第251話、結末は亜光速の決着か




「自分で言うのもなんですが結構似てるもんですねぇ。あれがこゆーざさんの言っていた紅の偽物って奴ですか」


いきなり現れたタクヤは、思っていた以上に何だか余裕ぶっているような気がして、何だか美里はむかむかした。


「似てないじゃん、ぜんぜん。ばっかじゃないの」

「いや……はい。すいません」


ぜんぜんその気のない、むしろ小馬鹿にしたようなタクヤの謝罪。

むかむかする。

何が一番美里をそうさせるかって、今の今まであずさのことを忘れていてショックを受けていた自分が、嘘みたいにやる気を取り戻してしまっていることだった。

たったそれだけの益体もないやりとりで。



「こゆーざさんさんにってことは、タクヤもお姉ちゃんのこと知ってたんだ」

「ええ。黙っていてすみません。こゆーざさんにきつく口止めされてまして」


今度は至って真面目にそんなことを言うから美里はそれ以上怒ることもできなかった。

こゆーざさんに、なんて建前なのだろう。

タクヤは忘れていたことが美里にとって必要だったからこそ口にしなかったに違いなかった。



その時ふと思い出したのは、タクヤの偽物の言葉だ。

本音を押し殺してしまったせいでつい口にしてしまったタクヤとのファミリア契約。


一方的なそれは重荷だったのだろうか?

