第89話、私より仕事が大事なら、私も仕事に参加します




一方その頃。 

 

勇は一人アーチのある入り口を避け、まさしく『城』と呼べるほどの敷地を覆う巨大な結界……アジールに注意しながら、裏へ裏へと回り込んでいた。

 

そこは、無造作に草々の生い茂る、学園におけるデッドゾーン……裏庭とも呼べない、整備もされず、普段生徒が足を踏み入れることのない場所である。

 


「ふん。これでは私有地立ち入り禁止になるわけだ」


そして、そんな場所ですら切れ目なく半透明に輝き立ちはだかる結界とも呼べるものを見上げ、勇は短い溜息を吐いた。


ようは、立ち入りが禁止されているのは私有地だからではなく。

実際に一般人がみだりに侵入し、うかつに触れれば消し炭になるから、なのだろう。


その割に、私有地と学園の境には有刺鉄線が張られているのみなのは、いささかずさんな気がしないでもないが。


それでも今まで生徒一人ですら悪戯に入り込むことがなかったのは。

『ここには行かない、行きたくない』と言う何らかの抑止力が働いているのだろうと、勇は認識していた。

 



「う~ん、こんなとこまで結界貼ってるし。これじゃ、どっからも入れそうにないわね~、こりゃ」



と、そんな事を考えていた矢先のことだ。

何者か……妙にあっけらかんとした少女の声が、あたりに響いてくる。


勇はその声を聞き、はっとなって思わず身構えた。

何故ならば、こんな普段人気のない場所に人がいる理由など、一つしか思い浮かばなかったからだ。

それはすなわち勇と同じ、この中にどうにかして入ろうと画策している人物。

 



「……何者だ? ボクが言えた義理じゃないが、ここは立ち入り禁止区域だぞ?」


勇は近付きつつ、少し威圧的にそう言う。

デニムのジャケットとカーキ色のツーピーススカートと言う普段着な服装から見て、ここの生徒ではないだろう。


勇より、3つか4つ上だろうか。

肩の少し下まで垂らしたセミロングの茶髪と、月夜ならば雰囲気のにじみでるような……琥珀に光るの瞳が印象的な少女であった。



「ん? あ、うん。なんて言うの? 駄目って言われればかえってしたくなるのが人情ってものじゃない? ……えーっと、私は石渡怜亜(いしわた・れあ)って言うんだけど、あなたは……」


対して、怜亜と名乗った少女は、そんな勇に臆した風もなく。

その瞳から溢れる探究心を隠そうともせずに、朗らかに笑ってそう答えた。

 


「『喜望』所属、須坂勇だ。まあ、侵入しているのはボクも同じだからこの際目は瞑ろう。そこで質問だけど……どうしてキミはここにいるんだい? 何の目的でここに来た? ここには強い目的意思がなければ、入れない仕様になっているようだが」


勇は、最低限の礼儀だとばかりに名を名乗ると。

矢継ぎ早に怜亜に向かって質問を浴びせる。


それにしばらく瞳をしばたかせていた怜亜だったが。

それでもすぐに人好きのする笑みを浮かべ、興味深そうに口を開いた。



「ふーん? 君、『喜望』の人なんだぁ。それじゃさそれじゃさ。王神公康って、知ってる?」

「仮に知っているとして、それが君に何か得になるのかい?」


勇は突然仲間の名を出され、少し警戒しつつそう答える。

すると、怜亜は当然! とばかりに飛び跳ねてみせた。


「当たり前だよぅ。だった私のダーリン、運命の人だもん! 知り合いだったら是非是非いいお付き合いをしなくちゃって思うでしょ?」

「……ダーリン、つれあい(彼女)か」



勇はハイテンションな怜亜の言葉を聞いて、首を捻る。

このような彼女がいるなんて、本人の口からは一度も聞いたことがなかったからだ。


「ふむ。君のような人がいるなんて聞いてなかったな。確かに彼は同僚だけど……」


王神は自分の事に関しては少し秘密主義な所もあるし、きっと冷やかされたくなくて黙っていたのだろう。

勇はそう納得し、改めて怜亜と王神が並んでいるところを想像してみた。


王神が老けて見える分だけ、年が離れているように見えなくもないが。

まあ、お似合いと言えるかもしれない。



だが……たとえ彼女だとしても、怜亜が部外者であることには変わりがない。

どちらにしろ、ここに来た理由を聞く必要があった。



「それで、王神さんの彼女がこんな場所に、何か用なのかい? 結界が見えるってことは、少なくとも能力者のようだけど」

「あ、うん。あのさぁ。この向こうのお屋敷の中にいるって言う、天使さまのウワサ、知ってる? あれって嘘っぽいけどどうやら本当みたいなんだよね」


怜亜は、なんでもない事のように勇の言葉を肯定する。

学校関係者ではなく、能力者でなおかつ『喜望』の人間でないとなると、勇の中に残るのは敵(パーム)くらいのものだが……

王神の彼女だと言うし、聞かれて迷いなく答えたところを見ると、そうではない気がしないでもない勇である。


怜亜のペースに流されつつも、そう言う言葉に勇が頷くと。

彼女はさらに言葉を続けた。



「それでさ、もう長い間軟禁されてて、出られないっていうじゃない? なんかカワイソーだなって、助けてあげよっかなーなんて思ったわけなんだけども……ん?」


と、そこでピリリリと味気ない携帯の着信音が辺りに響く。

それは、どうやら怜亜の携帯らしかった。


ちょっとごめんね、とばかりに片手で勇に謝りを入れて、話もそこそこに怜亜は携帯に出る。

 


