第67話、ふたりは思い出の歌でリンクする




―――場面は戻って。


ちくまとカナリがやってきたのは、段になった土留に向かって打ち寄せる波の見える場所であった。


二人は背の高い草々の間に紛れるように、潜むようにして屈んでいた。

その訳は……その波打ち際に何かがいたから、である。


 

「あのひと? が波を発生させているのかな」

「どうかしら。知己さんたちを閉じ込めた張本人、って感じでもないけど」


ちくまの囁くような声に、同じく小声で返したカナリの言葉通り、目の前にいるそれは、カーヴ能力者本人ではないことは確かだった。


波の色と同じ、ゼリー状に透けて見える人型の生き物。

それはちくまの背の半分くらいで。

強いて言葉で現すなら、水でできたゴブリン……だろうか。

おそらく、波のカーヴを扱う能力者の、ファミリアか何かなのだろう。

 


「どっちにしろ、しばらく様子を見てみるしかなさそうね」

「……うん」


波の発生源であろうこの場所に辿り着くまで二度ほど大波を撃退しているのだが、その波が同じような間隔で生み出されるとしたらもうそろそろのはずだっだ。

二人はじっと、ゴブリンのようなファミリアの動きを待つ。

 


すると案の定その反応はすぐにやってきた。

それまで波の満ち干きに合わせるかのようにただ揺れていたそいつが、ぴたりと動きを止めたのだ。

続けてその様を見やっていると、波紋が広がるようにファミリアの身体が波打って。


その波紋が頂点に達した瞬間。

ぱちんとはじけるようにファミリアは分裂した。


「ふえたよ? カナリさん。僕、何かこの先が想像できるんだけど」

「参考までに聞かせてほしいわね」

「うん、なんていうかさ……その、あのファミリア自体が集まって、あのでっかい波になるんじゃないかーって」


そしてさらに、そんな二人のやり取りに答えるように。

ぱちぱちん! と2体だった水のファミリアが4体になる。

 


「間違いなさそうね。あれ以上増える前に仕掛けるわよっ」

「しかけるって……うわわっ、ちょ。ちょっとまってよ!」


状況を把握するや否やである。

ちくまが慌てる暇もあればこそ、カナリはアジールを展開しカーヴの力を強め、もうすっかり馴染んだ能力発現のためのフレーズを口にする。



「―――この暗闇を切り裂くように……光の筋よ疾れっ! 『ホーリーナイツ・アンブライト』っ!」

 

その瞬間、土留の上でたなびいていた、緑濃い草々を地盤ごと跳ね上げて。

白光の刃がアメーバのように増え続けるファミリアたちの真っ只中へと突っ込んでいった。



海面を切り裂く音がして真っ二つに裁断されていくファミリア。

約半数以上に命中しただろうか。

既に10匹以上に増えていたファミリアたちは、不意のことにパニックを起こしたように、互いと互いがぶつかりあってただの水と化し、砂の中へと消えてゆく。



「わぁっ。何も言わないでいきなりなの?」


それはちょっとなーという態度を隠しもせずに呟くのはちくま。


「何よ、何か云いたそうね? 言っておくけど、ファミリアの誰もが話が通じる相手ってわけじゃないんだからね」

「え? そ、そうなの?」

「そうよ。他人のファミリアならそれが普通なの。しかも詠唱して能力を発動するタイプのわたしたちは、虚をついて先手をとってかなきゃどうしようもないんだから、仕方ないじゃない」


