第五十九章、『Blue Sky-Infect Paranoia~天使の悪戯』

第462話、さいごの四天王がここは私に任せて先にゆけと嘯く




「ふしゅぅぅ……貴様、我らが姫をどこへやった」

「な、なんなのよ。いきなり。姫って誰よ! 知らないわよっ」

「けけけ。隠すとためにならんよぅ。なんならチミぃを先に味見したっていいんだからねぃ」



武人めいた、どこか突き抜けていて関わりたくない、近寄りがたい男と。

サル、としか表現しようのない、だけどそう称されたサルに申し訳なくなるほどの下卑た男。


対する少女、黒姫瀬華は強気に抵抗の意思を見せていたが。

相棒のおネエさんとはぐれてしまったこともあって、その蒼い瞳を不安に揺らす様が分かってしまって。




『どっせええぇぇーい! 悪・即・噛っ!!』

「んぎゃっ!? ってぇなぁ! な、なんだコイツっ」


実際のところは。

みなき以外には勇敢にも可愛らしく、きゃんきゃん吠えてサル顔の男に噛み付くツインテールがチャームポイントの小型犬の姿が、突如として現れたように見えたことだろう。




「……あれ? あなた、もしかしてきくぞうさん?」

『ざっつらい! 助けに来ましたよぉ。同士よっ』



きくぞうさんのからだは、ほぼまっくろけで。

それこそ、よくよく知っていなければ近くを徘徊し出している影の如き魔獣と見分けが付かなかったことだろう。


一頻り噛み噛みしてだけどなんだかばっちくってぺっぺして。

ライカの言葉にきゃん! と答えて。

そのままきくぞうさんは、ライカの胸元へと飛び込んでいく。



「にゃろめがぁぁっ! やっぱりてめぇの仕業だったかぁ! もう許さんぅぅ。まとめてヒィコラ言わせたるからなアァァァっ!」

「……待て! これ以上刺激を……ちぃっ。ぬかったか!」



この状況、傍目から見ればライカが突如出現した影の魔獣の主であり、たった今それをけしかけたかのように見えたことだろう。

舌なめずりしてもはや悪意を、欲を隠そうともせずにライカへと迫り襲いかからんとするサル顔の男。

ライカは咄嗟にきくぞうさんを抱え直し、背中に背負った愛刀へ手をかけたが。



その一連の行動により、男二人を敵性と判断したのは、きくぞうさんだけではなかったらしい。

どこからともなく数多くの黒い獣たちが、それぞれの牙を、爪を曝け出し剥き出しにして男たちを獲物と定め、ジリジリと囲み出しているのが分かって。




「……こっちよ、早くっ」

「えっ? この声はっ」


その隙に(きくぞうさんと離れると、姿を隠す力の範囲から外れてしまうと言うのもあったが)。

ライカにだけ聞こえる声でみなきはそう言いつつライカの手を取って、その場から一目散に離脱することに成功した。


それからすぐに黒きケモノと男たちの荒々しい戦いの音が聞こえてきたが、お構いなしにとりあえずは姿が見えなくなるまで走り続けて。





「……黒いファミリアたち、襲って来る気配がないわね。それじゃああれってやっぱり、みなきさんが?」

「まさか。あんなにたくさん、無理に決まってる。ただでさえ一匹、手のかかるめんどうなのがいるのに」

『ふふふ。わたくしの勇敢なる姿に、彼らは感化されたのでしょう。主さまの愛すべきペットは、たしかにわたくしひとりだけで十分ではありますがね』

「ええと、うん。助けてもらったわけだけど、あの子たちは無関係ってことでいいのかしら」

「……別に、ライカを助けたわけじゃない。あなたは私のライバルなんだから。あなたを倒すのも私」

『まったく、素直じゃないんですから』



どうあがいても、ツンデレなテンプレートな反論を返すみなきに、ぼそりとため息をつくきくぞうさん。

みなきには聞こえていなかった、聞こえないふりをしているようだったが。

それを受けてライカは、改めてありがとうね、と笑ってみせて。

礼を言われることなどしていないと、むすっとした顔が向けられるまでが一連の流れで。




「それにしても、みなきさんが無事で安心したわ。あの、新たな異世が展開された瞬間、いの一番に消えてしまったのがあなただったから。それから次々に人が消えていって、私もそれに巻き込まれたみたいなんだけど……知己さんがすごーく心配していたわよ、あなたのこと。いつの間にか仲良くなってたのね。きくぞうさんも随分となついているみたいだし」



ライカとしては、これからどうするべきなのか。

特に深い意味はなく、そのとっかかりのつもりで口にした言葉だったのだろう。


それに対しみなきがどう答えるべきなのか迷っていると。

その辺りの事情はよくよく知っていますよわたくしが、とでも言わんばかりに尻尾をぶんぶん回転させてきくぞうさんが口を開く。



『ああ、どうやらきゃつとけんかでもしたみたいですよ。ですからいま、きゃつに見つからないようにかくれんぼしていたところなのです。せっかくですから、ライカもどうです? いっしょにかくれんぼでも洒落込みませんか?』

「あー、うん。この状況でそれはねぇ。後、あまり人のこと言えないって言うかね? 私とこのまま一緒にいると、多分……」

「……?」


きくぞうさんの、冗談だったろうそんな言葉に。

律儀に答えてみせた後、何故か珍しくも恥ずかしげな、照れたような顔を見せるライカ。


それにみなきが首をかしげていると。

正しくもデジャヴュ……何者かがこちらを嗅ぎつけ探し当て、駆けつけてくる気配。




「……うわ。やっぱり来たっ。と、とにかくみなきさん、きくぞうさん。ここは私に任せて逃げてっ」

「……っ」


それは、気配など読めないはずのみなきでも分かってしまうほどの、滾るほどに熱いもの。

逃げろ、なんて言ってはいたが、視界の先に見えてきたのは。

土煙を上げる勢いで近づいてくる、ライカの相棒であるおネエさんで。



『主さま、何ぼさっとしてるんですかっ。空気をよんでくださいっ。『ここはおれに任せて』云々から、『やつは我らの中で一番の小物よ』、までがセットなのは様式美でしょうに」


我がライバルに向ける言葉ではないだろうと内心では戦々恐々としていたが。

既に当の彼女はこちらを見ても聞いてもいないようで。


彼女の視線の先をよくよく見れば、物騒に過ぎる夥しい程の数の刀剣類、武器がおネエさんを囲むようにして浮かんでいるのがわかって。

こちらがきくぞうさんのチカラで見えていないからこそ、気づけばみなきはきくぞうさんにまたしても引っ張られるようにして駆け出していったのだった。


その瞬間、きくぞうさんが言うようなはじまりの四天王としての彼女に。

一番槍を託し任せる、そんなシーンを確かに幻視しながら……。



             (第463話につづく)






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