第135話、過去と未来に交信する男、助言する



塩崎克葉の能力。

世界をも凍りつかせるその力は、空を中心に広がっていることが麻理にも分かる。


もうすでに、手足の感覚はなくなってきているが。

自分たちが凍りつくよりも先に、空が降ってくるほうが先なんじゃないかって、そう思えるほどに。



こんな状況で、自分は何をすべきなんだろう?

この力の使役者である、克葉を止める?

 

でも、自分の能力のことさえよく知らないのに、それは無理な相談だろう。

麻理は、必死に必死に考えて。

賢に渡された、黒い輪っかのことを思い出した。

緊急脱出用に渡された、賢の力そのもののことを。


これを使ってこの場だけでも。

そう考えた麻理であったが。


そんな思考は。

どこか強い意思を秘めた、なにかの決意を宿した瞳を向ける、瀬華によって中断された。




 「……麻理、よく聞いて。賢にもらったアイテム、あれを使って。隙は私がつくるから」


どうやら瀬華も、似たようなことを考えていたらしい。

だが、それは似てはいても、まったく意味合いの違うものだった。



「え? そんなの駄目だよっ、だったらわたしが……」

「麻理、かっちゃん止められる?」

「それは」


まさしく麻理が危惧していたことはそれだった。

そっと様子を伺ってみるが、自分たちの会話を聞いてはいるはずなのに、克葉には反応がない。


ただ、世界が終わるのを待つように空を見上げている。



「実はね、私にはとっておきがあるの。ずっとずっとみんなに隠していたけど、このとっておきを使えば今までの私たちじゃいられなくなる。そんな大事なこと、賢や正咲のいない所で、麻理だけに教えちゃうわけにはいかないでしょ? ここは私に任せて。……あとで、絶対に説明するから」



だから自分だけ逃げろと、瀬華はそう言いたいのだろう。

言いたいことが理解できないわけじゃないが、納得できるわけがなかった。


そう言う瀬華は笑顔は、うそつきの笑顔だったから。


何故だか麻理には、それがわかってしまった。

麻理の能力である思いをつなげる力が、その一瞬だけ発動したのかもしれない。


 

瀬華に自身を犠牲にする覚悟があるのだと、それが分かってしまったら。

やっぱりその言葉に頷くことはできなかった。

 

かといって、ここに残って自分に何ができるだろうと、そうも思うのだ。

ここにいても、瀬華の迷惑になるだけじゃないのかって。


再びせめぎ合う、二つの感情。

動かない身体。



それはどのくらいの時間だったのだろう?

麻理にはひどく長く感じられたが、実際はわずかな時間だったのかもしれない。



しかし、ピークに達する感情のせめぎ合いは。

あさっての……麻理の心にまで語りかけてくるかのような、第三者の言葉によってかき消された。




『もしもしー。こちら、みんなのナイスガイ、聞こえますか、どうぞー』

「……えっ?」


いきなりかけられたその言葉。

思わず驚きを声に出してしまった麻理だったが。

さらに驚くことが、目の前で起こっていた。


瀬華も、克葉も、世界すらも。

本当に凍りついてしまったかのように、止まっていたからだ。


それはまるで……。




「時間が、とまって……?」

『その通りっ。理解が早くて助かるよ。何しろ、あまり時間がないからね』


やっぱり、心にダイレクトに届くような声だった。

けれど、その本人の姿が見当たらなくて麻理が視線を彷徨わせていると。

それまで持っていた瀬華のぬいぐるみがぴかぴか光り出し、ひとりでに浮かび上がった。


ちょっと前まで光の灯らないビー玉のようだった瞳が、パチン、とスイッチでも入ったかのように、感情の色を灯す。




「そこに……いるんですか?」

『ああ、そうさ。久しぶりだね、竹内麻理さん。本当なら、久方の邂逅を楽しみたいところなんだけど……三年もたてばオールドタイプはオールドタイプなりに進化してるらしい。アクセスするのに、大分苦戦させられてしまったよ』

 


その姿はぬいぐるみのままだったが。

その、麻理には難しい言い回しは、確かに一度会ったことのある、『あの人』のものだった。

 

突然のことで、言いたいことはたくさんあったはずなのに。

麻理はすぐ言葉が出なかった。

 


