第241話、類友勢揃いまで、あと少し




それから。

二人の所在はすぐに分かった。


部屋を出てすぐ、いくつもの扉の並ぶ細い廊下の向こう……ダンスホールの方からなにやら騒がしい気配がしたからだ。


「アジールだっけ? それの気配がする。……誰かが戦ってるみたい」


美冬にもそれがなんなのかすぐに分かったらしく、言葉尻にわずかな緊張感が混じる。


「行こう!」


自身が助けになるかどうかはとりあえず二の次で、気づけばまゆは走り出していた。



「あれ?」


と、それについてこようとした美冬が、驚いたような声を上げて立ち止まった。


「どうしたと?」

「体の痛みが消えてる……」

「ああ、たぶんそれ怜亜ちゃんたちだよ」

「……そっか。お礼言わなきゃね」


何だか嬉しそうな美冬の笑顔。

人の好意に素直に感動できるのは、すごく素敵なことしみじみ思うまゆである。


……言われてみれば思い出したのは覚醒直前に聞いた心地よいあの音楽。

あれはきっと怜亜と正咲の能力だったのだろう。

痕すら残ってる気配のない頬を撫でつつ、いっそう駆ける足が速まる。


それでもふわふかな翼のおかげであっさり美冬に先を越されて。

遅れて飛び出したダンスホールには確かに怜亜と正咲の姿はあったけれど。



「うわっ、いつの間にこんなっ」


何でここに来るまで気がつかなかったのだろう。

そう思えるくらい、賑わいを見せるダンスホールがそこにあった。


無秩序な紅の軍勢。

波のように押し寄せ、ある一点へと向かっている。

それは、バックヤードへの入り口。


つまり……まゆ達を目指していた。

思い返してみれば、天井に穴をあけるほどの騒ぎを起こしたのだ。

家の者が気になって見に来るのは当たり前で。


そんな中、怜亜と正咲の二人は。

舞い踊るような連携を見せて、彼らと戦っていた。



大地に半円を描く雷。

正咲は、何も無い手のひらから奇術のようにそれを繰り出す。

ばちばちと派手なそれは、紅のモンスターたちの注意を一手に引き受ける。


ぬらりとかわすもの、それを身に受け、そのまま弾き返すものと様々で。

そこに、怜亜のギターから繰り出される目に見えない音の超振動が降り懸かる。

紅の群像たちは、虚を突かれたようにそれを身体に受け、次々とはぜ消えてゆく。


だが、紅の軍勢は次々とやってきてきりがなかった。

数の暴力を持ってじわじわとこちらの陣地を脅かそうとする。



「ちょっと怜亜ちゃんてば! もっとどかーんって胸のすく必殺わざとか使えないの!?」

「しょうがないじゃないっ、寝返ったことを普通に受けいられてることにショック受けてるとこなんだからっ!」


気を許したものに対する正咲の呼び方。

それに怜亜も呼応するかのようにまくしたて叫び返す。

いつの間に二人は仲良くなったのかって感じだったが。


当然、その間も攻撃の手を緩めることはない。

紅の軍勢がおのおの異なる得物、きっと名の知れたウェポンカーヴだろう……を構えても全く怯まない。



「崩れ行く時の理よ、その業もちて盾となせっ……【歌唱具現】セカンド、シールドっ!!」


フレーズを簡略化し、スピードを重視した正咲のカーヴ能力。

その名の通り巨大で大仰な盾が、響く正咲の声とともに寄り添うようにした怜亜と正咲を守る。

そこに、弾丸雨霰の様相を呈した様々な能力がぶちあたって。


不協和音を奏でる鋼鉄の響き。

互角を代償にして鋼の盾は粉々に砕ける。

守り庇うものからあれよと晒される二人。


だがそこに脆さはない。

変わらずにそこに立っている。

一歩もそこから引くことはなく。


……何でかなんて考えるのも野暮ってものなのだろう。

それは、のんびり寝こけていて無防備なまゆ達を守るためだ。


だけど会ったばかりのまゆにそこまでの義理はないはずで。

お互い自分がしなければならないことのために、リスクを避ける選択をしたって、


別に責められるいわれはないのに。

それでも彼女たちがここにいるのは、彼女たちの優しさだったのだろう。


無意識のままに、一歩飛び出そうとするまゆ。

だが、それを真剣な顔をした美冬に止められる。


何故?

