第250話、典型的紋切り型ヒロインVS天衣無縫ロリヒロイン


「あいつは私が殺すっ、手を出すんじゃないよ!」


まるでオリジナルの真似をすることを拒否するかのように。

自分はたった一人しかこの世界にいないとアピールするかのように。

かつてあずさの偽物だったそれは叫ぶ。

そこにいるのはもう別の誰かだった。



「はいはい、分かってますよ」


それに対し、タクヤの偽物は薄ら笑いを浮かべてひらひらと手を振った。

二人とも、幸永の事などおかまいなしであった。


実際そうなのだろう。

彼らの主は幸永ではないし、先ほど守って見せたのもそれが彼らの使命の範疇にすぎないからだ。

別にそう言うことで寂しがるようなタイプではないと思っていたが。

これが最後だと思うと自分の運のなさを実感する幸永である。


枷のおかげで舞台に上がるのが遅すぎた。

そんな理不尽な怒りを吐き出す場がないからこそ、幸永はそんな空虚感を覚えていて。



「……ザコどもめ」


それはタクヤや晶に挨拶がてら発した冗談と同じようでいて違うのかもしれない。

だがその裏には……好き勝手やらせてもらうと言った幸永の強い意志も含まれている。



金属と金属が軋れる音とともに同じ竹箒の鞘を持つ仕込み刀を撃ち合わす二人のあずさ。

幸永はそれを半ば無視する形で美里を見据えた。

まだ混乱と動揺から抜けきっていない様子の、一見無防備な美里。


終わらせてやる。

幸永は、そんな強い殺気を込めて右手を掲げた。

渦を巻きながらあたりにあるほんの僅かな光を食む闇のアジール。

幸永の視界が夜の闇でない黒に染まることで見えてくるのは美里を守るように包む光の線だった。


それは、ファミリアであるあずさたちには見えない。

いや、ファミリアである彼女らには元々存在していないのだろう。

そしてその光が見えるのは、制約を受けることなく地上に足を着けた天使……仲村家の末裔である幸永だけだった。


幸永は力のこもった手のひらを開く。

そして、無造作にその手のひらを振り下ろそうとして。


直前まで幸永に気づいていないと思っていたはずの美里とばっちり目があった。

刹那、湧き出すように生まれる理性と激情。

そこに、寸前まであった虚ろさは微塵もない。


むしろ美里は笑ってさえいるように見えて。

気付けば幸永は虎の子の力を解除し、その場から引いていた。



薄皮一枚ほどの距離しかない足下に矢が三本並んで突き刺さる。

変わらずの傍若無人ぶりを思わせる弓捌き。



「ちぃっ。こにゃろっ!」


不用意に近づいて、美里の精神的復活の後押しをしてしまったことに舌打ちしつつも、これでいいと満足していることに幸永は気づいて。

返す刀で左手に生み出したまがい物の太陽を打ち出す。



「わわっ!?」


慌てたような声を美里が上げたのは。

そのまがい物の太陽が美里に向かわずに、二人のあずさの元へと寸分の狂いもなく飛んでいったからだろう。

まさしく、それを初めから狙っていたかのようでもあって。



「なにをっ!?」

「……っ」


驚いたのはあずさ二人も同じだったらしい。

直撃とはいかずともともにダメージを受け鏡写しのように間合いを外す。



「何をするのよっ! 邪魔をするなと行ったでしょう!」


激高して詰め寄ってくる偽物のあずさと、油断なく幸永を見据えながら美里の側まで下がる本物のあずさ。



「うるせえ、オレに指図するな。オレにはオレのやり方があるんだ」


何という典型的な悪役の負けフラグかと幸永は内心笑みをこぼす。

どちらにチームワークと信頼感があるかなんて火を見るより明らかだった。

だが、この幸永の行動は二人……特に美里に与える影響は大きいだろう。


いざとなったら仲間も巻き込む。

そもそも仲間とも思っていない。

それを証明するかのような幸永の行動だったからだ。



「……」


どこか残念なような、悲しげな瞳で美里は幸永を見つめている。

だが、まだ足りない。

取って置きの最後の能力を発動できるだけの隙は美里にはなかった。


やさしい美里はこんなことくらいで幸永に対し本気になりはしない。

もっと、そのための一石を投じる必要がある。


幸永は美里と交えていた視線をわざと逸らしてあずさの方に向けた。

それに気づいたあずさが美里と比べていささか鋭い、融通の利かなそうな視線を返してくる。

幸永はそんなあずさに対して敢えてほくそ笑んで見せてから一歩踏み出そうとして。



「ふふふ。待ちくたびれましたよ。やっときましたか」


愉悦と狂気のこもったタクヤの偽物の笑い声が背後から聞こえて。

幸永は立ち止まった。

その言葉にひかれるようにして顔を上げれば、あずさと美里の背後に細い光の柱が立っているのが分かって。

その光から現れたのは、本物のタクヤだった。



「はは。これで役者がそろったってわけだ。おいお前ら。オレの言う通りにしろ。死にたくなければな」


幸永はアジールを今までの最大域まで増大させて。

あまりにも皮肉なその言葉を呟く。


「ふ、ふん、私を殺すのは私なんだからね」

「おぉこわ。冗談じゃないから困るよね、もう」


それに元は紅の二人は本能で畏怖を感じ取ったのだろう。

そう頷くことで幸永の両脇に陣取って。


3対3。

幸永にとって最後の戦いが始まろうとしていた……。



            (第251話につづく)





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