第143話、優しいまま何も変わらず、変われないのは私だけ
マチカ、灰になって消えていく大一を。
離れたところでコウとヨシキに支えられながら、自分を重ね見ていた。
もうすぐ、自分も同じ道を辿るのだろう。
そのことに対しての悔いはないが。
それでも今、こちらに向き直り、やってくる賢や奈緒子に対しての言い訳が思いつかなかった。
今までのように自分勝手に、相手のことを省みない『悪役』として、黙って消えるつもりだったから。
(大丈夫ですよ、マチカさん。オレたちにいい考えがありますから。な、ヨシキ)
(……ああ)
と、突然頭の中に聞こえる耳慣れた声と、珍しいけどよく知っている声。
マチカははっと顔をあげると、何か悪巧みでも思いついたかのような、コウとヨシキの笑顔がそこにあった。
コウとヨシキのいい考え……マチカには分からなかったが。
元を正せば、自分自身の考えでもあると言える。
だから信じられる。
そのことに勇気付けられ、マチカが改めて賢を見やると。
賢は何か迷ったようなそぶりを見せた後、おもむろに口を開いた。
「大丈夫とね、マチカ? コウもしゃくちゃんも」
「大丈夫じゃねーよ、ボケ。せっかくオレらが体張ってンのに、お前は守るもんほっぽり出して、こんなとこで何やってんだよ?」
「……そんなの決まってるとね。ここにも守るものがあったからばい」
「そうかよ。じゃあ、はい。守られました、ありがとー。ほれ、ここは終わったぞ。さっさとお前はお前の守るべきものを守ってこい」
二人の言い合い。
コウの言葉はあっけらかんとしていて、それでも真剣で。
その時マチカは悟った。
このまま予定通り、『悪役』らしく黙って消えるんだろうと。
「だけど! お前たちはどうすると? そんな怪我で……」
しかし、麻理たちを優先してきたはずの賢は、何故かその言葉にも折れなかった。
何かを言いかけて、言いよどむその仕草。
マチカはその意味を考え、やがて気づく。
トリプクリップ班として過ごした、賢のふりをしていた、まゆ。
この夏の忘れていた心を取り戻した、賢。
でも、そんな賢は今目の前にひとりしかいないことに。
それはどういうことなのか、マチカは知りたかった。
何故なら……何故ならそれは、マチカにとって重要なことだったからだ。
でも、それでも。
マチカの口から付いて出たのは、別の言葉だった。
多分、答えは分かりきっていて。
それでも決定的な証拠を、突きつけられたくなかったから。
「平気よ。そもそも追われてるのは私たちじゃないって何度も言っているでしょ。まあ、これ以上戦えそうにないから、ここは大人しく家にでも帰っているわ。良ければ、奈緒子もね。家の中ならここにいるよりは安全なはずだから」
マチカはそれを聞かないことにした。
今の自分にとってはすでに手遅れで意味を成さないから。
それが、せめてもの償いになるような、そんな気もしたから。
「だ、そうだ。だからお前はさっさと行っちまえ」
「……」
付け足すコウに、賢は何も言い返せない。
マチカの言っている言葉はまさに正論で、賢はそれを受け入れるのが当たり前だったからだ。
でもそれはあくまで、賢が『マチカのしたこと』を知らない前提の上でである。
だが賢は、その知るはずのないことを知ってしまっている。
それを口にすることができない以上、賢にはやはり何も言えなかった。
かといって、このままマチカを置いていける程の決断力は賢にはなく……。
もう、どうしようもなく、お互いに窮地に立たされた時。
ふいに口を開いたのはヨシキであった。
「……大丈夫だ、賢。俺たちは、あの『ヒーロー』にはならないって決めた。……だから、大丈夫」
その言葉は、たぶん言われた賢にしか分かりえない、暗号のようなもの。
普段口を開かないヨシキだからこそ、深く大きな意味を持つ、魔法の言葉だった。
かつて……それはまゆの記憶にあったもの。
まゆは深花の『命と引き換えに一つ願いを叶える』という力のことを否定した。
誰かの命と引き換えに叶えられる願いなど、救われる世界など、いらないと。
なのに、それはなされようとしている。
皮肉にも、賢自身の意思と行動によって。
しかしヨシキは大丈夫だと、そう言った。
その言葉がヨシキが発したものではなかったら、根拠のない気休めだと、そう思ったかもしれない。
だが、ヨシキがその言葉を口にしたのならば。
そこには何か意味が、気休めでない根拠があるような気がして。
「大丈夫……か。わかったばい、しゃくちゃん。信じるとね」
だから賢はそう言って頷き、どこからともなく黒い輪っかを取り出す。
「……じゃ、行ってくるばい。七瀬をよろしく頼むとね」
そして、そう言い残すと。
先ほどまで渋っていたのが嘘のように、あっさりと姿を消してしまった。
「……随分、あっさり行ってしまいましたね」
誰に言うでもなく、一人ごとのように奈緒子が呟く。
それは、マチカも同感で。
「一体、どんなカラクリを使ったの?」
「……」
思わずヨシキにそう問いかけるが、ヨシキはマチカを見つめたまま、何も答えない。
二人が自分の分身であるはずなら、その真意がわかってもいいはずなのに。
それが分からないのは、どこか不安が募る。
さっきは、コウの『いい考え』と言う言葉を信じたけれど。
まるで何かをたくらんでいるかのような……しかもそれが自分に対してのものだと、そんな気がしたからだ。
マチカは思わずむっとなり、今度はコウに視線を向けると。
まるでそれを待っていたかのように、口を開いた。
「大丈夫ってのは、言葉通りっすよ、マチカさん。マチカさんは、この世界から消えない。それが分かったから、あいつも行ったんすから」
「……どういうこと?」
分からない、コウの言っていることが。
マチカが訝しげにそう問いかけると。
コウはヨシキと目配せし、ちょっと失礼と声をかけてから……
コウはマチカの右手を、ヨシキはマチカの左手を取る。
「な、なに!?」
びくりとして目をしばたかせるマチカに、二人は満面の笑みで返した。
それは今まで見たことのない、まぶしすぎて、儚くて、どこか不安さえ覚える二人の笑顔。
「誰の命もひきかえになんかならないんですよ。だって、もともとオレたちの命は、マチカさんの命なんスから。なぁ、ヨシキ?」
「あぁ」
そう言われて、笑顔を受けて。
手のひらのぬくもりを感じて、マチカは気付く。
二人が、何をしようとしているのかを。
「―――また、いつか『呼んで』くださいね、マチカさん」
「やめっ……っ!?」
やめなさい!
そう叫び終わる前に、もうそこに二人の姿はなかった。
最初から二人はそのつもり、だったのだろう。
だから大丈夫だと、そう言ったのだ。
「……バカね」
それは、自分に言ったのか、そうでないのか。
マチカは、再び息を吹き返したかのような自分の鼓動を感じながら。
涙を一つこぼし、そう呟いたのだった……。
(第144話につづく)
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