第55話、『もうひとりの自分』が見上げるものは……


本人のあずかり知らぬところでそんな思惑が交錯していることなど知る由もなく。


知己の元にしばらくして、そんなスタック班(チーム)からの連絡が入った。

それは言わずもがな、阿蘇敏久の件に関しての報告だった。


一騒ぎあったが、姑息な手段とはいえ何とか落ち着いたという報告に知己は安堵する。

文字通り未だ安心できる状況ではないが、後は勇たちの報告を信じて待つしかない。


その間にできるだけのことはやっておこう。

知己はそう考えていた。

  



「てなわけでっ。己たちネセサリー班(チーム)は本日桜咲町で行われるチャリティーライブに向かうぞーっ!」

「ライブ?」

「らいぶってなんのことですか?」


携帯で電話していたと思ったら、すぐさまそんな言葉を玄関エントランスに木霊させる知己に。

カナリは訝しげに、ちくまは不思議そうに言葉を返す。



「何だジャリども。ライブも知らないのか?」

「知ってるわよ、わたしは。そんなことより、何で急にライブなの?」

「何でって『ネセサリー』としての仕事のオファがあったからに決まってるじゃないか」


わたしは知ってるとひそかに強調しつつ、もっともな事を聞くカナリに対し、答えになっているようで答えになってないような言葉を返す知己。



「そうじゃなくて、今それどころじゃないんでしょ? それにそもそもわたしはその『ネセサリー』とかいうバンドに入った覚えはないし」

「そんなん己だって知ってるよ。ライブに出るのは己と法久くんだけさ。お前たちには己たちのライブを鑑賞でもしてろって感じ?」


カナリが攻撃的なせいか、どうも知己も口調がぞんざ。になる。

まあ、カナリに合わせてわざとからかっているという説もあるが。


「だから、そういう意味じゃなくてっ、パームのこととかはどうするのって話!」


カナリは内心、こいつはっ! と拳を握り締める。

やる気があるのかないのか、カナリはいまいち判断できなかった。

  


「あの。それで、らいぶって結局なんなの?」

「お客さんの前で歌を歌う、楽器を演奏する。ダンスをする。他にはお笑いや芝居なんかもあるでやんすね」


その間に、呟いたちくまの問いに答える形で法久は簡潔にライブについてを解説する。


「えっと。それってつまり……ジョイみたいに?」

「ま、そうだな。大体は金を取るが、似たようなものだろ。客と歌い手が一つになる一体感……それはまるで夢のようだbyともみんって感じか?」

「だからともみんはやめろって……いきなり会話に参加しないでください、ややこしい」


知己のふり? をして、ちくまに答える今日も今日とてお見送りの榛原に、しっかりぼやきを入れる知己。



「ふーん」

「なんだよ、その『夢だって? 恥ずかしげもなく何言ってんのよっ』って顔は?」

「別にそんな顔してないもん」  


ただ、なかなか深いことを言うんだって考えてただけだったのに。

何だか同じ頃に入ったというちくまと比べて、自分に対しては随分当たりがきついんじゃないのとカナリは思い、心外だとばかりに膨れてみせる。

  