それを気づいているのかいないのか、『あの人』はそのままの軽い調子で言葉を続ける。



『さて、そんなわけで、やっとこさここにやってこれたわけだけど。まず一つ。パーフェクト・クライムの正体を知ること……それはうまくいったみたいだね?』

 

まるでそのシーンを見ていたかのような、一応の確認をするだけのような言葉。

 

麻理は、そんな言葉に。

自分の感情をせき止めていた何かが壊されたかのような気がして、思いのままに口を開く。



「だけどっ! わたしっ……思い出せなくて! それに、わたしそのせいで狙われてるんです! だから賢ちゃんも瀬華ちゃんも正咲ちゃんも危険な目にあっちゃってっ……」

 


本当に、この人のことを信じてよかったのだろうか?

麻理が感じた、初めて人を疑う気持ち。

ぬいぐるみの中にいるその人物は、ただそれらを全て受け止めるかのように黙って聞いていたが。




『……思い出せないのは、竹内さんの心がそれを思い出すのを拒否してるからなんだろう。パーフェクト・クライムに対する恐怖に飲まれたんだと思う。だけど、大丈夫。竹内さんが見たこと聞いたこと、ちゃんと過去の俺が、受け取ったから』

 

しかしあっさりとそう返してきた。

それは、自分のことを語ろうとしなかった『あの人』の、初めて聞いた『あの人』に関することだった。

 


「過去ってことは……」

『ああ、今の俺は、この世界の未来からアクセスしてるんだ』


いとも容易く、驚愕に事実を述べる『あの人』。

冗談だろうと、一笑に付すにはあまりに荒唐無稽な言葉だった。



『だから……だから、俺は知っているんだよ、竹内さん。パーフェクト・クライムのことだけじゃなく、《パーフェクト・クライムを探すコト》を、俺が竹内さんにお願いしなかった、その場合の未来をね。……確かに、こうしてパームの人たちに追われることはなかっただろう。でも、《あの日》失った思い出を取り戻すことも、《約束》を果たすことも叶わなかった。それがどういう意味か、分かるだろう?』

「……っ」

 


やわらかく諭すようなその言葉に、麻理は何も言い返せない。

全て、その言葉通りであるならば。

今頃、何も知らないままで、命すら失っていただろうからだ。

責めるような感情をぶつけてしまったことに、麻理は後悔する。



「ごめんなさい、わたし……」

『あやまることじゃないさ。疑うこと、疑念を持つことは人に与えられた特権だからね。だいたい、こんな名も名乗らない得体の知れないやつにいろいろ言われて、疑わないことのほうがどうかしてるよ。自分で言うのもなんだけどね』


謝る麻理を制するようにそんなことを言い、苦笑する雰囲気が伝わってくる。



『だから信用を勝ち取るって言うと何だかおこがましいけど。俺は……竹内さんが、今の状況を打破するための策を教えようと思うんだな、これが』

「なんとかなるんですか!?」

『ああ、別に策ってほどのことでもないけど、竹内さんがもともと持ってる能力のことを知ればいいんだ』

「わたしの能力?」


自分の中にある、カーヴの力。

それを、知っているらしい。

それは、『あの人』が未来から来た人、だからなのだろうかと麻理は思う。

この状況を……瀬華を助けられるのなら、それはぜひ知りたいことだった。



『そう。最初に俺が、竹内さんと会って、パーフェクト・クライムを探すのに使った力……それを使えばいいんだ」

「え?」


言われ、思わず首を傾げる麻理。

何故なら、その人の体の……意識の中に入る力は、こうして目の前にいる『あの人』からもらったものだと思っていたからだ。

 

すると、『あの人』は、それにも気づいていたかのように。



『俺はね、あの時もそれを教えただけだよ。最初からあれは、竹内さん自身の力だった。だからきっと、この場だって竹内さん自身の力で切り抜けられる』


そう、言い切った。

未来から来たということを、証明するかのような……断定口調で。



「教えてくださいっ、お願いします!」


だから麻理は、それを信じた。



『もう時間がないから、手短にね』

 

それに、満足そうに答える『あの人』。


麻理はしっかりと頷いて。


それまで片足を踏み入れていたこの『世界』に。

完全に入り込んだと自覚したのは。

 

まさしくその瞬間で……。



              (第136話につづく)







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