「もしもし。レアですけども。……うん、あ、見つかった? さーすがおっさん。抜け目ないねぇ。うん、分かった、すぐ行くよ」


勇と話すときより少しだけフランクな口調になり、短い電話を終えると。

怜亜は改めて勇に向き直る。



「悪いっ、ちょっと用事できちゃった。あ、用事ってのは人助けみたいなもので……あー、むつかしいことは私よくわかんないんだった。えっと、とにかくもう行くね」


そして、言うだけ言ったが最後、そのまま立ち去ろうとする怜亜に。

半ば圧倒されていた勇は、それでも後ろ手に何とか声をかけた。



「待て! 結局質問に答えてもらってないが……君は、どこの誰だ?」


話を聞くところによると、敵対すべき理由は見つからないように思えるが。

他人の話など、半分も信じればいい所だと言うのが勇の持論なのだ。



「言ったでしょ? 私はレア。いまどき珍しいって意味の、希少(レア)。たった一人だけの人を愛し続けるただの女の子、だよ」


怜亜はそんな勇に対し、くるりと振り向き。

スカートをを翻しながら至上の笑顔で、そう告げる。


それは、疑り深い勇ですら信じてしまえるほどのものだったが。

確かにその言葉に嘘などないのだろう。


自分で言っておいて、僅かに照れるさまは。

彼女が今言った言葉において、何一つ偽りにないことを証明していて……。




「……」


流石に呆気にとられ、何だかはぐらかされてしまったことに気づくこともなく、そのまま勇は怜亜を見送る。


人を好きになることへの気持ちをこれほどあからさまにぶつけられて戸惑っている、というのもあるだろう。

何せ自分は人を好きになったことも愛したこともないのだから……。



ズキリッ。


「……っ」


勇はそう考えて、頭の芯から響く鈍い痛みに顔を顰めた。

勇は、その痛みに見当ないはずなのに、どこか違和感を覚えている自分に気づく。


これは何だろう?

そう考えて……再び、いきなりぐん、とつむじを引っ張られるような感覚に襲われた。



(おい、勇っ。聞こえるかっ!)


だが、今度の感覚には見覚えがあった。

それは、さっきも話題に上っていた王神からの能力を使った通信、である。


口調から判断するに、何かあったのだろう。

勇は気を取り直して、その声に応答する。


(ああ、聞こえているよ王神さん。何かあったのかい?)

(それがな、オレにもよく分からんのだが、慎之介が……慎之介の彼女と名乗る女性に、拉致られてしまったんだ)


言葉通り、混乱した様子でそう呟く王神。

対してそれを聞いた勇も、ただただ頭が疑問符で一杯になっていた。


(さっきどこかで聞いたようなフレーズだけど。もうちょっと分かるように話してくれないか、王神さん?)

(あ、ああ。すまん。俺としたことが取り乱した。……それがな、学園長の家に向かって二人で歩いていたら、突然のっぴきならない様相で、美冬(みふゆ)と名乗る女性が現れたんだ。……ボン、キュッ、ボンなブロンド碧眼の美人さんだったな。 しかも、慎之介を『しんちゃん』と呼んでいた。一方の慎之介もまんざらでもない、というか、恋人同士であるのは事実のようで、言われるままされるがままだったな。……俺は圧倒され、彼女が慎之介の手をとり、忽然と姿を消すまで何もできなかったよ。どうやら、異世のようなものの中に消えたようなんだが……)


実際にその場にいたわけではないから判断はしづらいが、緊急事態であるのは確かだろう。

真澄や学園長のことも心配だが、すぐに王神たちの元へ向かう必要があった。

 


(分かった。とにかく、哲も呼んですぐにボクらもそっちへ向かうよ。まだ、慎之介の糸は繋がってるのでしょう? ボクらが駆けつけるまで、追跡をお願いします)

(ああ、分かった。よろしく頼む)


パーティ解散したらいきなりこれか、と愚痴りながら勇の言葉に王神は頷く。

そしてそのまま哲にも連絡を入れるのか……能力による通信を切ろうとして、あっと声をあげるとともに勇のストップがかかった。

 


(どうした、そっちも何かあったのか?)

(ああ……いや、たいしたことじゃあないんだけど、気になってね。今さっきのことなんだけど。王神、君の彼女と名乗る女性に会ったよ。どうやら能力者のようだったけど)


彼女はどこの誰なんだい? と聞こうとして。

その言葉は、王神の心の声によって遮られる。


(……まてまてまて! 俺に彼女だって!? 慎之介にあんなダイナマイトな彼女がいたのだって驚き桃の木なのに、俺に彼女なんているわけないだろうよ!)

「……」


冗談はよせ、と言わんばかりの王神の言葉に、勇が言葉に詰まる。



(だが、嘘を言っているようには見えなかったぞ?)

(お前がそう言うんならよっぽどなんだろうが……いや、まさかな。とにかく、一旦集まろう。話はその時に聞くとしよう)


呟くようにそう言う勇の言葉を受けて。

さすがに冗談ではないととったらしく、王神はそう言って……急かすように能力の通信を切る。

 


「嘘には見えなかったんだけどね……」

 

もし、あれほどの真実を、純粋さを。

まっすぐな心を含んだ言葉が虚実であると言うならば。


この世界全てを信じられなくなるかもしれない。


漠然と、そんな事を考えながら。


勇は哲と合流するために、地を蹴って走り出すのだった……。




             (第90話につづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る