第240話、自分で作った味噌で口約束



「お願いっ、新しいやつを作るなら私の命を使ってくれても構わないからっ。しんちゃんをたすけてっ、しんちゃんが死んじゃうっ!」



言葉の前半部分。

言葉通り彼女が人間でないのなら、理論上は可能だ。

だけど、問題はいくつもある。


「ごめん。犠牲を払っても、その命を鍵に変える方法ははるさん……うちのお母さんしか知らないんだ」


太古の昔、まだ天使の住まいが青空の向こうにあった頃。

春の天使は『時』を司る存在だったと言われていたらしい。

鍵の生成方法は、そんな春の天使の末裔であるはるさんしか知らない。


まゆも恵も末裔ではあるわけだけだが。

当然のようにそんな話は聞かされたことはなかった。


「方法なら私が知ってるよ、だからお願いっ」


しかし、返ってきたのは思いも寄らないそんな言葉だった。

一瞬言葉を失い、焦る。

だけど問題はそれだけじゃない。



「で、でも、肝心の扉の場所がわからな」

「探すから! 時間までに、私が絶対っ!」


遮るように言葉が被さる。

これはどうにも埒があかないらしい。

攻め方を変える必要があるだろう。

相手が切羽詰まれば詰まるほど冷静になっていく自分を自覚しながら……さらにまゆは話を続ける。



「しんちゃんってひとを助けるって言ったよね? たとえば『時の舟』で違う世界に渡ったとして、確実に助けられると?」

「……っ!」


言葉を失う美冬。

どうやら目的ばかりにかまけて結果をあまり考えていなかったらしい。

まゆは、畳みかけるように言葉を続ける。


「大切な人なんでしょう、その人は? 大切な人が助けを必要とするほどの命の危険に陥ってるんだよね? もし助けが必要ならまずそのことを詳しく話してほしいな。そうしたら僕に何かできるかもしれないし」


紡ぎ出した言葉は全くの根拠がないわけでもなかった。

恐らく、『しんちゃん』とは長池慎之介のことだろう。

そして美冬の言う助けてほしいことがさっき見た夢のようなものに関連しているのならば。

それをまゆが見たのには何かしら意味があると、そう思ったからだ。


「それは……」


言い澱む美冬。

話していいか迷っていると言うより、美冬自身混乱していてどう口にしたらいいのか分からないって感じだった。


再び胸元を押さえる仕草。

それは、痛みをこらえているようにも見えて。



「しんちゃんってさ、ひょっとして長池くんのこと?」


無理に聞くのはよくないだろうけど。

とっかかりになればとばかりにまゆはそう聞いてみる。


「知ってるの、しんちゃんのこと?」

「うん、一応仕事の同僚だった、ってとこかな。多分こっちのことは知らないと思うけど」


はっとなって顔を上げる美冬に、まゆは頷く。

それは、美冬の信頼を勝ち得るには少し頼りないような気もしなくはなかったけれど。


「あのね、しんちゃんが……」


きっと、縋るものが欲しかったのだろう。

ちゃんと縋れるくらいまゆが役に立つかはともかくとして。

美冬は今まで起こったことを語ってくれた。



……結論から言うと。

真の合うけは命に関わるような毒、あるいは呪いのようなものをかけられてしまったらしい。

そしてそれは、美冬自身の身体にも影響しているのだと言う。


何故影響し合うのかは話してくれなかったけれど。

証拠とばかりにさっきまで気にしていた胸元を無防備にさらそうとしてきたので。

不断の覚悟で丁重にお断りして今に至る訳だが。



「うん。それなら『時の舟』なんてご大層なものを使わなくてもなんとかなるかもしれないよ?」


まゆはぽんと手を打ち、笑顔でそう答える。



「ほ、ほんとっ!?」


すると、ほとんど抱きつかんばかりの勢いで詰め寄ってくる美冬。


「はうっ、ほんとだからおちついてっ。えと、その、人の身体から……たとえば今の場合で言うなら、毒や呪いだけを取り出すって能力を持ってる人がいるんだ。僕はその人と知り合いだから頼めば長池くんの呪いを祓ってくれると思うんだけど……それには二つほど問題があってね?」


