第498話、わかってるよ、わかってるよ。刺激と自由を心は探している



青木島法久は。

ネモ専用ダルルロボは、中空を疾走する。


意気揚々と、黒い太陽のもとへ。

向かわんとしている知己をもう垣間見ることもなく。

薄桃色に覆われている結界の根本がある場所へと。




お互い様、ではあるが。

他のダルルロボを総動員して、なんて捨て台詞は。

強がりに過ぎないはったりであった。


現在他のダルルロボたちは、複数ある地下の避難場所などに配置されていて。

この場に来られるのは法久本人の精神が入った法久自身とも言えるそのネモ専用ダルルロボ一体のみで。




(『チェイズレイズ・ダルルロボ』の地道な繰り返しでどうにかなるでやんすかね。まったく、最後の最後までダルルロボ使いが荒いんんだから)


そうぼやきつつも、法久を支配するのは。

虚ろを埋めゆく満足感であった。




(そういえば、初めは敵役というか、刺客みたいなものでやんしたねぇ……)


今の今まで、その満足感ゆえにすっかりさっぱり忘れ去っていたそんな過去。

それは、一度目の黒い太陽が落ちるよりももっと前の話。

知己たちと、『ネセサリー』と言う名のバンドを組む前の話。



通っていた大学に、世界最強の能力を生まれながらにして植えつけられた戦闘マシーンの如き男がいると。

我らの派閥の障害になりうるのならば、息の根を止めなければならぬと嘯かれ、言いつけられていた法久。


当時、自身が生きている意味を見い出せなかった法久は。

そんな上からの任務に特に疑問を抱いてはいなかったわけだが。




(思えばそもそもが、そんなおいらを知己くんに引き合わせる算段だったのかもしれないでやんすが……)


出会ったその瞬間。

そんな任務などガン無視でほっぽり出して共に在ることを選んだ法久。

今考えればそれも、当時の上司としては織り込み済みだったのかもしれない。


常日頃、偽悪的に悪ぶることが大好きな上司の、どうしようもないくらいのお節介。

それは、ガン無視していても何一つ文句を言われなかったことからも、如実に表れていて。


ふと思うのは、どうして今更そんなことを思い出したのか。





「……まったく。そうやっておいしいところだけもってくのでやんすから」


それはきっと、いかにも意味深長な。

ラスボスめいた雰囲気を醸し出す『彼』の気配が目前に見えてきた結界からしてきた故であろう。




「くくっ。久しぶりじゃぁないか。よもやこんな所で相見えるとは、な」

「いやいやいやっ。ついちょっと前に会ったばかりじゃないでやんすか」

「なんだ、覚えていたのか。あの時ばかりはこちらのことなど噂程度にしか知りませんといった態度だったからな。正直傷ついたんだぞ」


そう言う事を意外と素直に口にしてしまうから、すぐに悪役のレッテルが剥がれてしまうのだと。

近しいところにいなければ目前のいかにも諸悪の根源めいた男、更井寿一は何でもない様子で一人、その薄桃色の結界を維持しているのが分かって。



「一応聞くでやんすけど、ここにいた子供たちや、恭子さんは?」

「ふん。何を開口一番聞いてくるかと思えば。そんなもの俺様の最恐最悪な能力で輪廻の先へお帰り頂いたに決まっているだろうが」

「あぁ、つまりはけっこう複数の人とかぶってるあの能力で一人一人を大切な人のところへ送ってあげたのでやんすね」

「いちいち事細かに解説するな! 台無しじゃないか!」



―――【願輪蘇生】。


指定したもの、人を関わりの深いものの所へアポートテレポートする、そんな能力。

戦闘には向かない、だけど実にご都合主義なその力を、ラスボスめいた雰囲気と中二病めいた発言により周りを勘違いさせ、ハッタリだけで乗り切ってきた彼。


大好きな親友にして生涯のライバルにすら、その虚勢、虚構を悟らせなかったのはたいしたものであったが。

それに法久が気づけたのは、やはりどこか似た者同士なところがあったからなのだろう。




「……って言うか、寿一さんってちょっと前に知己くんにあっさり返り討ちにあってなかったでやんすか?」

「フン、あれは残像だ。この俺様が特にこれといった活躍の場もなく退場だなんて、我慢ならんからな。それに、その……な。いつまで経っても帰ってこない迷子を探していてな。ここに在れば何かが解ると思ったのだよ」

「迷子、でやんすか。初耳というか、死んでも未練たらしくよみがえってきているのでやんすから、よっぽど大切な子なのでやんすんね」

「大切? ……何、俺様がわざわざ骨を折って手づから育てた(プロデュースした)弟子の一人にすぎんがな。俺様の貴重な時間を注ぎ込んだのだ。このままどこかへ雲隠れされてしまってはたまらんと思ったまでよ」



別に大切だとか、娘のような存在だとか。

『為昏』組のアイドルだとか、そう言うのじゃないんだからな、なんて。

おじさんの見苦しいツンデレはともかくとして。


法久がその時思い出したのは、『+ナーディック』としても更井寿一としても、彼らがプロデュースしたアーティストは後にも先にも一人しかいない、と言うことで。



「そう、なのでやんすね。その娘が……」


少なくとも、一度目は全ての原因であったのだと。

法久は悟ったわけだが。



「皆まで言うな。俺様の弟子に相応しい。ただそれだけの事よ。故にこそ易易と手放す訳にはいかないのも事実。……これから、正にこの場所に黒い太陽が落ちてくるだろう? あの子はあの子と黒い太陽はとみに関わりが深い。よって、同じく関わりの深い俺様が俺様自身の能力により、あの子の元へ導かれるのは必定、言う訳だ」


だから、この場に残って他の者を避難させたのは。

けっして善意から来るものではないと。

俺様の我が儘なのだと。

ようは、そう言いたいのだろう。



「であるからこそ法久。お前も還るがいい。俺様が送ってやろう。お前の大切な人の所へな」

「あー、その悪役でも何でもないセリフはアレでやんすけど、申し訳ないでやんす。

少なくとも、今ここにいるおいらは、おいらの大切な『ばしょ』は、どうやら奇遇にもここのようでやんすからね」

「……なんと、度し難い。難儀なことだな」

「寿一さんだけには言われたくない二重表現なセリフでやんすね」



二人は、そんなやりとりをして。

何とはなしに空を見上げる。


そこには、すっかり真赤に染まりきった、知らず世界が変容してしまった証拠となりうる『青空』が広がっている。

最も、二人の視界には、そんな事が瑣末に思えるくらいに存在を主張している黒い太陽が、手に届きそうなほどすぐそこに浮かんでいるのが分かって。



「……ふむ。正しく稀代の悪役に相応しき威容よ。次があるのならば、この俺様へと付いてきてもらいたいものだな」

「それはそれでまぁ、ありかもしれないでやんすねぇ」



天上天下唯我独尊な、ロックンローラーなおじさんが、それらをまとめて背負ってくれるのならば。

いつの時かこらしめて退治することに、躊躇いも憂いもないことであろう。



もしかしたら寿一が、本当の所似合いもしない裏ボス、悪役を求め続けていたのは。

そのためだったのかもしれないと。


夢にも思わなかったでやんすとぼやきつつもその実、深い深い地面の下で。

寿一の言うところの『次』のための準備を。

法久は、密やかに始めるのであった……。



            (第499話につづく)






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