第136話、深花の真価と、本物と見まごうばかりの紅
自分がこの世にもういないことは、いつか話さなくちゃいけないことだから。
こうなること……瀬華には初めからわかっていたことではあった。
知己を呼び戻すこと。
まだそれを自分から伝える勇気がない。
だから瀬華は、麻理を先に逃がすことを選択したわけなのだが。
「早くっ、麻理っ!」
再度呼びかけるも、なんだか麻理の様子がおかしい。
こっちを見ているはずなのに、見ていないかのような……一瞬の虚ろ。
その一言だけでも、視界が白く染まるくらい冷え始めた世界。
その寒さにどうかなってしまったのかとも思ったが、すぐに麻理の瞳はその輝きを取り戻した。
「瀬華ちゃん!」
「ま、麻理?」
いや、むしろ先程よりもそこに宿る強い意志からくる輝きが強くなっているかのように見えた。
名を呼ばれうろたえる瀬華に、麻理は続ける。
「わたし、逃げないよ! 瀬華ちゃんと一緒に戦う!」
その言葉にはなんだか自信が溢れていた。
今にも世界が凍り付こうとしているこの状況でのその態度に、瀬華は狼狽の色を増すしかなかった。
どこか、やけになっているようにも見えたからだ。
「麻理、何言って……」
「瀬華ちゃん! わたしに、任せて!」
「う、うん」
有無を言わさない麻理の言葉に遮られ、瀬華は思わず頷いてしまった。
初めて見る麻理の姿。
この真新しい感覚は、麻理の家から脱出した時からの賢と、同じ印象だった。
まるで生まれ変わったかのような……そんな感じがした。
説明をそれ以上している暇はなかった。
だから、麻理は瀬華が頷くのを確認すると、能力を発動する。
『あの人』に教えてもらった、自らのカーヴ能力を。
「―――【観世悟心】ファースト! ……入〔イル〕っ!!」
それは、『パーフェクト・クライム』を捜す時に使っていた、人の意識の中に入り込む力だった。
力ある言葉を紡いだ瞬間。
麻理の意識(魂)は、薄紫のアジールの奔流とともに、麻理の体を抜け出す。
主を失って、倒れ伏す麻理の身体。
瀬華が慌てて抱えるのが見える。
その説明くらいはしておけばよかったとも思ったが……
とにかく麻理は意識体となって、世界が凍ってゆくさまを見つめ続けているかのような、克葉の身体の中に入り込んだ。
するとどうだろう。
いきなり視界が切り替わり、今までいた氷一色に染まりつつある世界とは、
別のところにいるのだと気づく事ができた。
全体的に赤黒い、生き物の中にでもいるかのような、そんな場所。
「どこだろう……ここ。それに、いつもと違う」
無事に中に入れたらしいことは分かったが、麻理はその場の異常に気がついた。
麻理の能力、【観世悟心】のヴァリエーションその1、入〔イル〕は。
『あの人』によれば人に憑依することのできる力、らしい。
入るだけで、入った人に干渉することはできないが。
そのものの視点と同調ができ、そのものの考えていることがわかるようになる。
だが今は、克葉が見ているはずのものも見えないし、その心の声も聞こえなかった。
それの意味する所はなんなのか。
この場所はなんなのか。
麻理は考えて……もっと、この人の心に近付いてみることにした。
「【観世悟心】、セカンド!……融〔ユウ〕!!」
相手の心に深く深く入り込み、相手を操り、度が過ぎて入り込みすぎれば、相手の精神をも破壊しかねないその力。
黒い太陽が落ちたあの日から。
コントロールできなくて暴走して、みんなを怖い目にあわせてしまった力だった。
できれば二度と使いたくない力だったが。
何事も使いようだと。
タイトルとフレーズ、カーヴの術式をしっかり理解して、カーヴ能力の枠組みの中で使えばいいのだと、『あの人』から念を押されるように言われていた。
この世の超常の力は、そうすればいちカーヴ能力として、コントロールできるらしい。
その確認のためにも、この力を上手く使ってゆくためにも。
この力をここで使うことは必要だと、麻理は思ったのだ。
と。
意識体である麻理が、この心に溶け合い沈みこんだ……その瞬間だった。
―――我、主ノ命ヲ、遂行スル……。
ただ一言、そんな強い意識が伝わってきたのは。
※ ※ ※
麻理が能力を発動して、倒れこむように気を失ったのはすぐのことだった。
「……っ!」
瀬華は、慌てて麻理を支える。
瀬華と同じ、魂の移動を行うことのできる能力なのだろう。
おそらく、今、麻理の魂は……
「ん? なんだっ? 身体が、動かっ」
それまで、こちらから顔を背けるようにしていた克葉は、急に苦しみもだえるような仕草をする。
そして、そのまま壊れたラジオのように言葉を失い、棒立ちになった。
おそらくは、麻理が何かしたのだろうが。
「ギャアアアアアアッ!」
「……っ!?」
克葉の声とは思えないその絶叫に、瀬華は瞠目したが。
克葉の身体に、さらにありえない変化が起こって、瀬華は思わず声をあげてしまった。
「何!? あれっ」
まるで沸騰しはじめたかのように、全身をぼこぼこと蠕動させる克葉の身体。
それが、だんだん血のように赤く染まりだしていって……。
麻理はいったい何をしたんだろうと、ぞっとしない思いを抱いていると。
そんな麻理の瞳がぱっと開いた。
どうやら、帰ってきたらしい。
そして、瀬華を視界に捉えると起き上がって叫んだ。
「瀬華ちゃん! あの人、偽者だよっ。 克葉って人じゃない!」
「ガァアアアアアッ!!」
言う通り、そこにはもう……克葉の姿は跡形もなかった。
赤黒い人の形をした粘土細工のようなものが、咆哮している。
それは、正体が知られてしまったことに気がついたのか、それからすぐに猛然と向かってきた。
「瀬華ちゃん!」
「分かってる!」
自分が、悔しかった。
あんな異形と克葉を間違えていたことが、許せなかった。
冷静になって考えてみれば、不審な点はいくつかあったのだ。
落とせると思った一撃に痛がりもせずにいたこと。
赤黒いなにかから、そもそも生まれてきたこと。
克葉らしくない行動と言動。
だけど……ありえないはずの克葉がここにいるというのを認識した時点で。
瀬華はすでに相手の術中にはまっていたのかもしれない。
相手を克葉だと完全に思い込み、どこか刀を向けることに躊躇いがあったのも確かで。
「【魂喰位意】サード! ……奥義・哭靂風姫っ!」
瀬華は叫ぶように力ある言葉を発し、駆け出す。
地面すれすれの下段に構えた剣。
それは一見……何も変化は起こっていないように見えた。
「はぁっ!」
だが、そのままの流れで瀬華が剣を薙ぎ上げると、その刀身が消えた。
麻理には、瀬華が柄だけを握っているように見えたが。
その消えた、見えない刀身が赤黒い異形に届いた時……それは起こった。
ミシッ。
何かに、亀裂が入るような、そんな音がして。
瞬間。異形の身体に、薔薇を模したかのような螺旋を描く傷跡が刻まれたのだ。
「はあああっ!」
そして、中ほどまで達していた見えない刀身を振りぬくと。
その衝撃を追いかけるように、異形は中空に投げ出され……
ボンッ!!
破裂するように、細切れになって散ってゆく。
それはまさに一撃必死、圧巻の一刀で……。
(第137話につづく)
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