第四十章、『AKASHA~眩暈~』
第318話、伝統とか伝説の安売りを知る時点でモブじゃない
石渡怜亜がダーリン……王神公康に恋したのは。
まだカーヴ能力者の卵として、若桜高校に通いだした頃の話であった。
それは、ありがちと言えばありがちな、平凡な出会いで。
勉強の成績はそこそこ。運動能力は普通。
お話で言うなら、主人公の視界の先をうろちょろするモブキャラクターにすぎないとなんとはなしに怜亜は自覚していて。
そんな怜亜が唯一、他の人より突出していると思えるもの。
それは、妄想することだった。
あまり偉そうに言えることでもなかったが。
その妄想力で、脇役にもならないと自覚していた怜亜は。
主人公=王神との出会いを平凡なものから特別なものに変えてしまったのだ。
カーヴ能力と呼ばれる、異質な力のあるこの世界で。
それがどんなすれ違いを生むかなんてこと、考えにも至らないままで。
王神は、若桜高校に入学したその瞬間から、誰よりも目立っていた。
入学生代表のことばから始まって、入学お祝い試験でもトップ。
新入生たちの中で、名を持つ能力を身につけていた、数少ない人物のひとりで。
運動神経はどうかなんて、論ずるに値しないほどに恵まれた体格。
その容姿は、人によっては好みが分かれるかもしれないけれど。
同学年の誰よりも大人びていて、怜亜の好みのど真ん中を通過しているといっても過言ではなかった。
ただ、同時の学友に言わせれば、少しばかり性格に難がある、とのことらしい。
代々、カーヴ能力をその身に宿す家系で、エリート思考。
プライドが高く、常にそのきりっとした眉の間にしわを寄せていて。
眼光は鋭く、周りを寄せ付けない空気を放っている。
周りを見下すような発言や態度を取ることはなかったが。
一日学校で過ごしていても、周りとの会話はほとんどなく。
彼が率先して口を開くことは、授業中以外にはありえない。
中学校の友達、なんて立ち位置の人物もいなかったようで。
実際はそんな事ないのに、彼に周りには、いつもぽっかりとスペースが開いているかのような、そんな雰囲気さえあった。
怜亜にしてみれば、そんな近付きがたい雰囲気も好ましく映っていたわけだが……。
怜亜は、そんな彼のプライドスペースの外側、斜め右後ろの席で、毎日彼の事を見つめていた。
当然、会話などできない。
そのつもりは十分あったのだが、怜亜は動かなかった。
何故なら、その必要がなかったからだ。
怜亜の妄想では、彼は既に怜亜の恋人だったのだから。
こうして心のうちを曝け出すと。
相当危ないやつだったなぁ、なんて怜亜自身でも思えたが。
改めてこうしてカミングアウトする機会がないだけで、誰だってちょっとくらいは考えたことあるよね、なんて自分で自分を擁護していて。
馴れ初めと言うか、あくまで怜亜だけの一方的な妄想は。
いかにして生まれたのか。
それは、モブキャラとしてはかなりおいしいイベントが、怜亜に起こったことに尽きる。
時期で言えば、若桜高校に入学して、一ヶ月も経っていないある日のこと。
寮や、下宿でなく地元のものとして若桜高校に通っていた怜亜はその日、明日までに提出しなければならないプリントを、学校に忘れてきてしまったことに気づいた。
気づいたのは、夕飯を終えお風呂にでも、なんて思っていた時分。
もちろんとっくに日は沈んでいて、正直取りに行くかどうか迷ったのだが、家から学校が近かったこともあり、結局怜亜は夜の帳が降りる中、学校へ向かうことにしたわけだが。
迷い、渋った理由はひとつ。
夜になると、学校にお化けが出るといった噂が立っていたからで。
地元民かつカーヴ能力者の卵であった怜亜は、それがあながちただの噂ではないことを知っていた。
何でも学校が建つ前は、田んぼがあって(実は若桜はまだ築十年も経っていないのだ)、そこに土地神様が住んでいたらしく、学校が建ってしまったことに気づいていないのか、お構いなしなのか、我が家のように学校を徘徊している……なんて話を、よっぱらった父によく聞かされていたのだ。
その土地神様は、『いなほさま』なんて呼ばれていて。
現実的な話、その後の母の補足では、元地主の小柴見家に仕えていたファミリアか何かじゃないか、とのことで。
今までこれといった被害も何もなかったそうだけど。
そんな話が現実としてある以上、無視はできない。
だからこそ気が引けて、恐る恐る学校にやってきた怜亜だったけれど。
そんな心情など構わずに、学校には宿直の先生がいた。
その事に、そりゃそうだよねって安堵して納得して。
あわよくば教室までついてきてもらえればいいか、なんて思っていたのだが。
宿直……庁務のおじさんは、宿直室に備え付けの、テレビに夢中になっていた。
ただそれだけならすみませんが、ちょっと付き合ってくれませんか、なんて言えたのだが。
やっていたのが、でんとーの一戦なんて言われてる野球の試合だったからいただけない。
ねことうさぎの因縁の対決。
怜亜自身、彼が好きだと知るまで、そんな興味なかったのだが。
庁務のおじさんは根っからのねこファンだったようで、近づける雰囲気じゃんかったのだ。
