第200話、そしてサンタはメッセンジャーになる


随分と時間がかかった気がしなくもないが。

ようやく慎之介は、美冬の異世から脱出して。


来るだろうと思っていた勇の嫌みったらしいお叱りの電話は、来なかった。

連絡用にと王神がつけてくれていた緑色の糸電話みたいな能力も全く反応がなく。

それでも勇の着信履歴が何件かあったから嫌がらせで哲に連絡してみたのに哲は出てくれなくて。



「しんちゃん、どうするの?」


異世にいる間に連絡が取れなくなるほどの何かが起きたのは確かなのだろう。

申し訳なさそうに、不安そうに慎之介の様子を伺ってくる美冬に、全く問題ないぜって感じに笑ってみせて、それに答える。


「そうっすね、とりあえず理事長室に向かうとしますか。元々王神さんとそこへ向かう手はずだったすから」

「……ごめんね、しんちゃん。私のわがままのせいで」


しゅんとなる美冬。

当然そうなるだろうから、それに対して返す言葉はちゃんと用意してあった。


「別に謝ることじゃないっすよ。ウチのモットーは仕事よりまず大切な人っすから」

「えぇ? いくら何でもそれは嘘でしょ?」

「ほんとだって。ウチのリーダーの知己さんはそのモットーをちゃんと厳守してるって法久さんが嘆いてたっすもん」

「嘆いてるんじゃだめじゃん」


得意げにそう言えばほころぶ笑顔の美冬。

……この笑顔だけは守るにはどうすればいいだろうと、慎之介は考える。

それはきっと、さっきから今まで美冬が慎之介に対して考えてたことだったんだろうと、自惚れとかじゃなく実感として思っていて。


カッコつけてしまったからには今更そうは言えないけれど。

そのための方法がそこにあるのなら、美冬の言っていた異世界へ行くことだって歓迎していたかもしれない。


でもそれは。

誰かの犠牲でその扉が開かれることを知らなかったならの話で。

その点においては、柳一に感謝もしていた。

その分、受けた見返りも大きかったわけだが……。



「しんちゃん……?」


窺うように、でもまっすぐに信じてくれているのが分かる美冬の青の瞳。

あまりにも綺麗すぎて目眩がするほどで。


「……んじゃ、理事長室に向かうっすか」


慎之介は誤魔化すように、そう言って笑うのだった……。




           ※      ※      ※




異世を出てすぐ。

二人は理事長室を目指した。

戻ってきた現実の世界は何だか不気味なくらい静かで。

人の姿を求めるがごとく辿り着いたその先にあった理事長室は。

理事長『室』と言うよりも、学園の中にある一軒家のごとき様相を呈していた。


お洒落な欧風の、屋敷と言うには慎ましげな建物であったが。

見上げれば、楽々サンタが入れそうな素敵な煙突があって。

何だか昔を思い出して懐かしい気分になる美冬。



「ふふっ、とりあえず呼び鈴っすね?」


同じように煙突を見上げていた慎之介が、美冬の方を振り向き、そう言ってくる。


「あ、う、うん」


美冬が見とれていた煙突から我に返ってそう頷くと、慎之介はそんな美冬に気付いていたのか、眩しいくらいの笑みをこぼしてでそのまま玄関の方へと歩いていく。

見えるのは、初めて会ったときと比べて見違えるように大きくなった慎之介の背中。


何故だろう?

