第461話、ちっちゃなかたうでに導かれて、夢の大地をさんぽする
きくぞうさんの能力、その発動のタイミングをはかったかのように知己がやってきて。
内心びくびくどきどきしつつ、より一層きくぞうさんをぎゅっと抱きしめ身を潜め息を止めていると。
どこか焦った様子で、知己はどこへともなく駆け出していって……。
「意外や意外。きくぞうさんの能力役に立つことあるんだ。戦いにはまったく一切使えないのに」
『はいはいはい。どうせわたくしめは可愛がられるしか能のない愛玩犬ですよ。やつは四天王の中でも一番の小物を地でいっていますので』
「どうして自慢気なのかよく分からないけど、とりあえずは助かったわ」
知己のことだから、きくぞうさんの能力で隠れ潜んだくらいじゃあすぐに可愛いものセンサーを発動させて見つけてしまうのではないかと思いきや、存外上手くいったらしい。
相変わらず変換して付いて出てくる毒も、どこ吹く風で。
何故だかえへんと胸を張る仕草をするきくぞうさんが、やっぱり可愛らしかったが。
きくぞうさんの能力、【矮精皇帝】のファーストが知己に通用したのは。
単純に隠れる、忘れる能力ではないからなのだろう。
存在自体の亡失。
きくぞうさんは謙遜してはいたが、それこそ例えるのならば【魔王】つきの四天王のひとりとして、十分な力を持っていて。
「それじゃあ、予定通りまずはここから出るよ。また、能力を使える機会を与えましょう」
『まったく、ペット使いが荒いんですから。特性のほねっこ、いただききますからね』
続けてきくぞうさんはもう一つの能力【矮精皇帝】セカンド、『狭間の散策者』を発動する。
それは、現実と異世の境界すら無視し、自由に出入りできる力。
力押しで破壊すること以外に出入りできるものはごく僅かな、それもやはり貴重で希少な能力であって。
正にこの時、この瞬間のためにあったのかと。
いちファミリアとして仕えし四天王の一指として役に立つことができて。
これほど浮かばれることはないであろうと、きくぞうさんが内心でしみじみ思った時。
そう簡単にいくものかよ、とでも言わんばかりに。
正しく二人に立ち塞がるように、瞬きするような一瞬の間に夥しい数の、何だか懐かしい気がしなくもない闇色の気配が出現した。
「……っ。なに? 黒いけもの……ううん。きくぞうさんのおとも、しもべなの?」
『漆黒のモンスター、ファミリア。そう言う意味ではお仲間、ですかね? 確かに色合いは似通っていますが。ほら、向こうに。ずいぶんとおおきなのがいますよ。あれはゾウでしょうか』
正確には立ち塞がると言うよりも、みなきときくぞうさんに気づいた様子はなく。
今まさにそこで孵り生まれたかのように出現した、闇色の動物めいたファミリアたち。
大小様々、多種多様な彼らは同じ黒色同士かち合うこともなく。
何かを探してでもいるかのように、徘徊を始めている。
『四天王最後のひとりの力、でしょうかね。でしたらわたくしたちは今のうちにここからお暇することにいたしましょう。わたくしの能力を維持している以上、わたくしたちが見つかることはないでしょうが、ここもじきに戦場になるはずですから』
それだけならば、動物園……サファリパークのようで、楽しいだけだったのに。
何気なく聞こえてきたきくぞうさんのそんな言葉に、はっとなるみなき。
「戦場? それって一体、どういう意味……っ!?」
そんな話は聞いていないと。
思わず問い質しかけたその瞬間である。
そう遠くないところから、複数の……誰かが争うような、怒号めいた声が。
戦いの音が聞こえてきたのは。
『ほら、急いでください主さま。現在プリチーなわたくしたちの姿を捉えられるものはおりません。きゃつに気取られなかったことで、それははっきり証明されています。影のごときファミリアたちはともかく、能力者どもの流れ弾などが当たったら目も当てられませんよ。わたくしは回復や治療などの術は持ち合わせてはいませんし、この状況で行動不能にでもなったら誰にも気づかれずに干からび、死を待つのみになってしまうでしょうから』
