第268話、強きをくじき、女性子供一般人にはされるがまま



結局の所、新しきネセサリー班(チーム)は、三手(マチカと奈緒子、法久と麻理、知己)に分かれて行動することと相成って。



「うわ、ちょっとこれはもの凄いね。これも誰かのカーヴ能力の力なのかな」


事実、一度死に目にあったからなのか。

もう逢えないはずの恋人に逢えるかもしれないことに高揚しているのか。

足手まといを公言してはばからないはずの奈緒子は。

生々しい戦いの跡……浮かぶ別棟へ続くだろう渡り廊下がまるごと階下に落ち込んで無惨な姿を晒しているのを目の当たりにしても、あまり危機感めいたものを覚えていないようだった。

それどころか、真新しい体験を楽しんでいるかのようにも思える。



「アジールの余韻も感じられないし、だいぶ前に壊されたみたいだけどね」


そんな、初心者の余裕めいた図太さを持つ、奈緒子や麻理がマチカには少し羨ましかった。

知己の前では安いプライドにかまけてずいぶんと生意気な口を利いてしまったが。

なまじ経験があるせいかマチカの心中を占めるのは不安ばかりだったからだ。


コウや芳樹はもういない。

自身の体のゆうに三分の二が欠落してしまったかのような感覚が今のマチカには常にある。

事実、マチカの能力者としての力はそれだけ落ち込んでいた。

【廻刃開花】だけでは、渡り廊下を丸ごと破壊してしまうような力に対抗できるはずがないだろう考えてしまっていて。


「こんなとこいつまでも眺めてても仕方ないわ。他を回りましょ。時間もないことだし」

「うん、そうだね」


じっとしていたら止まることなく負のスパイラルへと転がっていってしまう気がして。

マチカは奈緒子の返事を待ち、その場を後にする。


一時間後には集まることになっていたから。

ゆっくりしている暇はないが取り立てて不安を覚える必要はないのだが。

既に風化が始まってしまっているかのような破壊の残滓を見ていると、もう何もかも手遅れではないのか、なんて別種の不安が沸き上がってくる。



「ここは特に酷いわね」


そうして辿り着いたのは、ナースステーションのあった一階病室棟だった。

過去形であるのは、ナースステーションもそばにある病室も、まさしく爆撃にでもあったかのように無惨な姿を晒していたからだ。


雨風をしのぐ天井も、来客を迎える扉も、視界を楽しませ風通す窓も。

バラバラに打ち砕かれ、すべてが混じりあってそこ散在している。

足の踏み場もないような状態。

確実なる、戦いのあと。

ただ、そこに野ざらしになっているものが無機質なものばかりなのがせめてもの救いだった。



「ねえ、マチカ。ここから下にいけそうじゃない?」


と、マチカがそんな事を考えていると。

奈緒子がナースステーションだったろう瓦礫の散在しているその隙間を覗き込み問うてくる。

親しみを込めた呼び方。

つい先日までは腫れ物を扱うような態度だった彼女は、もうそこにはいない。

それは、奈緒子が変わったのではなく、マチカ自身が変われたからなのだろうけど。



「確かに下の方に続いてるように見えるけど」

「言ってみる? 何かあるっていうか、誰かいるかも」

「それは……」


いくらなんでもないでしょう、常識で考えて。

なんて、いかにも型にはまった答えを口にしようとして、口を噤んだ。


たとえそれが、少し大きめのモグラの穴のようなものだとしても。

金箱病院に地下があることなど聞かされたことがなかったとしても。

常識では計れないのがこのカーヴ能力者たちの世界なのだ。

逆に考えれば、そう言った前情報のない奈緒子だからこそ、目の前にある先の見えない道を発見することができたのかもしれない。



「ありだけど、まずは報告ね。もう集合の時間まであまりないし、麻理や知己さんたちも何か見つけているかもしれないから」


自分たち二人……特に今のマチカ自身では、いざという時に奈緒子どころか自分の身を守れるかどうかも危うい。

どこか冷静に、先言に対し矛盾をはらんで。

そんな事を試算している内心を押し殺すように。

