第497話、それが今生の別れだなんて、きっとお互い信じないよ
「うぐぎぎぃ……でやんすっ。も、もうげんかいぃぃ」
「……苦労をかけるねぇ、法久くん。だけどほら、ようやっと見えてきたぞ。悪いけど、その砂浜のところに下ろしてもらえないかね」
知己を、頭の上にのっけるようにしてショートカット……海面すれすれをホバリングして移動していた法久。
運び進むのに夢中で気付かなかったが。
桜咲中央公園の周辺にある砂浜のところまでやってきていたらしい。
知己にそう言われて、法久が顔を上げると。
どうして浮いていられるのか不思議なほどに大きい黒い黒い太陽が、公園備え付けのスタンド上に浮かんでいるのが分かる。
「ふぅ、はふう。ようやっとついた、でやんすか」
法久は、それがどうしたって視界に入ってくるのを分かっていながら。
疲労困憊な様子でふらふら蛇行しながら、砂地へと不時着する。
「しあわせの青い鳥は、実のところすぐそばにいました……ってことかぁ。全く、よくできてるねぇ」
「……幸せ、でやんすかぁ。この期に及んでそう言えるだなんて、さすがでやんすね」
法久としては、これからの自分に巻き込むことのないように、大好きな人を拒絶したと言うのに。
法久は、少しの嫉妬と敗北感に打ちのめされつつも、転がすようにして知己を降ろして。
改めてスタジアム全体を見渡す。
「……ふむ。よくよく見るとおなじみの結界のようなものがスタジアムを覆っているみたいでやんすね。黒い太陽が落ちた時の影響を少しでも逸らす意味合いとともに、近くまで来ない限りあれを見つけ出すことができない仕様になっているみたいでやんす」
「ふんぬぐぅっと! ……うん。やっぱり、そうか。こうやって見えない所でずっと支えられて助けられてきたんだなぁ」
「おや、そんな勢い込んで立ち上がって。平気でやんすか?」
「なんとか、ね。一世一代の告白をするんだ。ふぬけている場合じゃないだろう?」
それまで、法久の助けがなければ動くこともままならなかったのに。
知己は自分にそう言い聞かせるみたいに。
格好つけて、何でもない様子で起き上がる。
事実、見栄を張っているからなのか。
それまで止まることのなかったお腹の血も止まっているようで。
「……本当は、さいごまで法久くんには見届けて欲しかったんだけど。よく考えたらそれって滅茶苦茶小っ恥ずかしいことなんだよなぁ」
「まぁ、おいらとしてもここに来てまでウマに蹴られて死にたくはないところでやんすが……」
「だろう? だから……お願いしてばっかで申し訳ないんだけど、あの結界を作って保ってる人たち、恐らく恭子さんと『あおぞらの家』の子供たちだと思うんだ。どうにかして、助けてもらえないだろうか」
「それは、おいらも気にかかっていたというか、やぶさかではないでやんすが、それが仮にうまくいったとして、維持してる結界がなくなってしまったら、世界は……」
黒い太陽の暴威を、人類どころか世界その物を壊しかねない力が無防備に解き放たれることになってしまう。
ただ、厳密に言えばその結界が最後の瞬間まであったとして、その『災厄』前にはほとんど意味をなさないだろうことも分かってはいる。
法久としては、単純に知己の覚悟を問うているのかもしれなくて。
「大丈夫。一度目の時のようなことは起こらないさ。一度目は我が身可愛さに躊躇っちゃたけど、今回は何が何でも止めて見せるから」
一度目の黒い太陽が落ちた時に。
ただただ傍観することとなったのは。
可愛がっていたわんこのしわざによりそのことを忘れてしまっていたから。
だけど、知己はけっしてその原因を彼女に押し付けることはなかった。
刺され害され、ここに来ることすら叶わなかったかもしれないのに。
それもこれも全て己の甲斐性だとでも言わんばかりに笑ってみせて。
「相変わらずのお人好しというかなんというか。つくづく知己くんがかわいいものと幼気なものに弱いって思い知らされたのでやんす。それに付き合っちゃうおいらもたいがいでやんすけどね。……うん。そこまで言われたのなら、了承でやんすよ。
こんなこともあろうかと、待機していたダルルロボを総動員して、なんとかかんとかやってみるでやんす」
「……あぁ、よろしく頼む」
ロボット顔なのによくよく分かる、全くしようがないでやんすねぇ、なんて。
法久のいつもの笑顔。
知己は、それにひとつ頷いて。
特に別れの挨拶などもなく。
むしろ今生の別れだ、なんてことは微塵も感じさせない、いつもの二人の作戦を立てるみたいに。
また後で、とでも言わんばかりに。
何でもない様子で、二人はその場を離れていく……。
(第498話につづく)
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