第142話、『黒夜白夜』が奪い、生み出したものは……
気付けば大一は、夏の気配のする、現実世界へと戻ってきていた……。
ふと、強い風が吹き、大一の身体が灰のようにぼろぼろと崩れだす。
ああ、負けたのだと。
大一は納得してしまった。
異世で倒され、それまで大一の命を繋いでいた『パーフェクト・クライム』からの力の供給が途切れたのだろう。
こうなれば、後は風に流され消えていくのみだ。
この意識も、そのうち大気に溶けるはずだった。
と……。
「お父さん!」
信じられない声を聞いた気がして、大一は顔をあげる。
そこには、『娘の奈緒子』がいた。
人質になっていたはずの娘が。
「お前! 無事だったのか?」
「うん、母袋くんに助けてもらったから……」
そう言う奈緒子に大一が視線を上げると、少し離れたところにトリプクリップ班の面々が立っている。
目のあった賢は、笑顔でVサインなんぞしていた。
実のところ、大一が『そう』脅しをかけられた時、既に奈緒子は無事であった。
その事実を確認できなかった大一をいいことに、ハッタリめいた脅しをかけられていたのだ。
結果的に見れば梨顔の目論見通りになった、とも言えるが。
「すまないっ……ありがとうとしか、言えない……」
こんなことがあっていいのだろうか。
一度死んで蘇って目の前にいる賢たちを、自分は殺そうとしたのに。
賢たちはそんな事を微塵も感じさせず、笑っている。
しかも、娘を助けてくれたのだ。
大一は思わず、涙をこぼしていた。
その崩れる身体とともに。
「お父さん!」
奈緒子は、叫び大一に抱きつく。
「……はは。ちょっとは大きくなったのかな? こんな形だったけど、会えてよかった」
大一はそう呟き、娘を抱きしめる。
娘の体温を感じながら、そして思うのだ。
一度死んだときは無念しかなかった。
蘇ってきて、世界の無常を知った。
だけど、こうして蘇ったのには意味があったのだと。
消えていく意識の中、大一はそれを感じていて。
「ああ……俺は……」
……幸せだったんだ。
その言葉を紡ぐことはなく。
びゅうと、強い風が吹いた。
そこにはもう、大一はいない。
ただ、ぬくもりをかき抱いて立ち尽くす奈緒子だけが、そこにいて……。
※
「……大丈夫とね?」
それからどれくらいの時間がたったのだろう。
七瀬は賢に声をかけられ、振り向いた。
「泣いてなかと?」
「泣いたほうが良かったですか?」
「いや、まあ……」
「涙は、お父さんが最初に……って言うのもへんですけど、たくさん流しすぎてしまったので」
「そっか」
賢は頷き、やっぱり七瀬は強いなあと、そう思う。
賢は、七瀬を助けた時のことを思い出していた。
梨顔に撃たれる瞬間まで、弱さを見せなかった七瀬。
黒の怪物と化してからも、彼女は必死に戦っていた。
強い、と思った。
みんな、なんて強いんだろうって。
だから賢も、覚悟を決めることができた。
七瀬に……今まで人に向けることのなかった能力を使う覚悟を。
―――【黒朝白夜(こくちょうびゃくや)】。
それが賢の……いや、まゆの記憶を持ち、この世界へ飛び込んだ賢の新しい能力である。
賢自身や、賢を演じていたまゆが使役していた【隠家範中】は、今となってはそのうちの一つの力に過ぎず、言わばこの新たな能力の隠れ蓑だったと言ってもいい。
もし、法久がそれを見ていたら、それをありえない進化と称すかもしれない。
だけど賢はこの力を得て、元々自分の力は不完全だったのだと、初めから二人で一つの能力だったのだと、確信している部分もあった。
この、【黒朝白夜】という名も、その使い方も……当たり前のものとして使うことができたのだから。
その結果とも言えるのが、今目の前にいる七瀬だった。
賢の能力【黒朝白夜】は、概念をのぞく全ての『もの』吸い込み、あるいはその世界から剥離させる、通称『ブラックホール』と。
『ブラックホール』に取り込んだものの中から選択して吐き出す……あるいはもといた世界に回帰させる、『ホワイトホール』によって構成されている。
賢はその力、『ブラックホール』の力で七瀬を取り込んだ後、七瀬に打ち込まれた弾丸(これに準ずる傷など)を残し、七瀬だけを選択して、『ホワイトホール』から出したのだ。
「……まあ、とにかく無事でよかったとね。これで七瀬になにかあったら、七瀬のお父さんに申し訳がたたなかったところばい」
「うん、ありがとう。母袋くんのおかげだね」
そう言って何だかうれしそうに笑う七瀬に、賢は苦笑で返すしかない。
無事でよかったの言うのは、そのまま賢の本音だったからだ。
何しろ、賢がこの力を使ったのは、これが初めてだったのだから。
賢自身、自分が思っている通りにうまくいく自信なんて、まるでなかったのだ。
そんな事を言えば情けないだけなので、口にはしなかったが。
一方奈緒子は、何だか凄く久しぶりな気がしないでもない、マチカたちを見やる。
彼女達は、奈緒子が見ても分かるくらいにぼろぼろだった。
自分の父親がやったことに少なからず申し訳ない気持ちになる一方で。
七瀬にはマチカを直視することができなかった。
彼女たちの足を引っ張ってしまった、という部分もなくはなかったが。
図らずも言葉通りに、今にも空気に溶けて消えてしまいそうなほどに儚い少女がそこにいたからだ。
ただ……自分が大切と思える人のためにと、命を投げうった少女が。
(第143話につづく)
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