第66話、異世の中で、さだめに抗えるか



―――同刻、桜咲中央公園。


野外ステージ裏側にある、なだらかな緑の広がる斜面。

カナリとちくまの二人は、今まさに迫り来ようとする大波に立ち向かわんとしていた。

 


「第二波来るわよっ、どうするの!」


先に飛び出していたちくまに追いついたカナリは、一つ息を吐いてそうちくまに訊ねる。


「えっと、ほらっ。知己さんとのトレーニングに時に、僕の力とカナリさんの力がぶつかって消えたでしょ? あの波だってカーヴの能力の塊なんだから、同じことをすればいいと思うんだけど」

「……なるほどね、うん。わかったわ」


カナリは短くそう答えるとちくまの隣に並び、すぐさま集中力を高める。

だが、そう言うも実の所ここまでやってきておいて何をすべきか分からなかったわけでもない。

最終確認というか、景気付けというか、何となくそう言ってみたかったのだ。



「この暗闇を切り裂くように……」

「……舞い上がれ空高く、紅い炎のように!」

「光の筋よ疾れっ!! ―――『ホーリーナイツ・アンブライト』っ!!」

「誇り持って堕ちろ! ―――『ラヴィズ・ファイア』っ!」


   

そして、ほぼ同時に発せられたカーヴからなる歌とともに大地から虚空から生まれ出たのは、迸る光の白刃と、炎に身を包んだ堕天使。


目の前に迫るカーヴの波は、頭上を覆うくらい大きなものだったが。

まだカーヴの理をまるで知らなかった一度目の顔合わせの時とは違う、不思議な自信みたいなものが二人の力に表れていた。

カーヴの正しい理を知るだけでこんなにも変わるものなのかと思わずにはいられない。

 


これならいける! というにじみ出る自信に答えるように。

二つの力がぶつかり合い、互いに相殺しあう大気に震える音が辺りに木霊した。

それにより何かが化学反応を起こしたかのように、もくもくと白煙が立ちこめる。



「……っ」

「……」


塞がれる視界の中、二人は何も言うこともなく前方を窺う。

しばらく待って……本来なら波にのまれているであろう時分になっても、その波がやってくる気配はなかった。



「……うまくいったのかな?」

「何だ、思ったよりたいしたこと……って。ちくま、あれを見てっ!」


一安心しかけたちくまに向かってカナリは叫ぶ。

言われて目を凝らし、白煙の向こうにかすかに見えたのは、あろうことか第3陣の波だった。


まだ少し遠くにあるのか距離はあるようだが。

こうしている間にもどんどん近付いているのが分かる、地響きのような僅かな揺れを感じた。



「また来るよ! どうしよっ、もう一回相殺する?」

「う、ん……でも。あの第3陣を止めたとして、また次かあるかもしれないわ。その次もその次もあるかもしれない。だからあの波を生み出した何かを止めるなりしなくちゃ、埒が明かないわね」


例えばカナリ、ちくまとともに後どれだけ能力を使い続けられるのかというのもあるだろう。

もしかしたら、こちらが力尽きて打ち止めになるのを狙っている可能性もある。

まあ、それは相手にも言えるのだが。



「わたしたちにできることは二つね。一つは波の出所地点まで近付いてみる選択。

もう一つ……これはここに来る前に訊いとけばよかったんだけど、ちくまが先に行っちゃうから訊けなかったんだけど。この能力のことを詳しく知ってる風の恭子さんにあれの止め方があるのかどうか、迫り来る波を迎え撃ちながら聞きにいく選択。どっちがいいと思う?」