声をかけても、今いいところだから勝手にしろ、しっし、と言った態度。
これでもうちょっと気が強くて、もうちょっといいとこのお嬢様なら、文句の一つも言えたのかもしれないが。
触らぬねこファンにたたりなし、なんて父に良く聞かされていたから。
仕方なく怜亜は、一人で夜の校舎を歩く羽目になったわけで。
それが彼との出会いに繋がったわけなのだから。
怜亜としては、庁務のおじさんにも感謝しきりなわけだが。
そんなこんなで。
おっかなびっくり辿り着いたのは、教室のある棟。
その廊下、非常口を示す緑の光が、ぼんやりと浮かび上がり、本当に何か出そうな、そんな雰囲気があって。
闇に支配された教室に入るのは、少しためらわれる。
それは、不確定なものに対する恐怖ではなく。
お化けも幽霊ももののけも、カーヴの力に当てはめれば、あるいは何が起きてもおかしくないこのご時世、現実のものとして怜亜に襲い掛かってくる可能性に対しての迷い故である。
実際問題、『いなほさま』でなくとも、塵芥に等しい魑魅魍魎たちでさえ、怜亜にとってみれば脅威だった。
何せ、落ちこぼれなどと呼ばれる以前に、その時の怜亜は、カーヴのいろはをようやく理解し始めたひよっ子だったのだから。
どんなカーヴ能力を持っているのかも曖昧で。
能力者ならば音楽に縁深くなくちゃいけないってことで、見た目のかっこよさだけで練習していたギターは、そもそもセンスがなかったのか、全くもって上達しない。
そんな、際立ったとこのひとつもないモブキャラ。
故に、さっさと取るものとって帰ろうと教室のドアを開けたその瞬間。
目に飛び込んできた、おどろおどろしい緑色の光に、すわ死亡フラグかと震えあがったわけだけど。
「……って、非常口の光じゃん」
どうやらそれは、窓の向こうに見える、非常口の光だったらしい。
思わずひとりごとが出てしまうくらい、びびりな自分に呆れつつ。
声を出すことで少し自分を落ち着かせた怜亜は。
さくさく自分の机までやってきて、目的のブツを回収する。
そして、意気揚々と凱旋帰宅をしようとして。
怜亜の足はぴたりと止まった。
―――うちの教室から、別の棟なんか見えたっけ?
そんな事実に気づいた途端、ぞくりとする背中。
「……っ」
振り返るまでもなく、眦の端から入ってくる、緑色の光。
明らかにさっきよりも近い。
しかも、こう、なんて言えばいいのか、嘆いているというか、怨嗟の声って言えばいいのか、一般的に悪霊が自分の存在をアピールする時のような音が怜亜の耳朶を打って。
その瞬間、台風の暴風域にいきなり突っ込まれたみたいな、衝撃が怜亜を襲った。
ガシャガシャと、机や椅子が軋む音とともに、その場に倒れこむ怜亜。
「いった!? な、ななん!? 何なの!?」
突然の事に恐怖に駆られ、身体を丸めるようにしてうずくまっていた怜亜は。
それの正体が何であったかなんて、当然知りようもなかった。
それが本物の『いなほさま』であったとしても、
初対面かつこのタイミングで、『いなほさま』の特徴を思い出すような機転が生まれるほどのスペックも持っていない。
怜亜ができるのは、みっともなく強風に圧されるようにして倒れている机や椅子たちにまみれて蹲るばかりで。
そこからは、顔を伏せて見ていなかったから。
結局怜亜の想像になってしまうわけだが。
『いなほさま』かもしれない圧力を持った風は。
怜亜を逃がすまいと、ぐるぐるぐるぐる回っているみたいだった。
ひょっとしたらそれは、言葉を話せない『いなほさま』が。
あるいは『いなほさま』の言葉を理解できないあたしに対して、何かを伝えようとする行動だったのかもしれない。
敵意や殺意なんて分かりようもなかったが。
その風は、周りの椅子や机を倒したっきり怜亜に痛みを与えることはなかったから。
それでも、部屋の中ではありえない風にさんざん弄ばれて。
元々癖の強い怜亜の髪は、きっとひどい事になっていたに違いない。
こういう時に限って知り合いに会ったりするのだ。
でも今は夜の学校内だから大丈夫か。
なんてフラグが立ってるんだかそうじゃないんだか分からない事を考えつつも。
結局ひたすらに蹲っていると、不意に風向きが変わった気がした。
いや、それはそんな簡単なものではなく。
その時の怜亜には、その風が何かに気づいたみたいに立ち止まったのを感じ取っていて。
もう終わりなのだろうかと恐る恐る顔を上げかけると。
「わわっ!?」
そのタイミングで、ぐおんと風が泣き、どこへともなく移動してゆく感覚。
やはり怜亜に話しかけようとしたのに聞く耳持ってなかったからなのか、諦めてどこか、違う人のところに行ってしまったのかもしれない。
「……はっ」
怜亜はそう思い立ち、ばっと立ち上がった。
それは、ほとんど無意識の行動。
『いなほさま』かどうかも分からないそれを、追いかけたところで怜亜にどうにかできるはずもなかったのに。
気づけば怜亜は、それを追いかけるようにして教室から飛び出していて……。
(第319話につづく)
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