第49話、うさぎは天使にもう一度会いにいく


それから。

真澄がおかゆを残すことなく食べ終えてしばらく。

あと少しで茜色の空に闇色が混じり始める頃、リアは再び戻ってきた。

しかし、その表情はなんともいえない、といった顔をしている。



「どうだった?『喜望』との連絡はついたんでしょ?」

「ええっと。たぶん真澄さんが寝てた時だと思うんですけど……雅さんが言うには、一時間くらい前に『喜望』の人が来たらしいです。その後千夏さんが真澄さんは大丈夫だって伝えたんですって」

「うん、それで? その……僕の仲間はどうなったとか言伝があるとか、そう言うのは聞かなかった?」


真澄は、一番知りたかったことを意気込んで聞いてみたが。

リアは困惑した様子でふるふると首を振るだけだった。



「雅さんも千夏さんもそれしか教えてくれませんでした。そこには二人しかいなかったから、その『喜望』の人は帰っちゃったのかなって思うですけど……何かあったの? って聞いてもリアは知らなくていいって言われて」


リアはそこまで言うと、叱られた子供のようにしゅんとなる。



「誰なの、その雅と千夏って人は? ここの家の人?」


真澄はまだこの部屋から出ていないからはっきりとしたことは分からないが。

今いる客室のような部屋だけでも相当の広さがあるのだから、この家自体かなりの大きさなんだろうと予想できる。


彼女以外に誰か住んでいてもおかしくないと思っていたし、何しろ管理がたいへんだろうからだ。

しかし、リアはそんな真澄の言葉に、やはり曖昧な様子で首を振った。



「ううん、雅さんはいろんな事を教えてくれた先生で、千夏さんはこの家のかかりつけのお医者さんなのです」


だからこの家に住んでいるのは自分と、ツカサだけだとリアは続ける。

真澄には、正直その言葉の意味がうまく把握できなかった。

つまり、外来の家庭教師や、医者みたいなものだろうかと。


「うーん、悪いけどそれじゃあ埒が明かないなあ。それじゃあさ、直接僕が行くよ。場所、案内してもらってもいい?」

「え? はい、それはいいですけど、お身体はだいじょぶですか?」

「うん、おかげさまで」


少し心配げなリアのために、真澄はそう言って笑顔を見せる。


「そですか。じゃあ、ツカサ。真澄さんを雅さんと千夏さんの所に案内してくれますか?」

「……も゛ふっ」


するとリアはひっそりと控えていたツカサのほうに向き直り、そんな事を言った。


「え? ツカサ……くんが案内するの?」


そう言うリアの言葉が、どこか寂しそうな感じがしたのもあって、思わずそんな声を上げる真澄。

正直、真澄自身犬がちょっと苦手だというのもあった。

しかも、今は澄ましてはいるが、今さっき襲われかけたばかりだ。

大丈夫だと虚勢を張って見せたが実の所、まだ少しのしかかられた影響で肩がズキズキしている。


「はいです。その、実はさっき呼んだ時以外はあまり来ないようにって言われたばかりなのです」

「……」


だから、行った時より気落ちしていたのかと真澄は納得した。

それにしても、ウワサ通りそれほどまでして外界に触れさせたくないのかと、何となく考えてしまう。


鳥海家のご息女は、とても大事に育てられていて。

危険と隣り合わせであるカーヴに類するものには一切触れさせなかったらしいとは聞いていたが……。



これじゃあ軟禁だなと、真澄は思う。

AAAのカーヴ能力者が自由を奪われ、封じられているのとほとんど変わらないじゃないかと。




それで思い出すのは。

雪の世界にいた長い長い黒髪の少女のこと。

敏久を、みんなを傷つけた相手。


刹那心に灯るのは、昏い感情。

彼女にその意思がないこと、彼女自身も被害者であることは、真澄にも十分わかってはいたが……傷つけた事実は変わらない。

彼女のせいではないと分かっていても、真澄はその感情を止められそうになくて。



「真澄さん?どしたのですか。やっぱりどこか痛いですか?」


しかし、真澄はそう言われてふと横道にそれた思考から我に帰る。

真澄を見るリアのその表情は、この世の不の感情……憎悪などというものには縁がないとでもいいたげに、ただただ真澄のことを心配しているようだった。


リアに、こんな顔を見せちゃいけない。

真澄は強くそう感じ、頭をふって邪念を払う。



「ううん、なんでもない。ごめんね。それじゃあもう行くから」


真澄はリアから視線をそらすように、そう言って立ち上がり出口まで歩くと、さっきまで頑として動こうとしなかったツカサが、扉を出た細長い廊下の縁でじっと真澄のことを見つめていた。



「あの……真澄さんっ」


そしてそこで、躊躇うようなリアの声。


「あ、ありがとうですっ!」

「……?」


真澄は言われたことが分からなくて、思わずリアを見つめ返す。

すると、その疑問がリアにも伝わったのだろう。

リアは言葉を探すようにしてから、口を開いた。



「リア、誰かのごはんつくるのも傷の手当てするのも、初めてだったのです。真澄さんははじめてこの家に来たお客さんで……何だかいつもの一日とは全然違う感じがして、どきどきしているリアがここにいて。そのどきどきは何だかその、凄く楽しかったんです。だからその、お礼を」

「だったら、僕も改めてありがとうだよ。おかゆとっても美味しかった」


気づけばさっきまでの昏い感情は浄化され、真澄は同じようにそう言ってリアに笑顔を向けていた。


悲しみと悔しさに暮れる涙も、心に棲まう負の感情もきれいに洗い流してくれる。

やっぱりリアは、見た目通りの天使なんだろう。

何だかそう確信できて。


「それじゃ。また」

「……っ。はいですっ」


真澄は自然とそんな言葉を口にしていた。

リアの心底嬉しそうな表情が、目に飛び込んでくる。

真澄はそんなリアに軽く手を上げて、その場を後にするのだった。


このままここを出て、どんな結果が待っていようとも、自らのできることを真澄はするつもりでいて。


ただ、絶対にまたリアに会いに行こうと決めていた。

着の身着のままで来たのは、自分の服を取りに行くことでここをまた訪れる口実をつくりたかったからかもしれない。


そして出来るなら、人とこんなにもたくさん会話するのが初めてだと言ったリアを、いつかここから出してあげたいと。

真澄はそう考えていて……。



             (第50話につづく)








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