第239話、サンタと天使のならざるご対面




まゆが引き続き見ているそれは夢ではなく。

敢えて名付けるのなら呪い。


目の前に広がるのは、見慣れた場所でありながら、まるでパズルのピースをでたらめにはめ込んで無理矢理押し込んだような場所だった。


そこは鳥海家のお屋敷の第二玄関口。

一見どうみてもメインの入り口に見えるそこは、正しくも屋敷の中では正面玄関口だが、第二の名を冠したのにはそれなりに理由がある。


鳥海家の屋敷の第一玄関口は地下にあったからだ。

そこは、ダンスホールのバックヤードに向かった際にまゆが最初に向かうはずだった場所でもある。


何故そこが一番の玄関かと言えば、それは小粋でお茶目な家の主が、その方がロボットとか出動しそうだからと言っていたからだ。

それが思いつきの適当で言ったものでなかったことに、複雑な思いを禁じ得なかったりするわけだけだが。



「あれは……」


玄関であるはずのそのフロアは、饅頭型の行き止まりになっていて。

入り口用の白亜のアーチは赤茶けた煉瓦の壁にはまりこんでいて。

元々ドアマンが立っていてもおかしくなさそうな場所に、二人の女性がいた。


―――近沢雅と露崎千夏。

うちの家庭教師だった女性と、かかりつけのお医者さんだった女性。

とは言っても二人とも恵つきであり、まゆとしては寂しい思いもしたものだったが。



そんな二人のうち主に千夏が、まゆから見て背を向けてるひとりの少年となにやら難しい話をしていた。

見たことのある背格好だけどさすがに背中だけでは分からない。

ついでに何をしゃべってるのかも聞き取りづらくて。

やきもきして前に進もうと翼をばたつかせると、いきなりぐんと引っ張られる。



「にょわっ!?」


そのままばしんとアーチに叩きつけられ、あられもない格好でずり落ちる。


「え、今なんて? もう一度お願いするっす」


すると突然聞こえてきたそんな声。

二度目の夢みたいだけど夢じゃない世界にはどうも慣れない自分を自覚しながら。

まゆはこちらを目視できないことは分かっていたはずなのに、あわてふためいて起きあがる。

すぐ近くで訝しげな顔を浮かべていたのは、やっぱり知ってる人物だった。


―――長池慎之介。

AKASHA班(チーム)の人で、トリプクリップ班(チーム)の時に何かとお世話になった少年であった。


王神についで二人目。

恐らくまゆと同じように、この様変わりした鳥海家の屋敷内にいるはずの人ぶち。



「……迫り来る死を回避する方法が、ひとつだけあると言ったんです」


次に聞こえてきたのは、まゆが知るものより冷たく響く千夏の声だった。


「なっ!?」


対するまゆは目に映るあり得ない光景に思わず驚愕の声を上げていた。

たぶん、座り込んでいたことでそれに気づけたのだろう。


千夏と雅の足が、赤煉瓦の地面と繋がっている。

まるで最初から一個体の存在であるかのように。

影がそのまま起きあがって具現化したみたいに。



「この屋敷の一部になればいいのよ。私たちみたいにね」

「えっ……うわっ!?」


そしてそれは、まゆが二人に見とれているうちに起こった。

対極に場違いなくらいの快活な声を上げた雅が、どんと慎之介の背中を押す。

それまで千夏と話していた慎之介は不意をつかれぐらりとよろけて。



「っ!」


まゆは息をのむ。

瞬きするほどの間に出現したのは奈落をのぞかせる赤煉瓦でできた大きな口だった。


王神の時にも見たそれは。

まるで繰り返しの映像を見ているのごとく、慎之介を飲み込む。

抵抗する暇もなかったのか、もうそこには慎之介の姿はなくて。

まゆが無意識のままに唇を噛んだ時、ふと二人の会話が耳に届いてきた。



「あれま、全く抵抗しなかったね」

「……信じたのでしょう。私たちの言葉を臆面通りに」

「嬉しいことだけど、つらいなぁ」


単調なままの千夏の声と、しみじみ呟く雅の声。

……二人が分からなくなった。


本当なのか嘘なのか。

その真意が見えない。


その事に、何となくまゆは共犯者めいた親近感を覚えて。

まるでこれで終わりだと言わんばかりにぐるぐる回り出す視界。

抗えない酩酊に意識を剥離させられるのに、対して時間はかからなかっただろう……。




          ※      ※      ※