マチカは至極もっともな事を口にする。



「あ、本当だ。もう一時間経つんだね。なんだろう、今までにない体験してるせいか、時間がとっても短く感じるよ」


それはまるで、生の実感を今まさに覚えているかのような、そんな言葉だった。



「それじゃ、急ごっか」

「ええ」


軽く笑みをこぼした奈緒子につられてマチカも、場にそぐわない笑みを浮かべ、駆け出す勢いの奈緒子の後に続く。




集合場所に指定したのは、比較的無事だった病院の正面入り口にある広いエントランスホールだった。

元々は日がな煌々と電気がついている場所だからなのか、その場には一種独特の暗がりが広がっている。


玄関の方から入ってくる日の光のおかげで不完全な暗がりは、マチカたちの視界を塞ぐことはせず、そこにあるものすべての輪郭をくっきりと浮かばせていて。


総合受付を前に隊列を組んで並んでいるたくさんの椅子のその一角。

マチカたちよりも早い、先客の姿がある。


「目立つなぁ、麻理って」


感嘆の色を含み、思わずと言った感じで奈緒子がそう呟いたように。

そこにいたのは、麻理だった。

少ない光を纏い、煌びやかな光沢を放つ乳白の髪が、彼女の揺るぎない存在を主張している。

あれでは、どこにいても簡単に見咎められてしまうに違いない。



「危なっかしいわね」


だがそれは同時に、迂闊に触れてはならぬと思えるような神秘さも内在している。

普段は慣れのせいか近いからなのか、あまりそんな事を思うことはないのだが。

それはもしかしたら、独特な世界を形成しているこの場所だからこそ感じることができたのかもしれない。



「あ、来たわね」


そんな麻理も、マチカに気づいたのだろう。

なんだか少しほっとしたみたいに、駆け寄ってくる。


「みんなして10分前行動でやんすか。律儀でやんすねえ」


まるで宝物であるかのように。

腕に抱いたまま法久を離そうとしない麻理。

それにもう慣れたのか諦めたのか、気にした風もなくしみじみとそんな事を呟く法久がいる。

その反対の手には元々瀬華のものだったからなのか、心なしか大きく見える黒いサックがあって。

随分と窮屈な印象を覚えるけれど。



「さっきね、別棟の方でエレベーター見つけたわ。なんでも法久が言うにはないはずの地下に続いてるみたいなの」

「……?」


麻理の言葉。

何故かそれに、マチカは違和感を覚える。

それは、はっきりと示すには難しい、そんな感覚。

さっきまで不完全だったものが完全になったかのような、おかしな錯覚がそこにはある。

マチカは、そんな自分自身に首を傾げるしかなかったけれど。



「え、そうなの? やっぱりだね。私たちが見つけたやつも地下に続いてるんじゃない?」


奈緒子には、その違和感を覚えている様子は見受けられなかった。


「その可能性は高そうね」


かく言うマチカも、なんかしっくりこないというだけで、その違和感に取り立てて不安感や危機感は覚えなかったので。

奈緒子の言葉に頷き、今まさに議題に上っていることについて思索を巡らす。



恐らく、何かあるのだろう。

マチカたちが知らされていなかったものか、その足元に。

考えうるもので一番可能性が高いのは、敵の異世に通じるものだろう。



「他に何か見つけたものは?」

「所々壊されてて行けないところもあったけど、特にはないかな。誰もいなかったし」


返ってきた麻理の答えは、マチカの期待以上でも以下でもないそんな答えだった。

そうなると、必然的にその地下へと向かう必要があるわけだが。



「病院の人とかどこに行ったんだろうね? 法久さん、私聞きたかったんだけど、能力者さん同士の戦いするときって普通の人は避難させるものなの?」


ふいに、奈緒子がそんな事を聞いてくる。



「普通なら能力者同士の戦いは異世でやるものでやんすからね。そういう決まりはなかったでやんすが、やっこさんがルール無視で仕掛けてきてるでやんすし……弥生ちゃんあたりがそんな指示を出してもおかしくないでやんす」

