

比較的離れていて無事だったた慎之介達は、その後の一部始終を目にしたという。


二人の力に巻き込まれて倒れ伏す王神と哲。

暴走しかけていた勇と怜亜は、構わずに再度ぶつかり合おうとして。

それを割り込むように止めたのは、『紅』と言う敵側……パームの東寺尾柳一の使役するファミリアだった。


突如現れた『紅』は、それから怜亜をさらうようにして逃げたらしい。

その後慎之介たちは、力を失ったように倒れた勇を含めて、王神たちを介抱し、『赤い月』へと運んだのだという。


そして、日が暮れ夜も更けて。



「昨日勇が目を覚まして……様子を見に行ったときはまだいたっすよね?」

「うん。起こすのも何かなって思って」


哲を過度に心配する勇を宥めて。

迎えた今日。

再び夏井さんが哲の部屋を訪れた時には既に哲の姿はなかったという。


「哲……」


慎之介たちが昨日あったことを一通り話し終えて。

ただそれを黙って聞いていた勇は、自分を責めるかのように弟の名を呼ぶ。

王神は、そんな痛々しくもある勇が直視できなくなって。


すぐに自身の能力を発動した。

目の前に浮かび上がるは、通信用の緑色の糸。



(哲、聞こえるか! 聞こえたら返事してくれ!)


……。

王神はそう心内で叫んだが。

帰ってくるのは静寂ばかりだった。

普通に連絡のない時点で、それは容易に予想できたことだったが。


「王神さん、哲は……」


王神のしていたことに気づき、伺うように見上げてくる勇。

慎之介も美冬も王神に注目していて。



「糸が残っている以上、無事なのは先刻述べた通りだが……声が届いていない、あるいは返事のできない状態のようだ。眠っている、と言う可能性もあるだろうが」


その可能性は、楽観もいい所なのだろう。

散会してから今まであったことを、何て考えていたが。

そんな事をしている猶予はなさそうだった。



「……哲がどこにいるのか、分かるかい?」


勇もそれを感じたのだろう。その紅い瞳に焦りを滲ませてそう聞いてくる。


「繋げてみた感覚に頼るなら、そう遠くにはいないはずだが」

「思ったんすけど、その糸辿って哲のとこに行けたりしないんすか?」


糸の感覚を思い出しながら王神がそう言うと。

次に紡ぎ出されるだろう言葉を先取りするように、慎之介が言葉を繋げる。


「……言わずもがな、元よりそのつもりだ」


慎之介の言ったことは、そもそも王神の能力の基本と言っても良かった。

言うべき事を先に言われて、内心ちょっと不満に思いながらも王神は慎之介の言葉に頷く。


「……【召喚弦歳】、ファースト、ビジョン・グリース!」


そして王神は、哲の居場所をより正確に把握するために、そのタイトルとフレーズを唇に乗せる。

すると、通信状態を示す緑色に光る糸が、王神以外にもはっきり分かるようにその輝きを増して。


「……よし、行こうか」


王神は確認するように一同を見渡す。

当然、それに異を唱えるものはなくて。


一つ頷き、先頭に立って部屋を出ようとして……それは起こった。



            (第218話につづく)







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