一度そんなことを考えてしまうと、その答えが知りたくてたまらなくなった。

今の状況も忘れて美里はそれを聞いてみようとして。



「……晶とカナリはどうした?」


何だか少し機嫌が悪そうなあずさのそんな言葉に遮られてしまう。


「分かりませんって言えれば簡単なんですがね。今頃はきっと二人ともファミリアとしての使命を果たすために動いてるんじゃないですかね」

「そうか。ならば私たちも負けてはおれぬな」


何だか適当にも聞こえるタクヤの言葉に、だけどしみじみ頷くあずさ。


「抜け駆けしようとしてた人がようもぬけぬけとそんな事がいえますねぇ」

「むっ。それは寝ぼすけのお前が悪いんだ」

「へぇ、つまりこゆーざさんは僕が寝てるのをいいことに素通りしたと」

「ああ言えばこういう。……まったくこやつは」



それは、ファミリア同士にしか分からないような秘密めいたやり取り。

何だか一人取り残されたような気分になって、美里は言いしれぬ不安を覚える。


「む、やっこさんらも話がついたようだぞ」


だが今はそんな憂いを解消している時間はないようだった。

あずさの言葉に顔を上げれば、痺れるほどの殺気(アジール)を隠しもせずに不敵な笑みを見せる幸永と目があった。


その脇にはあれだけ仲が悪そうに見えた偽物の二人が従うように立っている。

これが決着になるだろうことを予感させるような幸永の本域。

自失の海から意識を浮上させるほどのまだ見ぬ幸永の力。


きっと、どう転ぼうともお互い無事じゃすまないだろう。

不敵に混じった凄絶さに美里はそんな確信めいた予感を覚えていた。



美里にはそれが怖かった。

一人で……心折を忘れていたときにはそれを戦えることへの喜びに変えることもできたのに。


全てを思い出した今はなかなかそれができない。

すぐに心が押し潰されそうになる。

二人が話さなかったことをリアルに実感する美里だったけれど。



「そんな泣きそうな顔しないでくださいよ。美里さんには僕ら二人がついてるじゃないですか」


そんなありきたりすぎる言葉と髪に置かれる優しげな手のひらの感触。


「この不届きものが加わるのは不本意だが、我らは三人で一つだ。ひとたびそろえば夜魔さえ平伏するが道理よ」


ばしっとその腕を払って猫化して。

普通じゃない難しげな言葉と『いつもの定位置』に落ち着くぬくもり。



「……うん、そうだねっ」


全然違う。やっぱり違う。

タクヤもあずさもここにいる二人だけなのに。

偽物に惑わされていた自分が情けなくてちょっと涙が出たけれど。


それをひとたび拭えばそこにはいつもの美里がいた。

滲んでいた視界を振り払って目の前の倒すべき『敵』を見据える。



「こうみん、いっくぞぅ!」

「へへっ、いつでもどうぞっ!」


それは、命を奪い合うだろう戦いの狼煙とはとても思えない掛け合いだったけれど。




瞬きして開けばその様相は180度変化していた。


「ははははっ!」

「自分を生で見ると気が違うって聞きますけど……っ!」


初めに暗黙の了解とでも言わんばかりに飛び出したのは二人のタクヤだった。

壊れた高笑いをあげる偽物。

苦み走った表情を浮かべる本物。

傍目から見れば全く似ても似つかない二人だったが。

その右手が変形した緑光の鎖鎌での撃ち合いは全くの互角だった。

だが、それすらもお互い承知の上だったのかもしれない。



「破っ!」

「殺すっぅ!」


こゆーざさんの姿のままのあずさが打ち合うタクヤの背中から飛び出せば。

幸永に狙いを定めていたのを読んでいたのだろう。

こちらは変わらずあずさのままの偽物が喜悦の笑みを浮かべて上空から落下するように突っ込んできた。


鍔迫り合いによる火花を散らすのは、こゆーざさんが口にくわえた黒千とあずさの偽物が袈裟掛けに降り下ろした抜き身の刀剣だった。


だが、均衡を保ってられたのは一瞬。

何故ならお互いのウエイトがあまりにも違いすぎたからだ。

ほとんど叩きつけられるかのような勢いで押し返されるこゆーざさん。


「馬鹿な奴っ!」


蔑むように叫ぶあずさの偽物。


「ふむ。果たしてそうかな?」


だが、その声色には存外の余裕さがあった。


「この姿の方が劣ると考えるのは大間違いだぞ」

「なにっ!?」


こゆーざさんがそう呟いた瞬間、加えていた黒千が地面に落ちる。

急に相対する力がなくなってたたらを踏むあずさの偽物を脇目に、降り下ろされた刀を回避したこゆーざさんは素早く地面を転がったかと思ったらそのままタクヤの肩にまで掛け上がる。

そしてまさにそのタイミングで地面に落ちた黒千が爆発した。


「くっ!」

「ぐあっ!」


地面が抉れ粉塵に巻き込まれる幸永チームの二人。

だが、美里チームの攻撃はそれで終わらない。

こゆーざさんと化したあずさを肩に乗せたままのタクヤが上空に飛び上がったのを合図に美里が矢をつがう。



怒濤の風の悲鳴。

違うことなく上がる粉塵めがけて破壊を撒き散らす。



「タクヤっ、お姉ちゃんっ!!」


だが、その相手を屠るまで終わらないはずの矢雨は唐突に途切れた。

お互いに三位一体のスタイルを意識していたのなら予想の範疇のことだったのだが。

新たに矢の狙いを定めようとする美里の視界の向こうに、鉄笛を唇に添える幸永の姿が目に入ったからだ。


美里の弓と同程度の強度を誇る幸永の鉄笛。

翼あるものが創りしアーティファクトであろう一品。

幸永はそれを今の今まで使おうとはしなかった。



(まさか、あれがっ……!)