そうまゆが問うよりも早く。

露わになるのは、獰猛な牙だった。



「―――死の調べがお望みかしら?」



まるで歌うように。

芝居めいた……それでも紛い物でない台詞、力ある怜亜の言葉。

意志を持たぬ傀儡には目視すら不可能であろう弦の爪弾き。


目に見えぬはずの音が猛り狂うあやかしとなって紅の軍勢に襲いかかった。


それは、会心のタイミング。


攻撃を終えたばかりの彼らに、その無慈悲な捕食者から逃れる術はなく。

あれほどいた紅の軍勢は……瞬きするほどの間に壊滅状態に追い込まれていて。



「なにいまのっ、もしかしてその楽器の力? タイトルもフレーズもないのにはんそくじゃないのっ?」

「ポコポコ雷が自然発生するあなたよりはよっぽど根拠があると思うけど?」


そして、今なしたことが当たり前のことみたいに。

もう慣習と化しているらしい言い合いを始める二人。


本当にまゆが寝てる間に何があったんだろう?

いがいがしてるのは相変わらずだけど、なんだか妙な連帯感があるような気がして。


まぁ、それは願ったり叶ったりというか。

むしろまゆが望んでいたことでもあるわけだが……。




「へぶちっ、さ、寒っ……!?」


そんなことを考えつつ声をかけるいとまを失っていたまゆの首筋に、凍える風が吹き付けた。


「ん?あ、まゆちゃん起きたんだ?」


まゆのくしゃみに言い合いをやめて駆けてくる正咲。

ぎざぎさのしっぽがあれば勢いよく振ってるだろうことがよく分かるほどに嬉しそうな正咲は、しかし吹きすさぶ冷たい風の出所に気がついて不思議そうに首を傾げた。

ひかれるように、まゆもそっちの方に視線を向ける。



そこには、美冬の姿があった。

真剣な表情。

警戒と苛烈。

そこには確かに怒りのようなものも含まれていて。

その視線が向けられていたのは……怜亜だった。



「あなたはっ」


紡ぎ出されたのは明確な敵意。

それを真正面から受けた怜亜は、すっと目を細め、美冬を見た。


「ああ、どこかで見たとは思ってたけど、初対面ってわけじゃなかったっけ。

挨拶が遅れたわね。あたしは石渡怜亜。あなたは?」

「……夏井美冬だよ」


それは、初対面の自己紹介としてはありきたりのものに思えるのに。

それだけで場の空気がさらに下がる。


まさに一触即発の雰囲気。

正咲と怜亜ちが対面した時のものとは訳が違う。


止めなくちゃいけない。

直感的にまゆはそう思って。



「あーっ!」


二人の間に割って入ろうとしたその瞬間。

いきなり大声を上げる正咲。

まゆだけでなく、皆の視線が集まる。


「あの時の雪女さんだよね!? 遭難したときに助けてくれた!」

「え、えっ?」


そして、開口一番、身内にしか分からないようなセリフを吐く正咲。

案の定、そう言われた美冬も、わけが分からないといった顔をしていたけれど。


その話を……まゆは知っていた。

それは、うず先生の元で音楽活動をしていた時の話だ。


たまの休みにみんなでスキーに行って。

正咲や真(まこと)が遭難してしまって。

なんやかやあってそれでも無事に救助された正咲が帰ってくるや否やこう言ったのだ。


雪女さんに助けてもらった、と。

恐らく、その時の雪女が美冬と似ていたりしてたんだろう。

美冬を見ている限りでは、どうやら正咲の勘違いのようだが……。


―――身内。

正咲が、勘違い。

羅列される言葉の繋がり。





(……違う。全然違うじゃんか!)