まゆは慌てて間を取ってそう一気にまくしたてる。



「問題?」


すると、打って変わって光射すような期待に満ち満ちた顔。

それはきっと現金と言うよりどこまでも根が正直だからなんだろう。

まゆは頷き、言葉を続ける。



「うん。まずは長池くん本人がいないとどうにもならないってことなんだけど……」


言っていいものかどうか、迷うまゆ。

慎之介が夢だかなんだか分からないが、屋敷に飲み込まれてしまった光景を見た、なんて果たしてまともに請け合ってくれるのかと。



「あ、そうだ美冬さん。長池くんと連絡取れたりしない?」


ストレートに言うのもなんなので、まずそう聞いてみる。


「あ、その……無事なのは私がまだこうしてられるから分かるんだけど」

「そうなんだ?」

「うん、魂をね、共有してるの」


誇らしげに、でもどこか悲しそうに美冬は言う。

恐らくそれはファミリアの契約か何かのことを言っているのだろう。


「でも、さっきは随分焦ってたみたいだけど……」

「そっ、それはその。死んじゃうような目に遭ってるのに何も話してくれなかったしんちゃんが信じられなくて……混乱してぐちゃぐちゃになってたから」


気づけなかった自分を恥じるかのように、美冬は呟く。

しかしだとすると、先程見た光景が是であるかはいささか疑わしくなってくる。


「……」


無事であるという確証が美冬にあるならば、ここはいたずらに煽るのもよくないだろう。

心内にとどめておくのが妥当かもしれない。

まゆはとりあえずそう判断して、もう一つの問題点を指摘する。


「後はその、なんて言ったらいいのかな……すごく個人的なことで悪いんだけど、その能力者って今ここにいなくてさ、だけど僕もここに来たからにはやらなくちゃいけないことがあるわけでして」

「それを手伝えば助けてくれるの!?」

「う、うん。そういうことになるかな」


またしてもまゆの言葉を遮るように言葉を繋げる美冬。

まゆはそのことに、呆気に取られながらも頷いて。



「それでそれで?お姉さんは、何を手伝えばいいの?」


まるで心のスイッチを切り替えるように。

危うい迷子のようだったさっきまでの美冬が、元気にそう聞いてくる。

まぁ、ちょっとでも前向きになれてるのはいいことではあるのだろうが……。



「うん、あ、そだ。美冬さん怜亜ちゃんと正咲のこと見なかった? たぶん、ここに運んで怪我とかの治療してくれたのも彼女たちだと思うんだけど」


二人の姿が見えないのは、実はさっきから気になっていた。

どうやら頬の治療もしてくれてたようだし、今寝かされていたこの場所……バックヤード内の医務室にまで運んでくれたのも彼女たちなのだろう。

恐らく、まだ近くにはいてくれているはずで。

 


「そうなの? 私も目を覚ましたらここだったからよく分かんないや。でもでも、まゆちゃんに気づいてうわ、天使がいるーって思ってずっと見てたけど誰も来なかったよ?」

「ずっとって!な、なんばしょっとねっ!」

「うん、かわいかったよ、寝顔」

「あーもうっ。忘れてっー!」


何でみんなしてそんな獲物を見るような目で見るんでしょうかと。

恥ずかしいやら何やらで顔が赤くなってるのを自覚しつつも、ならばと口を開く。



「ちょっと外に出てみよ。二人、近くにいるかもしれないし」

「うんっ」


見た目とはアンバランスな子供みたいな返事。

正咲みたいなのがやるのより数倍威力がありそうで。


何だか知らないけどむずがゆいものを感じつつ。


まゆ達は医務室を後にしたのだった……。



             (第241話につづく)







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