第292話、天使姉妹の最期のdeparture



「あ、お姉ちゃん、ここ、増えたよ」


と、画面を凝視しながらまゆがそんな事を考えていると。

恵が白魚のような指先で画面の端を指さした。


「三ページ目だね。今までのことを考えると、攻略のヒントかな」


まゆの言葉に反応するかのように、すぐさま、三ページ目を開かれる。

それは案の定、最終ステージのヒントのようだったが。




『魂の宝珠』を獲得するために。

『魂の宝珠』の前には五つのルートごと様々な『試練』や、プレイヤー達を妨害する『敵』立ち塞がります。

―――【右耳】にあるのは『青の試練』です。




「……なんという手抜き」

「これじゃあ何もわかんないです」


ヒントと示されたそれは。

ヒントのヒも字も連想されない、やる気ないにも甚だしい一文だった。

かろうじて情報として得られたのは、まゆ達の向かう先には青の試練とやらが待ってることだけ。


それがなんであるのか。

『敵』とは何を指すのか。

魂の宝珠とは一体どういうものなのか。

無機質なスライドする文章は、何も語らない。

恐らく、進むべき道へ向かえば理解できるからこそ、なのだろうが。



「もっと気を使ってほしいよね。みんな無事だといいんだけど」


そんな事より何より、知りたいのはそのことだった。

自前の翼がおしゃかになるくらいの衝撃。

繋いでいた手すら離れるほどの。


それは、口にしても解決にはならないだろうただの愚痴だったのだが。

ダルルロボに似せた紅はそれを真に受けたのか、一つ頷くようにしてヒントのページを縮小させ、代わりに『プレサイド』におけるまゆ達の現在地を示す画面へと戻った。


どうやら彼は、マウスもキーパッドもない代わりに、音声認識……まゆ達の言葉が分かるらしい。

その要望に答えるようにして、地図の示される範囲を広げてゆく。




「ほんとに人のかたち、してるです……」


美冬や正咲の言い分を聞き流していたわけじゃなかったのだろうが。

自分たちが体内に巣くう細菌のような位置づけであることを明確に示すそれは、中々にショッキングな事だったらしい。

まゆにしたって、見ていて気分が優しくなるものじゃないのは確かで。



「細かいなぁ」


縮小させられると改めて分かる。

まゆ達が、人を模したその内側にいることを。

今いるこの世界が、どれだけ緻密で蒙昧なほど広大な世界であることを。


もしかしたら、進入した時点でまゆ達は小さくさせられてる可能性はあるが。

そんなまゆと、恵は、顔らしき部分……右こめかみ辺りの血管の一つ、とも呼ぶべき場所に屯していた。


くるくると回る、星が二つ。

まゆ達が向かうという【右耳】とやらが言葉通りの場所であるならば。

少なくとも【横隔膜】から歩いてくるよりは近場にいるのだろう。


というか、随分とまた飛ばされてしまったらしい。

この地図が、まゆ達の今いる場所と本当にイコールかどうかは置いておくとしても。


ただ【横隔膜】に跳ね上げられただけで、こめかみまで運ばれるなんて構造上有り得ないだろう。

元々ありえない世界だと言われればそれまでであるが。



今まで何度も、まゆ達は趣味の悪い唇の花やら何やらでいろんな所に運ばれている。

雅に案内されて、なんてものもあった。


それは、サービスでもなんでもなく。

まゆ達を寸断させバラバラにする、そんな目的があったのだろう。


縮小された地図には、いくつもの星たちが瞬いていている。


その数、七つ。

左側頭部辺りに二つ。

首の付け根の辺りに一つ。

右肩、左肩に一つずつ。


その星々にの性格でも表しているのか。

すべて色が違うし、回るスピードも様々で。

既に移動を始め、かなりのスピードで回転してるのはきっと正咲だろう。

なんと言うか、分かりやすすぎて何も言えないまゆがそこにいて。



「あの、お姉ちゃん。動いてないお星様ってなにですか?」


だが、注目すべきものはそれらではなかった。

確かに、動いている星は七つ。

まゆ達の認識と記憶と合致する。


だが、画面に記された、恐らくはこの世界に足を踏み入れたものたちを示すのだろう星形は他にあった。


その数三つ。

回ることなく、その場に固定されている。

その身を、じわじわと闇色に染めながら。


嫌な予感、考えたくない答えが背中から忍び寄る。

まゆは、思わずそれに身震いした。

答えを提示することを恐れていた。

むしろまゆ自身が、それがなんなのか教えてもらいたいくらいだった。


人から教え聞いたものならば。

責任を押しつけられるんじゃないか……と。


でもここには。

そんな都合のいい人はいない。



「ちょっと待ってて、調べてみる」


最悪な想像が正解ならば。

まゆとしてはもう、その答えが出ている。

それでもそう言ったのは、もしかしたら違うかもしれないって、儚い希望に縋りたかったからだった。



「……って言うか、聞こえてるんでしょ。この、そうだな、【脊髄の間】のとこにある星について、様子を見たりとかできない?」


ダルルロボを模した紅たち。

その仲間が、ここにたくさんいるってことは承知済みで。


法久の力を柳一が模倣しているはずの彼ら。

それだけでも頭が混乱するのに、彼らは既にこうちゃんの忠実な下僕のごとき働きをしている。

ゲームのナビゲーター役を務めている。


一体何がどうなってそんな事になっているのか。

柳一の安否も含めて。

まゆには何が何やら分からなくなっていたが。



「……」


赤いダルルロボは答えない。

不言実行。愛想の欠片もなく、行動で示してくれる。


画面中央が、僅かに右下へ。

人の体で言うと首の部分。

【脊髄の間】と呼ばれる場所が、すさまじいスピードでズームアップされる。


それは、際限なく続くとも思われたが。

かたかたと、モーターが唸る声とともに。

唐突に画面が切り替わった。


それは、一分の一のリアルな縮尺だ。

まゆ達が直接目で見ている景色と同じもの。


まさしくカメラのように。

【脊髄の間】にいる紅の目にする光景。



「あぁ……」


がつんと、鉄槌で叩きつけられたかのような衝撃。

呼吸すらままならない最悪の……想像通りの光景に、意識が剥離しかける。


そこには勇がいた。

いつか助けた塁と同じように。

赤く透き通るアクアリウムのごとき水晶体に包まれ閉じこめられ、宙浮かぶようにしている。


眠っているのか。

そうでないのか。


画面越しには判断が付かなくて……。




            (第293話につづく)







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る