「避難ね。そうだったらいいけど」


法久の言葉通り、敵はカーヴ能力をなにも知らぬ一般人に向けることすら躊躇わないように見えたから。

仲間たちも含めて、ここにいたものたちの無事かどうかは分かったもんじゃない。


そう思っていたマチカだったけれど。



「そうじゃない? さっき病室見たけど無事だったとこはみんな引っ越ししたみたいにきれいだったよ?」


それには、奈緒子がすぐに否定の言葉を発した。


「よく見てるわね」


思わず、正直に感嘆な呟きをもらすマチカ。

意外や意外、奈緒子はあるいはマチカよりもしっかりと見回っていたらしい。


「奈緒子ちゃん凄いね。私そんな事全然気づかなかったよ」

「べ、別にたいしたことじゃないって」


素直な麻理の言葉に、照れる奈緒子がいて。

先ほどまでの不安もどこへやら、微笑ましい気分にもなっていたマチカだったけれど。



「にしても、知己くん遅いでやんすねえ」


不意に呟いた法久の言葉に、マチカの心中にある不安がぶり返してくる。

そもそも、こんな取り留めのない会話は。

集合時間を過ぎても一向に現れる気配のない知己を待っているが為になされたものだったからだ。


「ま、しばらく待ってみるでやんすか」


努めて明るい調子の法久の言葉が、なんだか余計にマチカの不安を煽って……。




二手に分かれてからすぐに感じていたいやな予感は。

最も意外な形で的中してしまったらしい。

それから30分経っても、知己がやって来ることはなかった。



「普通なら15分も遅れれば連絡の一つもよこすでやんすけどね」


深く考え込むような法久の呟きが、その不安に拍車をかける。

つまりは、知己の身に普通でない何かが起こった、ということなのだろう。

念のため、とばかりに法久の方から連絡してみたが。

それに知己が出ることはなく。



「この感じだと知己くんだけ当たりでやんすかね。敵能力者が現れて異世にて交戦中ってところでやんすか」


連絡もなく通じないとくれば、一番可能性のあるのはそれだろう。

だが、よくよく考えてみればナンセンスというか無茶というか、あり得ないことなんじゃないかとマチカは思った。

自分が敵であったのならば、たとえどんなに用意周到に準備をしたとしても、知己を真っ先に襲うなんて間違っても思わないだろうと。


「うう、なんか本場にいるって実感沸いてきた。知己さん、大丈夫かな」


相手がそんな事も分からないくらいに愚かなのか。

心配げに呟く奈緒子のように、知己の埒外さを肌で感じたことがないからなのか。

それとも最初から敗北を覚悟しているのか。

マチカには知る由もなかったが、どちらにせよ無謀なのは間違いないだろう。



「大丈夫じゃない? 知己さんに勝てる能力者がいるとは思えないし」


それがたとえ『パーフェクト・クライム』であったとしても。

知己にかなうものなどいはしないのだと、知己の強さを肌で感じたことのあるマチカは本気で思っていた。


だから、マチカは心配ないとばかりにそう言った。

他のものならともなく、知己ならば放っておいても無事で帰ってきてくれるだろうと。



「だといいでやんすけどねぇ」


しかしそこで。

それを否定するような言葉を呟いたのは法久だった。



「というと?」


知己に一番近い人物だからこその言葉なのか。

マチカと同じように法久の言葉に疑問を抱いたらしい麻理がその真意を問う。


「完全無欠の人間なんてこの世にはいないって事でやんすよ」


マチカには、まさしく知己のような人物がその言葉に相応しいと思えたのだが。

そんな知己と引けを取らない人物であろう法久からすればそんな事はないらしい。


その一言だけで、その場に下りるのは嫌に沈んだ空気。

かと思ったら、黙り込んでしまったマチカ達を見て、法久が可笑しそうな笑みをこぼす。



「例えば、知己くんを襲った敵がきみたち三人のようなかわいこちゃんだったとしたら。喜んでたこなぐられてるとこじゃないでやんすかね。まぁ、手を出せない代わりに負けることもないとは思うでやんすけど」


まるで、その現場を見てきたかのような、法久のからかい七割の確信めいた言葉。


その場には、先ほどとは180度違う沈黙が支配していて……。



            (第269話につづく)






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る