第293話、考えなしがいやだから、ぼくらは逆走する
ここから離れるんだ、と。
まゆが悲鳴のような声が聞こえた気がした。
それは、いつも余裕のあったまゆの本気の叫び。
その声に被さるようにして、ぶよぶよの地面がみんなに迫るのが見えて。
それを真正面から見ているのは正咲だけだと自身で気づいて。
「……っ!」
正咲は、天邪鬼を地でいっていたから。
まゆの言葉に逆らう形で、それに向かっていった。
それは本能だ。
この世界が正咲たちをどうにかしたいのなら、もうとっくにやっているはず。
恐らく、正咲達が皆で一緒に行動してるのは、まゆの言うこうちゃん……この異世の主にとって都合が悪かったのだろう。
故に、正咲達を引き放そうとした。
そんなことさせないと、そう思って。
正咲は、迫り来る地面に構わず必死に手を伸ばして……。
「……みゃかっ」
はっとなって目を覚ましたのはその時だった。
どのくらい寝て……意識を失っていたのか判断できず。
正咲はぐるぐると辺りを見回す。
一度来たことがあるようなないような、だけどみんな一緒に見えるピンクの洞窟。
それに待ったをかけるみたいに、真っ白い短めの髪の女の子が倒れてるのが目に入った。
そこにいたのは、真澄であった。
恐らく、駆け出しつつも掴んだ手は真澄の手だったのだろう。
「いててっ。何だよ、今のって……」
無理して、男の子のふりをしようとして結局失敗しまっている、そんな女の子の声。
頭を降って起き上がろうとする。
やはりばらばらにすることが目的だったのか、大事はなさそうに見えて。
「あ、正咲さんも……っ」
正咲に気付いた真澄が、ほっとした様子で声をかけてくる。
しかしそれはすぐに、切羽詰まったものに変わった。
「う、うしろっ」
息をのんだのは、正咲の背中に何かが迫ってくるのが見えたらしい。
だけど危険な感じも、殺意も敵意もない。
「うしろ?」
危機感のない相槌の後、正咲は後ろを振り返る。
「みゃかっ」
「……」
びっくりして、思わず仰け反った。
ばちばちと、勝手に電気が流れ出して四方八方に飛んでゆく。
紅がそこにいた。
ほとんどキスしそうになるくらい近くに。
思わず間合いを取って正咲は、真澄の隣に降り立つ。
サッカーボールに目がついてるみたいな紅は、自分がやったことも正咲のリアクションも気にした風もなく、ふわふわと浮き上がって地面を走る電気を追っかけていて。
「不覚ぅ。あんなに近くに来られてるのに気付かなかったなんて……」
なんだか、自分だけ過剰に反応してるみたいで恥ずかしかった。
誤魔化すようにそう言うと、まるでため息みたいな安堵の息を吐いた真澄が笑う。
「どうやら、僕らをどうにかするつもりはないみたいだね」
ジグザグする電気にあわせて、ふわふわ上下してるボール型の紅。
なるほど、ちょっとかわいいかもしれない。
真澄がそういいたくなるのも分かるし、瀬華がダルルロボに首ったけなのもなんとなく理解できたような気がして。
「あの子、下で見たのと種類が違うみたい」
「そうなの? 確かに敵意は感じないけど」
だからと言って敵でないとは言い切れない所がこの世界の難しいところで。
答えに窮する正咲達。
「ここには僕たちしかいないみたいだね……」
自由気ままな紅を目で追っているうちに今を把握する冷静な思考を取り戻したのか。
正咲と同じようにぐるりと辺りを見回した後、真澄はそんな事を呟く。
「やっぱりばらばらにされちゃったんだ」
視界は結構広い。
進める道は前と後ろの二つに一つだけ。
横幅が広い割には天井が低い、そんな洞窟。
三百メートル暗い先まではピンクのでこぼこの道が見えるが。
その先はどうしてか霞がかかったように見えない。
敵影もない代わりにみんなの姿もない。
「近くにいればいいんだけどな。心配だ。……特にあの天使の姉妹は」
気苦労が絶えない。
そんな感じの真澄のセリフ。
「なにしでかすかわかったもんじゃないからね」
「お姉さん辺り、正咲さんには言われたくないとかって怒り出しそうだけどね」
「どういう意味よぅ」
確かにまゆなら言いそうだと。
むぅと、膨れてみせる正咲。
普段から綿密に計算して動いているのに。
人を考えなしに行動しているかのようにあげつらうのはどう言う了見かと。
「とりあえずここってどこなんだろう? 合流するにしたってどっちに行ったらいいのかも分からないんだけど」
それは後で文句を言う事にして。
きょろきょろと前後を見やり、そう問いかけてくる真澄に倣って再度辺りを見回す。
「う~ん。最初にこの世界に来た時に通ったような気もするんだけど」
正咲は、この『プレサイド』のてっぺんからやってきた。
頭の上だ。
そこは、丸い屋上みたいになっていて、真ん中に角度のきつい梯子階段があったのを覚えていて。
まゆの話はよく分からないことが多いが。
上方に出口があるのは確かだろうと正咲は思っていて。
それを考えると、上へ上へ行くのがやはり正解なのだろう。
「このてんじょう、どかーんってやって上に行けないかな?」
「いや、確かに低い天井だけどさ……あ、でも。決められた選択肢から敢えて外れるのもありなのか」
二人して、ひだひだの低い天井を見上げる。
