第317話、できれば知りたくはない、怒りを込めて振り返ること
―――同刻、正咲と真澄。
正咲たちは、お互いを支えあうようにして、駆け足に近い歩みを進めていた。
試練とやらを乗り越えて。
その余韻に浸っていた部分もあったかもしれない。
意気揚々と、示された道を行く、その中途で。
どこかの水族館のように。
潜水艦から外を見るように、窓ガラスがあって。
外の青々とした海を見て、気持ちが更に上がっていたくらいだったのに。
「……っ!」
「正咲さ……え?」
氷水に浸かったかのように、正咲が震えたのが分かったのだろう。
名を呼ぶ真澄も、正咲がそうなった訳を感じ取り、思わず立ち止まって辺りを見回している。
かと思ったら、何のためにそこにあったのか、考えもしなかった窓ガラスに取り付く真澄。
「海が、海が泣いてる? で、でも。これは……」
恐らくその変化は、真澄にしか分からないものだったのだろう。
それでも、正咲にも十分理解できるものもあった。
正咲たちは、その音を、声を知っている。
確かに、間違いなく、一度聞いたことがあるもの。
でもその時の音は、喜びに満ち溢れていたはずだった。
また会えたことの感動が、あったはずなのに。
それが、今聞こえてくるのはどうだろう。
心を、耳を、脳を……全ての感じる器官を掻き毟りたくなるような、嫌な感じがそこにある。
不快に思うのは、正咲が完全に記憶を取り戻していない頃に。
同じように泣いたからだろうか。
絶望、喪失、ふがいなさ、怒り、後悔。
あらゆる負の感情が詰まったもの。
『彼女』には、どうしたって似合わないもので。
「なんでっ……」
引きずられるように覚えた感情は、怒りだった。
それを正咲が持て余す中、真澄は余さず聞き取ろうと、その耳をガラスの窓に貼り付けていて。
「……リアの声だっ!」
リア……彼女、恵対する、真澄の呼び名。
『まいそでの天使』。
そう称される彼女の呼び名でもある。
恐らく真澄は、その意味も由来も知らずにそう呼んでいるのだろう。
まいそで、舞袖。
文字通り、舞台の袖、という意味。
つまるところ、舞台の外だ。
この世界……繰り返される物語の観客。
あるいは傍観者。
そんな揶揄が込められている。
ただ、彼女には正咲たちと同じように、与えられた役目がある。
単純に、それがこの舞台の上でなかったというだけで。
「正咲さんっ!」
「……うん、先を急ごうっ」
恵の涙を止めるには、先へ進むしかない。
それこそ舞台の上で踊らされている感覚にも、怒りが沸いてきたが。
今の正咲にはそれ以上の怒りが支配していた。
無垢で箱入りに見えて強い恵が、こんなにも泣く理由なんて、たった一つしか思い浮かばない。
……まゆに、なにかあったのだ。
正咲は覚えている。
みんながバラバラになる、その直前に。
まるでお化けみたいに、足元から消えようとしていたまゆのことを。
もうこの世にいないはずの人間だって。
同じ状態の怜亜に聞かなくても、正咲も知っていた。
別れがやってくることは十分に分っていたし、正咲なりに覚悟はしていたつもりだった。
だけど、だけど恵はそうじゃなかった。
それを分かっていて泣かすなんて、正咲は許せなかったのだ。
正咲よりずっとずっと頭のいいはずのまゆならば。
そうならずに済む方法なんて、いくらでも考えることができただろうに。
正咲が、軋む勢いで歯を食いしばりながら辿り着いたのは。
一度来た攻撃しても攻撃しても再生する壁と、何かを嵌め込むことのできる台のある場所。
有無を言わさず、正咲と真澄は頷きあうと、手に入れた『魂の宝珠』を、
これ見よがしな窪みに嵌め込んだ。
それなのに……。
「なんでっ、なんで何も起こらないのっ!?」
真澄の、悲鳴に近い声が遠い。
正咲より早く、台に拳を叩きつける。
けど、壊れもしない代わりに、何の反応もない。
「……っ」
「うわっ、く、紅っ!?」