音楽が聞こえた気がした。

優しさと勇気が沁みてくるような心地よいアコースティックギターと。

耳をくすぐられるだけで笑いがこぼれ幸せな気持ちになるような、ソプラノの歌声が。


まゆは見たばかりの夢を忘れそうになるほどのよい気分で目を覚ます。

すると、青く澄んだ、だけどどこかうつろな双貌にうつる眠たげな自分が笑う。

ああ、だから今あんな夢……光景を見たのかとひどく納得させられて。



「っ、なになにっ! ちかいよっ!?」


目が覚めたらブロンド碧眼の美女にキスされるほどの距離でのぞき込まれてるという、希少な状態におかれている事実をようやく認識し、まゆは逃げるようにしてベッドを転がった。


「いっ」


翼があることを失念し、背中の下敷きになったことで生じる痛みに二度驚いて。

気づけばまゆは頭からベッドの下に落ちていた。


「だ、大丈夫っ!?」


我に返ったかのような心配げな声。

見た目の割に幼い印象を受ける声。


「あはは、ごめん。ちょっと驚いたとね」

「こっちこそごめんなさい。あんなにびっくりするとは思わなかったから」


痛む鼻をごまかしながらまゆが起きあがると、駆け寄ってきた金髪の女性は、頼りない呟きを漏らす。

幼い感じを受けたのはそのせいなのだろう。


不安と恐怖。

まるで迷子の子供のように、脆く自棄な印象を受ける。

それはきっと、怜亜がひた隠しにしている何かと根本を同じくするもので。



「あ、そうだ。会うのは初めてだよね? 僕は鳥海白眉……まゆって呼んでください」


まずは挨拶。

ぺこりとお辞儀してスマイル。


「あ……私は美冬……夏井美冬だよ」


だが、返ってきた返事には驚くくらい覇気がなかった。

世界の終わりのような、そんな雰囲気さえある。


「えっと、どこか怪我はない?」


そこでまゆは、彼女に対してしでかしてしまったかもしれないことを思い出し、おそるおそるそう聞いてみる。


「ううん、大丈夫」


まゆの問いかけの意味が分からなかったようで、しばらく不安な沈黙が続いたけれど。

やがて彼女はふるふると首を振った。


だが、その手は無意識なのか胸元に添えられている。

まゆに気を使ってそうは言ったものの実は怪我をしているのかもしれない。

その真意を問いただそうと彼女の胸元に視線を向けると。



「……っ!」


まゆはあわてて視線を逸らす羽目になった。

なんというダイナマイツ。

身近にここまでのポテンシャルを誇る剛の者などいなかったから、余計にそう思える。

もっとも、けしからんという感情より羨ましい気持ちの方が遙かに大きいのだから……そんな自分自身に涙を禁じ得ないまゆである。


視線を外し、内心でむせび泣いてるまゆのことをどう思ったのだろう。

何だかとても長く感じられた沈黙は、しかし彼女の方から破られた。



「天使さんにお願いがあるんだ……」


唐突で不躾な言葉。

そんな彼女から、まゆはどうしようもない焦りを感じた。


余裕がない。

それがありありと伝わってくる。


「お願い?」


だがそれは天使にとってマタタビにも等しかった。

まゆに叶えられる願いがあるとも思えなかったけれど、そこの所は極力考えないようにしてまゆは先を促す。


「うん、あのね。『時の舟』を私たちに譲ってほしくて……」

「……」


―――『時の舟』。

時空の扉からまだ見ぬ世界へ旅立つもの。

それは、ひとならざるもの……犠牲を持って生まれてきたものの命をエンジンキーとする。


さらに、その鍵によって開く時の扉は。

この屋敷、信更安庭のどこかにあるらしい。


それは、鳥海白眉が犠牲になったことで生まれた、天使によって世界を救う新たな可能性だと言う。

だから本来、それはまゆが知りうるべきことではないはずだった。


恐らく美冬も、怜亜や正咲がそうであったように天使違いをしているんだろう。

その話はまゆではななくて、まずは恵(リア)にした方がいいのだ。


だからその旨を伝えなければと思ったわけだが。

まゆが口を開くよりも早く、美冬がさらに言葉を続けた。



            (第240話につづく)












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