まゆは初めてそこで気づかされた。

それは……その話の主役は正咲じゃない。

カナちゃんだ。

なのに、確かに正咲のものだと認識しているまゆがいる。


それは、正咲自身も同様で。

なんだかそれが、すごく怖かった。

悲しかった。


でも、カナちゃんの存在意義、その使命を思い出しかけている正咲にとってそれは当たり前のことと言えばそうなのだろう。


元々どちらも正咲だった。

それは残酷な真実であることに間違いはないのだから。



ここに来たのはやっぱり失敗だったのかも知れない。

まゆが最初にそう思ったのはこの時だったのだろう。


このまま真実を理解し、忘れていく正咲に。

違う、そうじゃないと真実を否定してしまう自分の姿がありありと浮かんできたからだ。


そして、そんなまゆの行動は正咲に真実の奥に潜むものを気づかせるだろう。

正咲は自分を許せなくなるかもしれない。

断罪を求めるかも知れない。

その先には最悪の結末しか待っていない気がして。


そうならないように、なんとしても耐え噤む必要があった。

耐えられないのなら、ここにいるべきではないと。



「あのときはどうもありがとー」


なんてことを考えているまゆなどお構いなしに、正咲は澄みきった心で頭を下げる。


「いえっ、あの、その、誰かと勘違いしてない? 私、あなたと初めて会ったと思うんだけど」

「え、うそぉ? だって、まゆふさんでしょ? 雪女さんの」

「あっ! それって多分姉さんだよ。全然音沙汰ないから、どこにいるのかも分からないけど」


何だか、ついさっき聞いたばかりなやりとりをしている二人。

その場には、さっきまでのぎくしゃくした雰囲気が霧散したかわりに何とも言えない空気が流れて。


「……さっき、自己紹介したばっかりじゃない。もしかしてって思ってたけど、正咲っておバカキャラなの?」

「ば、ばかっていうなぁ! ジョイはすっごくかしこいんだぞっ!」

「賢い人は自分でそういうこと言わないんじゃない?」

「むぅ~、もう怒ったぞぉ!」

「お、やるかーっ」


いつの間にやら二人のじゃれあいが始まっていて。

いつの間にやら蚊帳の外にいて戸惑ってる美冬の姿がそこにある。


そしてその頃には。

余計なことを考えずにすみそうなまゆがそこにいて。

なんとなく、そんな美冬と目があって……笑いあう。



「正咲も怜亜ちゃんも、優しくていい人だよ。こうしてか弱くてなんにもできない天使を助けてくれるんだ。だから美冬さんも仲良くしてこ?」

「……そだね」


まゆのボケ半分の言葉に、短く頷いてまた笑う美冬。


今更もう、肩書きなんかいらない。

自分の目で見て考えて、正しいと思ったことを信じればいい。


それがまゆの伝えたかったこと。

微笑む美冬は、きっとそのことを理解してくれているはずで……。



「まゆのためにってことなら……あなたとあたしは敵対する必要はないでしょ?」

「ぴにゃむっ?」

「わわっ」


ぐっと僕と正咲を引き寄せて、怜亜も笑う。

美冬は、笑顔のまま黙ってそれに頷いて。


「それじゃ私もっ」

「わぷっ、い、息がっ」

「くうっ、う、羨ましくなんかないんだからねっ!」

「にょわぁっ! な、なんでこんなことになってるとーっ!?」


何故か三人まとめてハグ状態の美冬。

包み込まれる温もりは……はるさんをを連想させてちょっと悲しかったりもして。



だけどこの世界に立ち向かう仲間としてぎくしゃくせずに済んだことは。


まゆにとってすごく嬉しいことで……。



             (第242話に続く)




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