潜在的な恐怖を刺激する幸永のとっておき。

美里の背筋にぞくりと冷たいものが落ちる。

根拠はないが美里はそれを自分に使うものだと思いこんでいたから、対処が間に合わない。

幸永に向かって矢をつがえる自分がひどく緩慢に動いている気がして悔しかった。



そんな美里を脇目に聞いたことのない甲高い笛の音が辺りに響き渡る。

一見するとそれは害するどころか安らぎさえ感じる音色だったが。


まさしくアーティファクト(ありえないもの)を表すかのように。

突如として幸永の頭上に紫色に透けて光る円形の渦が出現した。

それが、凝縮された音の固まりだと気づくよりも早く。

まるで吸い込まれてでもいくようにタクヤたちにぶち当たった。


「ちぃっ!」

「うおおっ!?」


こゆーざさんの舌打ちとタクヤのくぐもった声が激しい爆音にかき消される。

爆心地を中心に、まるで呪詛のように闇を浸食していく紫の音の残骸。

思わず戦慄に言葉を失う美里だったけれど。


その場の唯一の光源である月にすっと影が差して。

蔓延する紫煙よりも高みから箒にまたがったあずさとその背に掴まるタクヤの姿が見えた。


どうやら無事だったらしい。

あるいは今のは胸騒ぎの収まることのない幸永のとっておきではなかったのかもしれない。

それは、美里がほっと胸をなで下ろした一瞬。

二つの殺気が未だ晴れぬ粉塵の中から吹き付けてきた。

あれよあれよの間に美里に手が届くほどの近くに出現するタクヤとあずさの偽物。



「斬!」

「竜樹萌芽っ!!」

「ぐっ、うぅっ」


あずさの居合い切りが。タクヤの『木』のフォームの力がこもった必殺の一撃が美里を襲う。

そう、それはまさに二人のとどめの一撃だったのだろう。


図らずも美里でなければ。

そのすべてを知り鎌鼬で言うところの『傷を治す』役所を負う美里でなければそこで勝負は決まっていただろう。


「やああぁぁっ!」


あずさの神速の一撃を弓の腹で受けた美里。

それを縫うようにして美里の全身を貫いたタクヤの竜樹の刃。

だが、美里はしぶく血も構わずに咆哮あげて身体を一回転させたのだ。


ぶちぶちと引き裂かれ離れる竜樹の枝。

さらに美里の能力、【美繰引狭】サード、健魂の三擲によって美里の全身から白煙が上がり、受けたばかりの傷がみるみる回復していくのが分かる。


それはただただ美しい美里の戦いの舞。

目前で垣間見た二人は魅入られたかのように硬直するしかなくて。


そしてそれは、戦いにおける致命的な隙だった。




「【美繰引狭】セカンド、趣候の二影っ!」


刹那現れるは二股の特殊な弓。

間髪おかず赤青の光を纏った弓が打ち出される。


「くっ!」

「しょおっ!」


ほぼゼロ距離での弓撃。

しかも強制的に与えられた隙で身体が動かない。

それなのに二人が弓をかわすことができたのは、果たして偶然だったのかどうか。

紅を元に創られた二人の偽物には考える暇すら与えられなかった。


「あ……」

「……っ!」


美里にまとわりつく白緑のアジールが沸騰している。

自ら受けた青赤の矢によって。

それに気づいた時には既に手遅れだった。



「うわあああっ!」


まるで悲鳴のような美里の叫び。

いや……それは正しくも悲鳴だったのかもしれない。


残酷なくらい軽い音を立てて。

亜光速で繰り出された弓の一撃が。

偽物とはいえ大切な人たちの形をしたものを砕いたのだから。




           ※      ※      ※




紅がその正体を暴かれて散ってゆく。

まるで柘榴のような赤色を晒して。


その月明かりに照らされた最期は価値あるものだと幸永は思う。

もちろんそれは、散り際の儚い美しさによるものばかりではない。



と、そんな事を考えていると。

美里から放たれた赤青の矢が幸永の肩を貫き背後の闇へと消えていった。

幸永はぐっと、その場所を押さえる。

だが……そこから血が流れるわけでもなく痛みもない。


ただ押さえた手の下で矢を受けた部分が風のように揺らいだだけ。

その異質に気づけたものがいるとすればおそらく美里だけだったのだろうが。

気づいた美里が駆けつけるにはあまりにも遠い距離がそこにはあった。


そしてそれこそが、二人の紅の成した価値あることだった。



「覇!」

「竜樹萌芽っ!」


上空から聞こえるのはまるで真似したかのような本物のあずさとタクヤの力ある声。


「ふふっ」


それが何だか可笑しくて。幸永は思わず笑みをこぼしてしまった。

きっとそれは、タクヤとあずさには致命的な隙に映っただろう。

事実、二人が繰り出したすべての刃が幸永を突き刺していて。

たが、それにしてはあまりにも手応えがなかった。



「【過度適合】セカンド、エレメンタルマーチっ!」

「何っ!?」

「これはっ!」


それに気づいた時には既に幸永はその姿を霧状に変化させていた。

本能的に危険を感じ取ったのはかとっさに下がる二人がいたが。

やはりその能力の恐ろしさを理解していたのは実物をその目で見ていた美里だけだったのだろう。




「お姉ちゃん! タクヤっ! 逃げてっ!!」


叫び駆け出す美里の声は遠い。

その声が幸永に届く頃には。

幸永は既に二人の体の中に入り込んでいたからだ。


人だろうがファミリアだろうが変わらない……その身体を支配する水として。



  

             (第252話につづく)





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