そこに、音もなく飛んできたのは、赤色の法久の偽物であった。
なんだかんだ言って無事だったんだって思っていると。
真っ赤なそれはいつものように後ろを向き、何か指し示すようにぽかっと後頭部を開く。
そこに示されていたのは。
パソコンの画面のようなものに浮かび上がる、たくさんの文字。
前半は、試練を受ける前に示されていたもので。
新しく追加されていたのは、試練をクリアして、宝珠を手に入れた、というものと。
「……現在の魂の宝珠、獲得数『1』。ゴールのためには後二つの魂の宝珠が必要です、か」
無意識について出た、そんな言葉で。
それはすなわち、正咲たちが一番乗りで、すぐにはこの場を動けない、と言うことを意味していて。
「やっぱり、こんなの納得できないよ!」
ついさっきまでの正咲みたいに、塞ぐ壁をぶち破ってでも、という勢いでアジールを迸らせる真澄。
その気持ちに同調しつつ、正咲はこの状況を打開しようと考えてみる。
正面突破は……一度やってみた限りでは、この壁を破壊するという目的だけで考えればできるだろうと正咲は考えていた。
しかしここは海の中だ。
海に包まれた外殻を壊しかねないそれは、安易に選択できるものじゃなかった。
なら、引き返すか?
あるいは、他の道を見つける?
どちらも不確定で、正しいとは言い切れない。
横の壁を壊す方法は、一度試したはずだ。
確かその時は、結局うまくいかなかったはずで。
そもそもここが異世な時点で、気づくべき事で。
「なにか、なにか方法は……」
探さなければ。
正咲の能力は、存在するすべての歌を具現することなのだから。
集中して考えて考えれば、きっと何か方法が……。
「……え? なにこれ?」
それは、ほとんど偶然に近いものだった。
真澄ちに触発されて何か能力を使おうとアジールを展開しようとして。
正咲のものではない、別の人の力がすぐ近くにあることに気づいたのは。
「正咲さん? どうかした?」
「う、うん。……あのさ、ジョイの頭のうしろのとこに、なにかついてない?」
いつの間に、というよりいつからそれはついていたのか。
その、正咲の力でも、真澄の力でも、この巨大ロボットの能力者のものでもないそれは、何故か正咲の後頭部にくっついている。
「えと、その……能力感知は苦手なんですけど、た、多分その、糸みたいなの? 納豆のネバネバ? みたいなのが」
随分と自信なさそうではあったが。
真澄のその言葉は、ぴたりと嵌るような気がした。
正咲は、手のひらにアジールを少し纏わせると、後ろ髪を引っ張るみたいに、確かにそこにあるものを引っ張ってみる。
それは、薄ぼんやりと光る、まさに糸であった。
真澄の言う通り、少し粘着性もあって。
それをぐにぐにさせながら、よくよく考えてみたら、どこかで体験したことのあるものに思えて。
正咲は、もう一度深く深く考えて。
「あっ、そうだ! 勇くんたちと一緒にいた、男の人の能力だ!」
「それって、AKASHA班(チーム)の?」
正咲も興奮していたが、真澄も同じだったらしい。
確か……王神って名前の男の人の能力のはずだと理解して。
「この糸が、おーしんさんに繋がってるなら、ここから抜け出せるかも!」
「本当に!?」
「うんっ」
正咲は何度も頷き、再びその糸に集中、力を送り込むイメージ。
まずはこっちと繋がっている事を伝えなくちゃいけない。
(おーしんさん! きこえますか! ジョイだよ!)
正咲は、その糸が通信に使えるなんて、知っていたわけではなかった。
ただ、気持ちを込めて言葉にしたほうが、届くかもしれないって、そう思っていて。
そして……。
その偶然が、ひとつの奇跡を呼ぶなんて事を。
その時の正咲たちは、知る由もなかったわけだが……。
(第318話につづく)
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