第291話、悪辣に過ぎる魂の探索、始まる


「……っ。」


まゆは目を覚ます。

それは、まだ生かされている証拠でもあって。

ざんばらにほどけた髪をつれて、まゆは頭振りしっかと意識を覚醒させる。


それにより目に入ったのは、倒れ伏す恵の姿と、ふわふわと幽鬼のように浮かぶダルルロボの姿をとった紅の姿だった。



「恵ちゃん!」


まゆは、ほとんど悲鳴上げる勢いで、恵を抱きかかえ、庇うように紅の前に立ちふさがる。


「……」


しかし、紅はそんなまゆ達に何かをする意志はないようだった。

何も言わず、むしろ不思議そうに見える仕草でふわりふわり浮かびながら首を傾げている。

声上げて庇いたてたまゆ自身が、なんだか恥ずかしくなるくらいで。



「……ふぁ」


と、何のリアクションもないダルルロボと、意味のないにらめっこをしていると。腕の中の恵が目を覚ました。



「恵ちゃん大丈夫?」

「……あ、お姉ちゃん。はい、リアは頑丈ですから」


にっこりと笑って起き上がり、見習いモードになってる翼をぱたぱたさせている。

あのタイミンクで、損傷を防ぐために翼を切り替えたのか。

それとも使い物にならなくなったからこそか。


ちなみにまゆは後者だ。

羽は、存外もろい。

まぁ、あれだけの衝撃で五体満足なわけだから、幸いどころかって感じではあるが。



「よかったぁ。ぎゅってした甲斐があったです……」


おもちゃのような、待機状態の小さな翼を凝視していると、安堵のため息とともに恵はそんな事を言う。


「そっか、あの時掴んだのは恵ちゃんの手だったのか……」


刹那の時間にまゆができた事。

それは、恵の手を掴むことだった。


それが良かったのか悪かったのかって言われれば。

不幸中の幸いと言うか、いいに決まっているわけだが。

だがに続くまゆの心情を鏡写しするみたいに、恵は悲しげな顔をする。



「他のみんなは……」

「視界に入る範囲にはいないみたい。代わりに紅さんがいるけど」

「え? わ、わわっ」

「……」


意外と近くにいたそいつに、びくりとしてまゆにしがみついてくる恵。

言葉は理解できるのか、まゆが指さすと無言のままふらふらと近付いてくる。


うつろな赤い一つ目が、何か用かって訴えているようにも見える。

その、ダルルロボを模した紅のせいでうやむやになってしまったけれど。


恐らく、まゆ達はバラバラにされてしまったのだろう。

紅がいる時点で、まゆが達した結論はそれだった。


こうちゃんの書いた『プレサイド』の遊び方の指令書は、ひとつしかない。

今、それを持っているのはまゆ……


「って! リュックがないぃっ!」


じゃなかった。

翼と背中の領土を巡って争っていたでかいリュックは、跡形もなくなっていた。


「調理器具とかおにぎりとか入ってたのに……」


その他、よわよわの天使が生きるためのアメニティなグッズがたくさんあったのに。

まるでそれが定めであったかのように背中から消え去っていた。

例えるなら、お話に出てくるバイクは、事故る為に存在しているみたいに。




「お姉ちゃん、紅さんが……」


と。

こうちゃんの指令書はなんか二の次三の次で嘆いていると。

おびえた小動物の雰囲気で紅の様子を伺っていた恵が声を上げる。


それに倣って顔を上げると。

紅は目を爛々と光らせ、何か水蒸気みたいなのを吐き出していて。

かと思ったら、くるりと一回転しがぱっと後頭部が開かれる。


シュールというより、ちょっとホラーな光景。

初めて見た訳じゃないのに、こりゃ怖いわって恵と震えながら変形してゆく様を見ていると、案の定現れたのはモニター画面だった。


青黒く光るそれには、『プレサイド』最終ステージにようこそ、なんてテロップが流れている。

どうやら、彼は指令書の代わりらしい。

なくしたまゆ達の分までフォローしてくれるとは、何だかんだいって親切設計のようで。



「最終ステージ……これで終わりですか」


いいような悪いような。

複雑な心情が隠った呟きをもらす恵。


これで終わり。

終わったらどうなるのか。

恵なりに考えるところがあるのだろう。


複雑なのは、まゆも同じだった。

終わりのその後。

引き際。

未だに答えが出ていない。

何が正解なのかも、分からなかった。

いっそのこと、時が止まってしまえばいいのに、とすら思える。



と、そんなまゆをあざ笑うように画面の左上隅に浮かび上がったのは、残り時間だった。


もう、十時間を切ってしまっている。

おそらく、それを消費してしまえば、ここから出ることはできなくなるのだろう。


ここから出られなくなる。

まゆ自身のことだけを考えれば、それは最良の事のように思えた。


だがそれは同時に。

自身の存在を否定するものであり、ここに来た理由をないがしろにするものでもある。


まゆは、自分勝手も甚だしいその考えを首振って打ち消し、次を待った。

するとすぐに、画面の上から文字の羅列が降ってくる。

それは、最終ステージとやらのルールや目的だ。

それを纏めると……。



 


最終ステージは個人戦です。

【横隔膜】のフロアより上にある、『魂の宝珠』を【心臓の間】まで持ってきてください。

『魂の宝珠』があるのは、【脊髄の間】、【右耳】、【右手】、【左耳】、【左手】の五ヶ所です。

【心臓の間】には、三つの宝珠を掲げる杯があります。

つまり、五つある『魂の宝珠』のうち、三つを持って【心臓の間】へたどり着ければゴールとなります。

その先には、あなたの望むもの……『時の扉』があることでしょう。

あなたの目指す道は、【右耳】です。






……そんな一文で。


まゆ達は、思わず顔を見合わせる。

分からないことは多いが、特筆するべき事は三つだ。

まずは、まゆ達のいる場所が、明確に提示されたことだろう。

二ページ目には、簡略した地図があって。

その真ん中に、二つの星マークが点滅していた。



それから二つ目。

『時の扉』という文字と、今いる場所。

斜線で強調されている。

憶測だが、それあ人によって変わるのだろう。

たとえば正咲なら外に出たいと言った具合に。



そして三つ目。

個人戦という言葉。

一見すると、その言葉は正しいようにも思えたが。


『魂の宝珠』は、五ヶ所にあると書いてある。

となると、まゆ達は五ヶ所に分断されたはずで。

七人いるまゆ達は、どうしても余ってしまう。


現に、恵とまゆは一緒にいる。

これで果たして個人戦だと言えるのかと。



……それは、あえて気にすることはない些末な事にも思えたが。

まゆは確信していた。

それが、最終ステージにおけるもっとも重い一文であることを。


何故ならこの最終ステージは。

そのまま鵜呑みにすると、みんなで協力して手分けして、五つの『魂の宝珠』とやらのうち三つを集めればいいだけに見えるからだ。


どこも個人戦じゃない。


矛盾している。

それは、悪意のある矛盾で。


せっかくここまできて育て上げたまゆ達の絆を、脅かしかねないものがあって……。



             (第292話につづく)






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