その一連のやりとりに……何かあったわけでもないのに。

美冬が感じたのは異世を出てから続く漠然とした不安だった。


『時の舟』のことに関する後ろめたさも、この世界の行く末をおもんばかった焦りも、全てを曝け出すことで、少なくとも二人の間では昇華されなくなったわけだが。

不安や悩みは一つ解決すれば次を探し求めてしまうものだって言うのは本当なのかもしれない。

何より厄介なのは、その不安の原因が分からないことこそが不安であると言う事で。


そんなことを考えていた間のしばらくの沈黙。

やっぱり留守なのかと思っていたら。

家の中から聞こえてくる、呼び鈴に答える声と人の近づいてくる気配。

何とはなしにお互いに視線を合わせる二人。

それは、多分留守なんじゃないかなって思っていたせいもあるだろうが。



「どちらさま?」


そしてすぐに、玄関のドアが開いて現れる一人の女性……いや、ここの生徒だろうか。

制服を着ていないから断言はできないが、間違いなく慎之介より年下に見えた。


だが、その割にはどこか大人な余裕が感じられる。

今の学校の状況を把握していないのか、分かっていて泰然と構えているのかは判断が付かなかったけれど。



「すみません。『喜望』の長池と言うものですが、鳥海理事長はご在宅でしょうか?」


全く何の躊躇も警戒もなく現れたその人に慎之介もちょっと戸惑ってるみたいだったが。

頭を下げ、丁寧な言葉でそう問いかける。

美冬もそれにならって頭を下げつつ、気付いたことは、この人は当たり前だけど探していた理事長ではないと言う事で。

それじゃあこの人は誰なのかと考えていたら、相手は慎之介の言葉に驚いた様子を見せて。


「っ……ごめんなさいね。私もこの家の人間じゃないから。春恵がどこにいるかまでは知らないの」


なんてことを言ってきた。

最初の間と見ただけで分かる狼狽が、知っていると言ってるようなものだったが。

慎之介もそれが分かってて何も言わないようであったから、美冬も何も言わないことにしたが。


それでも疑問に思ったのは。

どうして家の人間でもないのに家主がいない間に家にいて、尚且つ来客を迎えに出てきたのかと言う事で。



「あなたは……どこかでお会いしたでしょうか?」


なんか怪しいなぁなんて思っていた美冬の隣で、冷静にそう聞く慎之介。



「あ、ごめんなさい。挨拶が遅れたわね。私は黒姫愛華。春恵の古い友人よ。ここの図書館に立ち寄るついでに、私も彼女を訊ねに来たんだけどね、姿がない割には家の鍵は開けっぱなしだったから……勝手に上がらせてもらってたの。そしたらそこにブザーが鳴ったからつい、ってわけ」

「えっ? じゃあ、やはりあなたはガラクターズのパーカッショニストの?」


かと思ったら、彼女の名前を聞いた途端に目を丸くしてして驚きのリアクションをとる慎之介。


美冬もガラクターズと言うバンド名は聞いたことあったが。

確か結構昔のバンドだったと記憶していて。


もしかしてすごい年上なのだろうか。

全くもって信じられないが、カーヴ能力の長期行使をしていると成長が止まるといった話は聞いたことがあって。

偉い人と対面するとかちこちになってしまう慎之介だから……見た目はともかく偉い人なんだろうと、美冬は判断していて。



「あはは、そんなたいそうなものじゃないわよ。私はドラム志望だったんだけどね、その勝負で晶に負けて、他にやる人がいなかったからしかたなくだったんだもん。本気でパーカッショニスト目指してる人から見たら失礼な話でしょう?」

「何をご謙遜をっ!? ガラクターズのドラムパートを巡っての一幕なんてオレらからしたら伝説級のハナシじゃないっすか! ……いやぁ、参ったっす! 引退したとは聞いてたけどまさかこんなところで会えるなんて!」

「むぅ……」


今度は一転して何だか会話に花が咲いていた。

慎之介がこの手の話題が好きだって言うのは知ってたけれど。

さっきまで抱いていた不安が何だか自分ばかりで面白くない美冬である。



「引退したのは本当よ。今日はここに来たのもほんとに用があってたまたまなの」

「そうなんですか? もったいないっすねえ。あんなに巧いのに」

「ふふ、おばさんおだてたって仕方ないでしょ。彼女さんがすねてるわよ」

「……あっ、ごめん美冬さんっ、つい熱くなってしまったっす」

「べ、べつにいいけどー」


不満が顔に出ていたらしい。

何だか見透かされてるみたいで恥ずかしいと言うか……話題をそれ以上広げたくなかったんだろう、なんて考えてしまう自分はやっばりどこかひねくれているのかもしれない、などと美冬は思っていて。



「ふふ、お互い否定はしないのね。素直なのはいいことだと思うけど」


そうやって微笑むさまはまさに大人の余裕があって。

自分なんてまだまだなんだなぁ、とも思っていて。



「それで、あなたたちは? まだちゃんと名前聞いてなかったわね?『喜望』の人だって聞いたけど」

「あ、はい。AKASHA班(チーム)の長池慎之介っす。で、彼女が……」

「しんちゃんのファミリアをやってる夏井美冬ですっ」


身元が割れてるからこその無警戒なんだろうが。

いまいち大人になれない美冬は、慎之介の言葉を遮るようにそう言った。

本当のことは言ってもしょうがないし、信じてもらえないだろうからっていうのももちろんあったが。


「そっか、あなたたちがそうなら手間が省けていいかなって思ったんだけど……」


愛華と名乗った女性は、そんなことを考えてる美冬に気づきようもなく、なにやら呟いている。


「……どうかしましたか?」

「あ、うん。あのね、春恵のデスクに手紙があったのよ。それも4通も。流石に中身は見なかったんだけど、便せんに送り主の名前だけ書いてあったわ。たぶん、直接手渡しか何かするつもりだったんじゃないかしら。でも、当の本人はいないし、私が送り主に渡すことも考えたんだけど……そんな私もあまり時間があるわけじやなくて、もう帰らなくちゃいけないから、どうしようかなって」