「ま、それはともかく、お前もそうしてると結構違って見えるよな?」

「……ん? 髪型のこと?この方が動きやすいと思って」


かと思えば、いきなり変わる話題。

本当は、知己がちょっときつく当たるのも、そのリアクションが面白可愛いとか、しょうもない理由なのだが、カナリ本人がそんなこと気づくはずもなく。

戸惑いながらも思ったままのことを口にする。


カナリは今、その膝裏まで届く長い黒髪を後頭部に纏めて動きやすいように一つにしていた。

いわゆるポニーテールという奴だが、動きやすいというのはもちろん、それはもともとカナリの本来のスタイルでもあった。


最初に会った時は寝起きのままに近かったから、なんてことは流石に言えるわけもなく。



「何か、初めて会った時より元気そうに見えるよ」

「うなじの辺りがグッドでプリティでやんすねっ」

「うむ。これはあなどれん。新たなライバルの出現かもしれんな」

「……えっと」


女性が髪型を変えた時は、とりあえず褒めるのが男のマナーである。

なんてものがあるかどうかはともかく。

気づかれないのはそれはそれで悲しいが、そこまでリアクションされてもって感じで、ただただ狼狽の色を深めるしかないカナリだった。

しかも、先の二人はともかく、榛原の言っていることはいまいちよく分からない。

このリーダーありてこの会長ありということだろうか。



まだカナリが自らの名前を冠する屋敷に来たばかりの頃。

何度か見たのことのある人物で、その時からなんとなく他の人とは格が違うとは思っていたが……。

嫌な方法に改めてそれを実感するカナリであった。




そんな榛原からそれとなく視線を外すと、何となく知己と視線があってしまう。

そしてその行為が不覚にも、あなただけコメントもらってないんだけど的なアクションであることに、気づいたときにはもう後の祭りで。


「いいんじゃないの? 動きやすいってのは。最初に見たときはそれこそ貞子かよ!って感じだったもんなあ」

「……誰よそれは?」

「ああ、そっか。このネタは通じないか。ま、そのうち機会があったら教えてやろう。んじゃ、そんなわけでここで話しててもしゃーない。早めにライブ会場に向かいますか」


ちくまのことはあんまり言えないな、自分も外の世界で知らないことは多い。

テレビは見ていたはずなのに……なんて事をカナリは考えて。

そう言えば最初の疑問がまるで解決されていないことに気が付く。

危うく流されるところだったと。



「だから、何でライブなの?」


それが任務だというのなら行かないわけにもいくまいが。

もうちょっと自分に分かるように説明して欲しいとカナリは思わずにはいられない。

むしろ、何も知らない風であっけらかんとしているちくまがちょっと羨ましかった。

色々と記憶の欠落しているカナリにとって、知らないでいるということは十分不安の材料なのだから。



「昨日言わなかったっけ。お前らにカーヴとはそもそも何なのかって話したろ?」


そんなカナリの気持ちを汲んだかどうかは分からないが。

知己は反芻するように答える。


「それは聞いたけど」

「これからそれを教えるのさ。ライブでな。まあ、ほかに今回のライブに参加する理由としては、己たちの本来の任務である『もう一人の自分』について調べる……ということも含まれている。それが未来と関係しているものだと分かって以降はあまり進展がなかったからな。会場でそれを見た人を探して、新たな情報を得たいと思っていたんだ。……それとまあ、一案あってな。ひょっとしたら、パームの奴らが釣れるかもしれないんだよ」


説明するのが好きなのか、何かをこうやって訊くと、知己は変に饒舌になる。

そこまで詳しく説明されれば、カナリも分かったと頷く以外に術はない。

ただ、パームに件に関しての言葉だけは、知己のその表情がわずかに翳ったような気がしたが……。

  


「てなわけで、出発!」

「おーっ、でやんすっ!」


しかし、そんな翳りも一瞬で霧散してしまうのだった。

まあ、いつもしかめ面でいるからあまりよく分からないというのが正直なところだろうが。





            ※      ※      ※





それから。  

世界の危機を救うといったご大層な名目を持ちながらもそのメンバーのうち半分が初体験であった電車に揺られて。

知己たちが目的地である野外ステージを中央に構えた桜咲中央公園に辿り着いたのは、お昼を回った頃であった。



「外の世界っておそろしいね」

「そればっかりは激しく同意かも」


ちなみに普通に行けば一時間とかからない場所である。

それが3時間以上も経過しているのはどういうわけか。

二人して同じような疲労困憊の顔をしたちくまとカナリには、よく分からない……いや、理由ははっきりしているのだが、あまり思い出したくないのだろう。



最初こそ初めて乗った電車にわくわくしていた二人だったが。

そんな余裕がなくなったのはそれからすぐのことだった。

乗ってすぐの頃は、何かたくさんの人に見られている気がするな、程度だったものが。

ある時、ネセサリーのファンらしい女性が知己に握手を求めてきたとたんに爆発したのだ。


そう、まさにそれは爆発。

堰切ったように知己に握手を、サインを、写メールを求める老若男女の人たち。

まさか知己がここまで有名人だったとは、二人は思ってもみなかったのだ。


序盤は、もみくちゃにされ席を奪われたりしただけだったが。

やがて一緒にいるちくまやカナリにも矛先が向けられ、そこで知己がネセサリーの新しいメンバーだとのたまうからさあたいへん。


特殊な環境にいたちくまとカナリでなくても、短時間でこれだけの人と接することはないだろうというくらい、見知らぬ人とコミュニケーションをする羽目になってしまった。


それは、電車を降りて会場へ向かう道すがらでも続き。

尚且つ知己がいつもの顰め面な口の悪い様子を微塵も感じさせず、にこにこ営業スマイルを浮かべながら来るもの拒まず状態であったから、必然的に歩みが遅くなり、ファンの人はどんどん集まる一方で……。