「えっと、何ていうか……まず、ごめんね」


長々と、それでいて早口でまくし立てるカナリに言葉に、自分の浅はかな行動を指摘されてしまったちくまは、とりあえずそう言って頭を下げた。



「あの波、一人で止めるっていうのは、このままじゃたぶん無理だよね?」

「ええ。さっきの感触じゃ二人がかりでやっとって所でしょうね、このままじゃ。

他の能力を使えばまた違ってくるのかもしれないけど、どっちにしろ二手に別れるのは、わたしとしては賛成できないわね」


一人よりも、二人のほうがまわりの危険に気づく可能性は高いだろう。

自分たちが狙われるかもしれない可能性がゼロでない以上、カナリとしてはここでちくまと離れてしまうわけにはいかなかった。



「そうだね、うん。じゃあさ、まず波の発生源にほうに近付いてみようよ。それでも何とかならなかったら恭子さんのところに二人で戻る……それでいい?」


その考えはちくまも同じらしく、一つ頷いてそんな事を言う。

確かにここで中途半端に戻るより、一旦向ってみる方が無駄がないんだろう。


「そうね、じゃ、そうしましょうか」


だからカナリはそんなちくまの言葉に、すぐに頷き返すのだった……。 





            ※      ※      ※





―――その頃、野外ステージ場では。


アンコールの歓声に押されるように、今まで登場したネセサリー以外のアーティストたちが、入れ替わり立ち代り登場して会場を盛り上げていた。

いかにも本日のライブのフィナーレですよと言わんばかりに。



「……さすが、私の自慢の娘ね~」


展覧席に立ちステージに背を向けていた恭子は、それを後ろ手に聞き、まずは一安心ねと息をつく。

 

おそらく美弥がバックヤードに行って今の事情を説明し、知己が戻るまでのフォローをしてほしいと頼んだ結果だろう。

まあ、実際のところ、今の美弥には知己がいなくなって何か危ない目にあってるかもしれない、くらいの知識しかない。


言葉にするように美弥がてきぱきと指示をした、というわけではないんだろうと恭子は考える。

同時に恭子には、可愛そうなくらい(字間違いでなく)慌てふためいている美弥と、それを見て返って冷静になる周りが目に浮かんだ。


これでしばらくの間観客がパニックになるようなことは避けられるだろう。

後はいいタイミングで知己たちが戻ってきてくれることを待つのみだ。

 

そんな美弥にはほっとけない、なんとかしてあげたい、と思うような不思議な魅力がある。


知己があれで真っ当に育ってくれたのは、そんな美弥の人となりに寄るところが大きいと恭子は常々考えていた。


美弥には、知己は美弥と同じ天涯孤独の孤児であったと言ってあるが本当のところは違う。


知己はカーヴ能力者として戦うためだけに生まれて、戦うためだけに育てられた子供だった。

生まれながらにして強いカーヴ能力を植えつけられその先の運命を予め示された。

 