少し憮然としてそう言うカナリに、案の定知らなかったと言わんばかりにぽかんとするちくま。


周りに話が通じるのが当たり前な法久やジョイがいるから、きっとちくまはそう思い込んでいるに違いないと見越したカナリの言葉だったが。


ちくまはまさにその通りの反応をしてくれた。

その様子だとちくま自ら生み出した炎の天使すらファミリアだと思ってないんじゃないかとか。


法久のほうはよく知らないからともかくとして、あなたがいつの間にか仲良くしてるジョイは、そんじゃそこらのファミリアとはわけが違うのよ、とか。

次々と文句めいた言葉たちがカナリの心中に浮かんでくる。


カナリは思う通りに、それを口にしようとしたのだが。

しかし、それらは言葉にならなかった。


視線の先にいるはずの、水のファミリアたちがいなくなっていることに気づいたからだ。

いくら手応えがあったとはいえ、直線攻撃である『ホーリーナイツ・アンブライト』の射程から外れたものもいたはずなのに。


そしてその刹那感じたのは、何かによって陰る日の光と鋭い殺気。



「……っ!」

「ちくまっ? きゃぁっ!」


それに反応してカナリがそう叫んだのと、小さな悲鳴を上げて弾かれたのはほぼ同時だった。


まるでカウンターでも喰らったかのように、後方に弾き飛ばされるカナリが見たものは。

まだそれなりの距離があったはずなのに、まるでカナリの攻撃がスイッチであったかのように現れた、ゴブリンのような半透明のファミリアと。

今まさにそのファミリアに襲い掛かられようとしているちくまの姿。


カナリに向かって突き出すように向けられたその両手のひらがひどく滑稽に映って……。



カナリがそれの意味を考える間もなく。

ちくまは撥ねられたかのように転がって、砂地に伏した。

まるで水でできた花火が間近で炸裂したかのように、砂地を濡らしながら。



「な、なんで!?」


波の音も風の音もそれに乗って聴こえてくるステージのざわめきも聞こえなくなるくらいの、重い沈黙が辺りを支配する。


カナリには目の前で起こった出来事が理解できなかった。

よろけながら立ち上がったはいいものの、それからはただ呆然と立ち尽くすばかり。


何故、注意を促した自分がこうして無傷で立っていて、ちくまが倒れているのか。

何故ちくまが自分を庇ったのか。

カナリにはどうしても分からなかった。


訊けばおそらく何らかの言い分が返ってくるのだろうが。

何を言われてもきっと理解はできないだろうと、カナリは確信している。


「ば、莫迦じゃないのっ!? ありえないっ!」


だから気づけばカナリはちくまに駆け寄りつつそんな事を叫んでいた。

本当に言いたいことはそんな言葉じゃないと、分かっているのにもかかわらず。



「……」

「えっ?」


と、その瞬間。

そんなカナリの言葉に反応したのかそうでないのか、ちくまがゆらりと起き上がった。


しかし、何かおかしい。

まるで見えない糸か何かで操られてでもいるかのような動きに、カナリはびっくりして再び立ち尽くす。



「ちくまあなた大丈夫なの?」


まさしく既視感のごとく嫌な予感を覚えながら、カナリはおそるおそるそう呟いたのだが。


「……ファイヤーボール」

「っ!?」


そんなカナリへの答えは、赤色のアジールにより発現する、炎の球だった。

手品のように何もない空間から生まれたそれは、いつもよりは小さいものではあったが。

寸分たがわずカナリに向かって飛んでくる。



「くっ!」


カナリは心臓目がけて飛んできたそれを、間一髪しゃがみ込んで難を逃れようとしたが。

それでも完全には避けられずヂッ! と音を立ててカナリの頭上を掠め飛んでいく炎。



「まさか、さっきのに操られてるの?」


再度呟くカナリの言葉は、何となく確信めいたものがあった。

海水のようなものでできているゴブリン風のファミリアがぶつかり四散した瞬間にちくまの体内に入り込み、操っているのだと。


ただ、それが分かったのは人体を生成するものの多くが水で占められていることによることからとか、体内に流れる水に振動を与えることにより対象の精神を揺さぶり左右させるのが音であり歌でありカーヴであることを、カナリが知っていたからではない。



カナリがそう思ったのは、ちくまがもし正気であるのならば、自分を攻撃するはずがないと思ったからだ。

こんな自分でも……生の価値すら見出せない自分でも庇おうとしたちくま。

敵のファミリアにでさえ心をかけるちくまが、そんなことをするだろうかと。


現に、ちくまは最初にカナリが出会った時。

そうまさに今と立場が逆であったが、決してカナリに直接攻撃をしかけてくることはなかったのだから。



「……燃え上がれ……紅い炎のように……」

「……っ!」

 

だが、そんなカナリの呟きも考えも置きざりに、さらに状況は悪化した。


いつものちくまの純真快活な様子はその旋律にはなく。

冷たく紡がれるのは、ぞっとするくらいに何度も聞いた強力なカーヴ能力発動の言の葉。

 

まさしく生まれ出るのは……紅の堕天使。


 

「……なんとかしなきゃっ、全部わたしのせいなんだかっ!」


あれの抱擁を受けたら焦げる程度じゃすまないだろう。

ただ、その時のカナリは自分が消し炭になるかもしれないことよりも。

ちくまを含めた周りの人々が自分の行動によって傷つくのを見たくない、という気持ちのほうが大きかった。



カナリは自分を叱咤するようにそう言って、その何とかする方法を必死で模索する。

現状と、短い間ながらも知己の教わったこと。


そして目の前にいるちくまの存在と、自らの分身ともいえるジョイのこと。

それらがほんの一瞬にカナリの頭の中に押し寄せてきて……。



波に捕らわれ洗われて最後に残ったのが。最善の策。

それは、ちょっと前までにはカナリにはできなかった、歌の力だった。

  

 

「使えるかどうか怪しいけど……状況が状況だものね」


カナリはその策に思い至ると。

そうぼやくように呟いてからそっと瞳を閉じ、カーヴ発動のための集中力を高める。

  

「―――たおやかなる花であれ。

 ―――見果てぬ蒼月の果て命燃やせ。

 ―――畏れ知らぬ天津風であれ。

 ―――一念貫いて鳥よ舞え……。

 ……【歌唱具現】っ、ヴァリエーション3(ネイティア)っ。

『森羅の法、花鳥風月』……っ!」

  


それは、母が我が子を寝かしつけるように、孤独の寂しさに溺れた時にジョイが歌ってくれた歌の一つ。


今まではカーヴの本質が見えず、カナリが使うこともままならなかったもの。



その効力は万象の力を借りて。

心に巣くおうとする邪なもの、マイナスなものを払い、

清浄な自然の伊吹を吹き込むもの、で……。



              (第68話につづく)






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