二人が、この男(ひと)=知己は一般の交通手段を使ってはいけない人種だと、しみるほどに学習した時。

会場のスタッフに助け出され、ようやく野外コンサート場に控室に辿り着いたわけなのだが。



「知己さんて、移動のときはいつもこうなわけ?」

「はは。さすがにしょっぱなでこれはしんどかったか。ちょっとサービスしすぎたかな? プライベートの時や、純粋に『喜望』の仕事の時はオーラ消してるから、誰にも気づかれないんだよなこれが」

「……あはは」


嘘だろう? と二人は思った。

右を向けば右がてんわわんや、左を向けば左が大騒ぎのスターが、どうやって誰にも気づかれないでいられるのかと。

もしかしたら普段は誰も近づけないくらいにアジールでも展開しているのだろうかと、ちくまは本気で考えてしまう。



「まあ、おいらが表に出てたらあんなもんじゃきかないでやんすけどね」

「……法久さん、ずるい。そんなこと言ってわたしたちがひどい目にあってる時も、ずっとリュックのままだったくせに」

「リュックの法久さんが羨ましいと思ったの、初めてだよ」


実際のところ誰の目にも見えるロボットなファミリアの法久が出てきたら確かにただではすまないだろうが。

そんなちくまの言葉通り、ここに来るまでの一連の苦労をちゃっかり回避しつづけた法久は、さすが世渡り上手といったところだろう。



「ま、これも貴重な経験ってことで。おかげさまで本来の目的の一つも達成、とまではいかないが、中々いい情報を得られたしな」

「え、何の事?」

「『もう一人の自分』のことさ。せっかくみんなが話しかけてくれるんだ、これほど有用な情報収集の手段を使わない手はないだろ?」

「いつの間にそんなこと……」

「すごいな知己さん。僕、全然気がつかなかったよ」


やけに知己が一人一人と会話していると思ったら、それはただのリップサービスやファンサービスだけではなかったらしい。

カナリは呆れと驚きを通り越して脱力し、ちくまはただただ感動に打ち震えていて。



「んじゃ、そんなお二人にも分かった事を教えてやってくれ法久くん。記録は取っててくれたんだろ?」

「もちろんでやんす。伊達にリュックに擬態して慌てふためくちくまくんやカナリちゃんを見てたわけじゃないでやんすよ~」

「「……」」


二人がなんとも言えずそろって言葉を失ってる間にも、法久はいそいそと『もう一人の自分』について得た情報を解説しだす。



それは要約すると。


1、『もう一人の自分』が未来を示すものであることを証明するように、身に付けた衣服、アクセサリー等もそれに反映している。(持っていないものを身につけていた、というケースが多く、中にはまだもらってないはずの婚約指輪を自分の『もう一人の自分』が身に付けていて、相手の気持ちを知ることができた、などという人もいた)


2、カナリがジョイに絵を託したように、本人であるならば、『もう一人の自分』が持っているものを持ち外しができる。


3、『もう一人の自分』を見つけた場所の大半は、その本人が日頃よくいる場所であるらしい。(社会人は職場、学生は学校のクラブ棟やグラウンド、体育館etc、主婦は台所が多い)


4、『もう一人の自分』に他人が重なったりその後ろにいた場合、その『もう一人の自分』の本人のみその人が見えなくなる。


5、3と通ずるところがあるが、『もう一人の自分』が身に付けている時計はどれも16時3分を必ず指している。


6、誰に聞いても、今の自分と『もう一人の自分』はさほど変わらない身体的特徴(髪型や、その長さなど)をしており、『もう一人の自分』の示す未来はそれほど先ではない。


7、そして最後に、その『もう一人の自分』の約半数が上方……同じ方位と思われる方向を向いている。




……となる。




「同じ方を向いてるんですか? それってその方向になにかあるのかなあ」


そう、ちくまが法久の話を聞き終え呟いた事が、今回得た『もう一人の自分』に関する情報の中でも一番大きなものだった。

「何があるのかはわからないでやんすが……」

「その『もうひとりの自分』たちが向いている地点を収束させた先あるものって、なんだと思う?」


そんな知己の焦らすような問いかけに、カナリもちくまもただ首をふるしかない。



「それはな、今いるこの場所……桜咲町さ」


そう言って微かに渋みの含んだ笑みを浮かべる知己。



「それじゃあ。この町のどこかに何かが?」

「あるかもしれないし、ないかもしれないな。別に全部が全部そっち向いてるわけじゃないしな。ただ、ここにいればもっと何かが分かるかもしれない」

「……」



それが何かは、カナリには見当もつかなかったが。

今までの流れからして、それはこの世界にとってあまりいいものではないんだろうなと。

そんな予感だけは、どうして止められそうもないカナリなのだった……。




             (第56話につづく)







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