壊すだけならできそうな気もする。
それで、前みたいに敵が出てきてくれるのも一興。
……なんて思っていると。
ふらふらしてどこかに行ってしまったと思っていたボール型の紅が正咲達の視界に入り込む形で舞い戻ってきた。
「やっぱり、正咲さんに懐いちゃったのかな」
それならそれで害がある訳じゃなさそうだし、別にいいのだが。
やはり彼には、正咲達についてきた理由があると考えた方が自然だった。
必要だから、彼はここにいるんだろう。
問題は、法久みたいに喋らない彼に対してどうやって意志疎通を図るか、だが。
「ねえきみ、ジョイたちに何か用があるんでしょ? これからどうすればいいか知ってるんじゃない?」
まずは、直球。
話が通じているという体で、素直にそう聞いてみる。
すると、どうだろう。
生きてるみたいにふらふらとしていた紅は、UFOみたいな不自然な動きで、ぴたりと制止した。
無機物の緑の瞳が、正咲達をとらえる。
「お、反応した」
「……」
さっきはお気楽に流していたが
相手の気配……真意が探れないのはすごく怖いことかもしれないって、気づいてしまった。
―――【歌唱具現】フォース、そのうちの一曲、『ラストサマーテイル』。
遅効性カーヴであるそれは、あらかじめ能力を発動しておくことで、いつでもそれを具現……猫の姿を取ったり、電気を出したりできる。
その能力の真骨頂は野生の本能を持つ、勇あるものへと変容していることにあった。
正咲は、それで今までいくつもの窮地を乗り越えてきた。
その、自信のせいだろうか。
どうも、野生の本能に頼りすぎるきらいがある。
故に、無垢なものが怖い。
敵意剥き出しにぶつけてくるものの方が、よっぽど気が楽だった。
目の前の紅には何もない。
意志の匂いが感じられない。
何を考えてるか読めない。
それは、何だかまゆを思い出させる。
一見、誰よりも雄弁に考えてることが分かるのに。
本当はその先がある。
思えば初めて会った時。
うず先生に紹介された時、えもいわれぬ怖さを体験した記憶が……。
(あれ……?)
何かがおかしい。
うず先生とは誰だったか。
まゆとは、ここで初めて会ったはずなのに。
(え? ……え?)
違う、そうじゃない。
まゆは間違いなく正咲のことを知っていた。
まゆは、正咲だけ、呼び捨てで呼ぶ。
下手に出ることも尊大になることもなく、対等に接している。
初めは、従兄の賢から正咲のこと聞いてたのかなって思っていたが。
どうも違うようで。
正咲には、確かにここに来る前に、まゆと過ごした記憶があった。
心が分からなくて、失ってしまった、哀しい記憶が確かにある。
(それなのにどうして?)
正咲は今、それを他人事のように思ってるのだろう。
舞台の下から、見ている気になってるのだろう?
わからない。
もう、正咲じゃなくジョイの記憶は、全て思い出したはずなのに。
正咲は、一番大事なことを忘れてしまっている。
正咲はそれを、ついさっきまで覚えていたはずなのに。
まるでその方がいいと、安心している自分がいる。
正咲は思わず、わーって叫びたい衝動に駆られて。
「うわっ」
「っ!」
その瞬間。
すぐ隣で聞こえてきた真澄の驚いた声に意識を引き戻される。
「わわ、何?」
見ようによってはスプラッタな様子で、いつの間にやら背中を向けていた紅がその後頭部をぱっくりさせていた。
その先にあるのは、血みどろな光景ではなく、スクリーンめいた青い画面で。
何かなって思うまもなく、上の方から文字が降ってきたり、今いるロボットな異世の地図が現れた。
「ああ、お姉さんのもってた『プレサイド』の遊び方とかいうやつの続きだね。そっか、本物はお姉さんしか持ってないからその代わりか。親切なんだかそうでないんだか……」
呆れたように、知った風の真澄。
正咲には、いまいち理解できていなかったが、話の流れで頷いて。
「それで、ジョイたちはどうするの?」
真澄がその内容を読み終えたのを見計らって、正咲はそう聞いてみた。
「どうって。とりあえずその宝珠っていうのを探すんでしょ?」
まさか読んでないわけじゃないよねって言いたげな真澄にちょっとむっとなる正咲。
どうもみんなして、自分をおばかな子だって思っているような気がして。
そう思ったら、どうにか真澄の鼻をあかしてあげたくなって。
「よし、こうしよう! 宝珠なんてしかとです。その、【心臓の間】ってとこにせめこもう!」
言って、真澄が向かおうとしていた方とは逆を指し示す。
びしっと。
「一応聞くけど、その心は?」
「相手の手のひらでわざわざ踊る必要ないでしょ。この異世の主は絶対そこにいるよ!」
正確にはその直前。
その場所がゴールの一つであるなら。
わるい人はそこにいるに決まっている。
正咲は自信を持ってそう思っていて。
「まぁ、一理あるかな。様子を見てみるのはありかも」
期待通りに、真澄がそう頷いてくれたから。
「それじゃあ、しゅっぱーつ!」
意気揚々と、正咲達は逆走していったのだった……。
(第294話につづく)
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