慎之介が問いかけるとその言葉を待っていたかのように、愛華はそんなことを言ってくる。

そこで普通なら、何で美冬たちがと思うところではあったのだが。


「勇宛の手紙じゃないっすか。もしよかったらオレがもっていきますよ?」


どうやら慎之介の知ってる名前があったらしい。

慎之介がそう言うのなら、美冬がどうこう言う権利なんてあるはずもなく。



「あら、知り合いなの? よかった、それじゃあよろしく頼むわね」


愛華はほっとしたように頷いた後、勇宛の手紙を慎之介に手渡そうとして。



「……あなた」


事が起こったのはその時だった。

さっきまでとは比べものにならないくらいの低い誰何の声。

たった今の何でもないやりとりの中に一体何があったのかは分からなかったが。


愛華は慎之介を凝視していた。

とても真剣な瞳で。


美冬はその瞳に言いしれない恐怖を覚える。

別に殺意や敵意があるわけじゃないのに、それらを遙かに上回る何かの感情が美冬を怖がらせる。



「ど、どうかしたっすか?」


しかし、美冬に背を向けたままの慎之介は、その視線を真っ向から見ているはずなのに、まったく気付ていない様子で……ただ愛華の突然の行動に戸惑っているようだった。



一瞬のはずなのに、長い長い時間が経っていると感じられるほどの沈黙。

愛華の表情は変わらない。

慎之介の表情は分からなかった。



と……。


「よく見たら私の亡くなった夫によく似てるわね」


その沈黙を破ったのは、まじめな顔のままの彼女のそんな呟きだった。

さらに、言うに事欠いてその両手が慎之介の頬に迫る。


「……うぇっ! ち、ちょっと!?」


うろたえた声を上げる慎之介。


「な、なにしてんのよ~っ!」


あまりの出来事にぽかんとなっていた美冬は、そこでようやく我に返り不届きな彼女に突貫する。


「おっと」

「す、素早いっ?」


だけどそれもあっさり交わされて。

気がつけばさっきの大人の余裕というか、上から目線な笑い顔がそこにあって。



「ふふっ、まだまだね。リアクションが遅すぎるわ。そんなんじゃ逃げられるわよ。いつ何時でも油断しない心を持ちなさい」

「きぃ~、くやしい~っ!」


言葉は何だか偉そうだったが。

始めてみせる見た目相応な雰囲気。


そこで初めてからかわれてたことに気付いて。

悔しがっては見るものの……毒気もさっきまでの恐怖もどこかへいっていて。


ふと、慎之介と目が合う。

慎之介も美冬と同じ、してやられたといった風の微苦笑を浮かべていて。



「よし、若い恋人さんたちで遊ぶのはこれくらいにして、そろそろ帰らなくちゃだわ。それじゃ、手紙のことお願いね」

「え? あ、ちょっと? ぜ、全部っすか?」


と、その隙に愛華は手紙を4通とも慎之介に手渡したかと思うと、本当に急いでいたのか。


「それじゃ、よろしく頼むわね~」


なんて捨てゼリフを残して美冬のダイレクトアタックを交わしただけはある、軽い身のこなしで立ち去ってしまった。


後に残されたのは呆然とした様子の慎之介と、どうも厄介ごとを押しつけられた気がしなくもない手紙の束。


「……いやぁ、参ったな。よろしく頼まれちゃったっすよ」


しばらくして我に返った慎之介の乾いた呟きが空しくて。


「まぁ、安請け合いの自業自得?」

「うぅ、身も蓋もないっすよ、その言い方はぁ~」


美冬の返す呟きも、冷たくなるのも当然といえば当然だっただろう。

泣き言を漏らす慎之介を脇目に、美冬は手紙に書かれた名前を瞳に焼き付ける。


―――須坂勇、大矢塁、石渡怜亜、鳥海恵……その四人の名前を。



その四人のつながりが何であるのかは、美冬には分からない。

だけど、そんな美冬にも分かることが一つだけあった。


渡したい手紙があるのに、それを書いた人がそれを渡すことができない。

その理由が、決していい理由ではないだろうってことを……。



            (第201話につづく)






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る