矢継ぎ早に放たれるきくぞうさんのそんな言葉は、事実そのものであって。
彼女自身が焦っている証左であろう。
元よりそのつもりであったし、ここから離脱し逃げ出すのは吝かではなかった。
「ぷりちーでひとまとめにされても。私、そんなんじゃないし。どっちかっていうと、かっこいい系だし」
『ハハッ。どの口が言うのですか。きゃつのあの情けない『やられて』しまっている顔、見たでしょう? 主さまはどう転んでどろんこになったって、きゃつ好みの幼くてかわいい系の極みじゃぁないですかっ』
「……っ。それ、なんか嬉しくない」
『そうですか? まぁ、きゃつの溺れっぷりを見るに、気持ちは分からなくもないですがね』
血で血を洗うような戦場になるかもしれない、だなんて。
気づかないふりをして。
きくぞうさんとみなきは、そんな益体もないやりとりをしつつ。
素早く駆け出し知己が去っていったのとは逆方向、この『ドリーム・ランド』を脱出するための行動を開始する。
『すんすん。……どうやらここは、下の階層であるほど外界とは遠くなる仕組みになっているようですね。とにかくまずは、上階を目指しましょう』
「うぅ。めんどい。きくぞうさん、放り出していい?」
『何をおっしゃいますか。下へ落っこちて行ったのも、わたくしを宝物のようにかき抱いたのも主さまなんですからね。案内はしますから、せめて外までは甲斐甲斐しく面倒見るというのが筋ってものでしょうに』
「こ、この駄犬めぇ。……でもかわいいから許すけど」
我が物顔でみなきの腕の中でくっちゃべり指示を飛ばすだけのわんこと化したきくぞうさん。
ご機嫌に、尻尾をふりふりしているのもあいまって、小憎たらしいのに。
始めについてでた、面倒だから放ってリード付けて散歩したい、なんて流れに持っていくことなどできるはずもなく。
結局みなきは諦めて、一段飛ばしで上へ上へ階段を駆け上がってゆく。
その視界に捉えられていたのならば、果たしてどうなったかは分からないが。
その道中、多くの影によって形作られた動物、ファミリアたちに襲われることはなかった。
むしろ、正面衝突の位置にいても向こうから避けてくれるので、影のファミリアたちの方が実は味方であるといった、きくぞうさんの見立てもあながち間違ってはいないのだろう。
そんなわけで目論見通り、誰にも見つかることなどなく。
問題なく上階からの出口があるだろう場所へと辿り着いたわけだが。
『……むむっ。これは一体どうしたことでしょう。人間同士なのに戦っていますね。こんな状況であるのに、けんかでしょうか。いや、よくよく見るときゃつなど比べ物にならないくらい変態性の高い男ども二人が、主さまには劣るものの大人ぶりたくてませてるところがチャームポイントなボーイッシュ美少女にちょっかいをかけているようですね。どうしますか? ついでにつぶしていきますか?』
「つぶしたら汚れるでしょ。ばっちぃ。……とりあえずきくぞうさん、何とかして」
『はいはい。分かりましたよ』
幼気でボーイッシュな美少女について、やけに説明口調であるのが少々気にはなったが。
そんな少女も、そんな彼女にこの期に及んでナンパしている? 男二人にも見覚えがあった。
先程まで、会合に宛てがわれていた部屋にいたはずの面々である。
そうは言ってもよくは知らない男どもはともかくとして。
少女……黒姫瀬華が困っているのならば、ライバルとして助けるのも吝かではないと。
みなきは、しっかり毒は吐きつつもほとんど考える余地もなく、きくぞうさんに。
きくぞうさんが常日頃自称する愛玩犬に下すには、少々理不尽な命令、お願いをしていて……。
(第462話につづく)
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