第319話、妄想なのか現実なのか、夢朧すぎて分からない
月明かりか、それでも外灯の明かりによるものか。
教室内よりはいくらか明るい廊下を、訳も分からず駆け出してゆく。
怜亜はそれを、動揺してパニックになった上での無意識な行動だと思っていたが。
今思えば、何かしら予感があったのかもしれない。
触れたことで、気づいたことがあったのかもしれない。
怜亜自分の能力……借り物でない本当の能力の事を思えば。
その、追いかける相手がどっちに行ったのかもはっきりせずに、あてもなく走っていた怜亜。
混乱気味だった怜亜は、当然前なんて見ているはずもなく。
正しくも廊下の角と呼ばれる地点で、出会い頭に誰かと衝突する。
こんな夜の時間帯に、数ある学校の角で鉢合わせになる確率。
一体それは、どれほどのものなのだろう。
今でもそこに運命があったと強く主張したい怜亜だったけれど。
そんな少ない確率の事が、まさか起きると思ってなかった怜亜は。
避ける気配すら見せられずに、その相手の胸元に飛び込んでしまう。
「うひゃうっ!?」
「……っ」
思ったよりもなかった衝撃に、それでも空気が押し出されるような変な声が出る。
感じるのは、確かなぬくもり。僅かな汗の匂い。
大好きな人の存在そのもの。
「だいじ」
「にゅおおおおっ!! ごっごごごめんなさい!」
触れただけで、そんな事を自覚してしまった怜亜。
一方的にこちらが突っ込んできたはずなのに、さりげなく衝撃を和らげてくれたそのやさしさ。
まさか、今この瞬間に会えると思っていなくて、抱きしめられたこと正に役得!
なんて嬉しさと幸せが込み上げてくる怜亜の心と裏腹に、身体は勝手に動いていた。
自分でもそのリアクションは無いだろうとツッコミたい声を上げ、
彼に半ばかかっていた体重すら恥ずかしく、背骨が軋む勢いで、ばばっと彼から間合いを取る。
「……レアさん? 」
「へ? あ、ああたしの事、ご、ご存知で?」
「いや、まぁ……クラスメイトだろう?」
「いえ、あのその。そうなんですけど、モブのあたしが認知されてるとは思いもよらなかったっていうかなんていうか」
名前を呼ばれたことが。
知ってもらえていたことが嬉しくて。
だけど、ただのクラスメイトであるという言葉と、怜亜の妄想とのギャップがもどかしくて。
混乱して目がぐるぐるしていただろう怜亜に、彼は手をゆるめることなく、更に追い討ちをかけてくる。
なんと、大人でクールな鉄面皮で通っていた彼が、くすりと笑みをこぼしたではないか。
「モブって……レアさん、充分目立ってると思うが」
「いやいやいや! そんなもったいない! じ、じゃなかった、滅相も無い! あたしなんてっ!」
自身で何言ってるか、もう訳が分からなくなってる一方で、
せっかくのシャッターチャンスというか、お宝ゲットできたかもしれないのに。
どうして森ガール必須アイテム、キャメラの一つも持ってなかったのかと内心で落ち込んでいると。
また一つ、初めて見る仕草。
僅かばかり、その広い肩をすくめて見せた後、彼は微笑を浮かべたまま、ごくごく自然に話題を変えた。
「……ところで、レアさんはどうしてこんな時間に?」
「え? あの、その……忘れ物を取りに」
その瞬間、不意に迫って瞳の奥を覗かれ、問いかけられたかのような感覚。
怜亜はテンパリつつも、手に持ったよれよれのプリントを、ばっさばっさと自己主張させつつ、そう答える。
そしてその勢いのまま、会話を続けたい一心で、似たような言葉を続ける。
「だ……お、王神くんも忘れ物?」
「ああ。ちょっと先生に頼まれて、夜の学校にはぐれファミリアが出るって聞いたから」
「そ、それってもしかして緑色の球体みたいなのかな? さっき見たよ。教室の外から、嵐が来たみたいに教室を荒らして……凄い勢いで外に出て行ったの。そ、それで、慌ててあたしも追いかけたんだけどっ」
『いなほさま』かと思っていたが、どうやらはぐれファミリアだったらしい。
彼がそれをつかまえ? に来たのなら、協力しなくてはと。
必死になって身振り手振りで、怜亜は今までの状況を説明する。
「うーん。それなら俺と鉢合わせしてもおかしくないんだが……感づかれたかな。
でもレアさん。どうして追いかけよう、なんて?」
「えと、それは……」
確かに、言われてみれば。
怜亜はあの時なんで追いかけよう、なんて思ったのか。
「何かを伝えたそうにしてたから、もう一度、ちゃんと聞こうって」
「へぇ。おもしろいなぁ、レアさんって。……うん。見込みありそうだ」
「へ? みこみ?」
それって何の見込みでしょう?
あたしとあなたが付き合う可能性、とかだったりしちゃいますか!?
……なんて見当違いも甚だしい浮かれた事を考えていたからいけなかったのか。
何故か急に暗くなる視界。
「え? えっ?」
そこにいるはずの、彼の姿がぼやけ、緑色に染まってゆく。
さっきの強い風が、またしても怜亜を襲い、立っていられなくなるほどで。
気づかされたのは、その瞬間だった。
いつもぶすっとして孤立しているように見えた彼が。
あんなフランクに下の名前で呼んでくれるなんてこと……あるわけないだろうってことに。
(第320話につづく)
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