第499話、暁の示すその先に、その答えがあるはずだから
本当は。
何もかもが億劫になって、眠ってしまいたいくらいの脱力感が知己の全身を包んでいたけど。
支えてくれた人達の存在、背中を押してくれたバンドメンバーのおかげもあって。
不思議と見栄を張って何でもないみたいに歩を進めることができて。
辿り着いたのは、一世一代の告白をするのには向いている気がしなくもないステージの中心。
あるいは、スタジアムの主役たるものが立つ場所。
青空が必要以上に暗かったからなのか。
正しくもスポットライトのごとく、スタジアムの明かりが照らす場所。
そこに、美弥はいた。
漣望む砂地においてのバーベキューをも含まれていたお楽しみ会兼誕生日会。
奇しくもその日は、知己の生まれた日で。
主役が来ない訳にはいかないと、ほうほうの体なのをやっぱりひた隠しにしてやってきたのはいいものの、美弥以外の『あおぞらの家』の子供たちの姿はなく。
加えて当の美弥も、そんな知己がやってきたというのに知己の存在に気づいていないようであった。
それにより、文字通りお楽しみ会を楽しみにしていた一番手が当の本人であると思い知らされてしまって。
かなりというか、大分恥ずかしい思いはあったけれど。
ここまで来ておいて、躊躇い留まっている場合ではないと。
知己は勇気を持ってさらに一歩二歩、美弥へと近づいていって。
「美弥? 美弥さーん? この己が恥ずかしげもなく約束を果たしにやって参りましたよー」
「…………っ! とっ、ともみぃっ」
その時その瞬間の百面相は。
美弥ウォッチャー第一人者な知己としても、まぁお目にかかったことはないであろうと感心するほどに目まぐるしいものだった。
顔を上げて、知己のことを認識したかと思ったら逃げ出そうとする素振りを見せつつも結局知己へ向かって突貫してくる。
そうしてしばらくの間、抱きしめあったまま動かない二人。
そんな美弥が愛おしくて。
あぁ、大好きだなぁって再確認してしまって。
「やっぱり、好きだ。とにかく大好きなんだ。結婚しよう、美弥」
「…………ふぇっ!? け、けっこ? ええええぇぇぇぇっ!!?」
知己は、衝動のままに言の葉を繰り出して。
そのままもう離さない、とばかりにぎゅっと抱きしめる。
それに対し、素っ頓狂可愛い言葉が返ってきたけれど。
美弥は嫌がることなく、そんな知己を受け入れてくれて。
「……い、いきなりびっくりしたのだぁ。うれしいけど。とってもうれしいけど、でもなんでこんな時にぃ」
「こんな時だからこそさ。なんちゃらフラグを自分から立てていくスタイルなんだ。本当ならこのまま式を挙げて誓いのキスもしたいところだけど、見守ってくれているの彼女だけだし、なぁ」
キス、の部分でしゃくり上げて飛び上がる勢いの美弥であったが。
さすがの知己も今の状況を全くもってスルーして事を進める気にはならなかったらしい。
だが、知己がこの場所ヘやってきて何故だか一世一代の告白をしたものだから空気を読んだ……わけではないのだろうが。
恥ずかしげに苦笑して知己が見上げるその先には、手が届きそうなほどの近さで静止している黒い太陽、『パーフェクト・クライム』の姿がある。
実際は、消える間際の蝋燭のごとき輝き迸る知己のアジールに少なからず気圧されていた部分もあったのだろうが。
そんな無粋なことは口にすることはなく。
代わりに口にした言葉に、美弥は改めてはっとなって言葉返す。
「彼女? ……ち、違うのだ。あの昇陽さんは美弥の能力なのだ。あの、その、今まで黙っていて、ごめんなさいなのだ」
「知ってる。知ってたよ。っていうか、黙ってたんじゃなくて忘れてたんだろう、お互いにさ。いや、この場合は彼女がとっついてるの美弥じゃないって知らんぷりしていたんだから……悪いのは、謝らなくちゃいけないのは己の方なんだ」
「そんな、そんなの美弥だっておんなじなのだ。美弥じゃなきゃいいって思って、彼女に、みなきちゃんに押し付けちゃったから……」
多分きっと。
二人が出会ったその瞬間から。
あるいは、勇者と魔王などといった、運命の間柄であった前世から。
世界を滅ぼしかねない『災厄』、『パーフェクト・クライム』が美弥についていたこと、分かっていて。
だけど、自分たちならどうにかできるはずだと。
自分勝手二人勝手な部分が、今の状況を作り出したのだろう。
だから、お互い様。
どちらとも、悪い、とも言える
。
自分たちの世界に閉じこもってないで。
自分たちを支えてくれている周りのみんなを、よくよく見渡すべきだったのだ。
「だからこそ、あえて宣言を。自分から立てにいったんだ。己と美弥で、彼女を救い上げ、昇華して、世界を滅ぼすだなんて、なかったことにしなくちゃいけない。……とはいえ、何せ初めてのことだから、どうなるのか全く分からないんだけど。こんな己と、そうだな。歌でも歌いながら……永い永いめでたしめでたしの旅に出てくれますか、美弥さん」
本当のところは、知己が彼女と呼ぶ存在はそこにはいないのかもしれない。
自然そのものである彼女に、意思めいたものはないのかもしれない。
だけどそれじゃあ今、この世界のどこにも見えない、いない彼女が寂しがっているかもしれないから。
知己は、あえてそんな言葉を口にすると。
「……うん、もちろんなのだっ。美弥、知己といっしょに歌、うたってみたかったし」
返ってきたのは、長年の夢が叶ったかのような、美弥の満面の笑み。
知己はそれに深く頷いて、笑い返して。
どちらからともなく、両の手のひらを握り触れあって。
さいごの……いや、旗さえへし折る新たな始まり。
その航海のための歌を、歌い諳んじ始める。
―――めぐりめぐる、生まれ落ちてから天へ還るまでの魂。
―――星の数ほどの枝分かれする世界の中では、それを拾い上げるのも難しいけれど。
―――頭上照らすあの太陽が、そんな僕たちを見つけてくれる。
―――そこにある意味を知らしめよと、あからさまに煌々と。
―――そうして見守ってくれるのなら、価値を示さなくちゃ。
―――命の源であるその熱を、負けぬように燃やし燃やして。
―――暁の示すその先に、その答えがあるはず。
―――波風を背に、強く追い風受けて、そこへと向かおう。
―――僕らにしかない夢をともに、生まれてきた意味を探し求めるために……。
そして。
その瞬間、知己の七色のアジールと。
燃え盛る髪の色した彼女の黒色と。
とっても美弥らしい、甘い甘い飴色をしたアジール……ともに歌う力が混ざり合い、それぞれを包み込み一体化していくのが分かって。
世界へと溶けるように。
一緒くたになった意識が、心が、だんだんと霞み、消えていく。
どこかの誰かの、渾身の。
いちばんな歌に対する喝采にも似た声援も、届くことはなく……。
(第500話につづく)
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