物心付くか付かないかの頃から、そんな知己に対する訓練はすさまじいものがあったし、『あおぞらの家』においても変わらず知己はトクベツだった。


恭子自身そんな知己に対して何もできなかった、などと卑下するつもりはない。

母になると決めた以上そのプライドもあったし、彼らの支えになれたという自負もある。



だが、やはり知己にとって一番は美弥なのだ。

あれだけの強大な力を背負うことを運命づけられながらも惑うことなく。

それに蝕まれることなかったのは、美弥という存在が心の支えになっているからに他ならないと恭子は確信できる。



そのきっかけはなんだったのか。

恭子自身が長年二人を見守ってきて思い当たるのは、二人と一匹の他愛もないごっこ遊びだった。


例えば、前世はヒーローだった、お姫様だった……なんていうような、いわゆるなりきりという子供の行動によく見られるもの。

まあ、知己たちの場合、他のものとは少し毛色が違ったようだったが。



それはもしかしたらただのごっこではなかったのかもしれないと、今となっては恭子は思う。

美弥自身、決してカーヴの才能に恵まれていたわけではなかったが。

二人の出会いはきっと偶然ではないのだろう。

美弥の言うように、遠い昔から引かれ合うべくして引かれあったのだと、恭子は思うのだ。



「二人の出会いすら偶然じゃないのだとしたら。この世界の結末も予め決まってるのかしら……ね」


もしそうだとするならば何をしても無意味じゃないのかと、恭子は時々漠然と考えてしまう。

今のこのパームの行動も、ちくまやカナリの頑張りも。

そして恭子自身のやっていることも、

全ての行動が無かったとしても結果は同じじゃないのかと。


知己たちも榛原も『喜望』のものたちも、その決まっているのかもしれない未来を必死で変えようとしているのに、恭子はふいにそんな弱気ともとれることを考えてしまうのだ。

一線を離れていて、尚且つたった一度ぶつかりあったくらいでへこたれてしまうのも、半分はそのせいだった。




「お母さま……」


と、普段は表に出すことも躊躇われるようなことを恭子が考えていると、背後からひそめるように声がかかった。

恭子が結界を維持しながら振り返ると、そこには二人の少女がいた。


それは、今『あおぞらの家』で暮らしている子供たちの中でも年長の二人である、藤(ふじ)とひとえだった。



「ごめんね、急に席を離れちゃって。みんなはどう、いい子にしてる?」


恭子が柔らかく微笑みそう言うと、二人はまず頷いて。

そしてそれからすぐに、つややかな紫紺のにじむ黒髪をひとまとめにした大人しそうな少女、藤が口を開く。


「はい、問題ありません。みんないい子にしています。それであの、私たちは、どうすれば?」


恭子が今何をしているのかも、今の状況についても藤は聞かなかった。

多少なりとも事情を把握しているというのもあるだろうが。

今のような状況の時は常に自分の為すべきことを第一にするようにと言い聞かせられているからだ。


家族のために、自らの与えた役割をこなす。

それが為すべきことであり、同時に恭子自身のもう半分の理由でもあった。



「何かあったの? 藤ちゃんがわざわざその事を確認しにくるなんて」


だから、何も言わず恭子は飛び出したのだが。

恭子はそんな藤の言葉に首を傾げてそう聞き返してしまう。

分かっていても不安や緊張のある時は、普段通りの行動をとれないものだが……。



「えっとね、さっきちくまさんにみんなを見ててねって言われたから」


そして恭子がそんな事を考えていると。

ちょっぴりいいわけをするみたいに霞の色ボブカットの、はつらつした印象を受けるもう一人の少女、ひとえがそう言った。


その言葉の意味することはつまり、ちくまも恭子も広い意味では『喜望』の人間であるから、どちらの言葉を優先すべきか迷ったというのがあるだろう。


「あらあら、そんなこと言われたの? 見かけによらずしっかりしてるのねえ。そんなこと言ったら怒られちゃうかもしれないけど……ま、いいわ。藤ちゃんとひとえちゃんは自分の役目、できることをね?」


そう言う恭子の口調は、そのまま子供をあやすような雰囲気はあったが。

実質その内容はあくまで対等であった。

それはどんなに幼い子供でも変わらない。


どんなに小さくても理由をはぐらかすことなく向き合って話せば分かってくれる、というのが恭子の持論だからだ。

 


「はい……わかりました」

「うん、そうするねっ」


それを当然分かっているのだろう。

二人は同じように受け答え頷き、そのまま連れ立ってバックヤードのほうへとかけていく……。




「何かあったのって聞く割には、今のやりとりで弱気が吹き飛んじゃうんだもの、私も現金よねえ」


恭子はそんな二人を見送りながら、苦笑を浮かべる。


世界の向かう結末は最初から変わらないのかもしれない。

そんな気持ちになっても、こうしてひとたび自分の一番の為すべきこと、『あおぞらの家』……『喜望』の子供たちを含めた家族を守ることという使命を、胸にもう一度刻み付ければ強くなれるんだと改めて恭子は実感する。



昔は自分に向けられる愛情というものが苦痛ですらあったのに。

向けられ続けることで返す愛情に気づけたのは。

今はもういない、大切な親友のおかげだと恭子は思う。



「……」


なんとなく感慨深いなって空を見上げると、そこには普段と変わらない青空色のキャンバスが広がっていた。



(普段と変わらない? 待って、本当にそうかしら? 何か……何かひっかかるのだけど)


恭子はそのキャンバスの中央あたりに屯し、透けるうろこ雲をみながらふと、そんな事を思う。

 


秋の近い晩夏のこの季節。

それは典型的な、よくある景色に変わりはないのだが。

何かいつもと違う、物足りないというような違和感がある気がして。

恭子はただ、それを見出そうとそのまま空を見据え続けるのだった……。



            (第67話につづく)







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