第427話、この期に及んで、知らないから。それを留まる意義にして
「もーっ、カナちゃんどうしてこんなとこにかくれてるのさ~」
「あ、その、ご、ごめんなさい……」
「ちがうよぅっ、そうじゃなくって、せっかくの再会なのに、カナちゃんどこにもいないから心配したんだよぉ」
「……あ、うん。つい癖で。隠れちゃったの」
「そっかぁ。とっさのことだもん、しょうがないよね。……それにそもそもあやまらなきゃいけないのはジョイのほうだもん。ごめんなさい、カナちゃん。今の今までますたー……ごしゅじんさまおしつけちゃって。それだけにあきたらず、いっぱいうそついちゃってさ。うん、そりゃこんなひどいジョイにみつからないようにかくれるの、とうぜんだよね」
抱き合ったままの至近距離のやりとり。
初めは勢いに任せて元気いっぱいで、溌剌としていたのに。
正咲は自身がしでかしてしまったことを、ここにきて話すたびに改めて思い返したのか、だんだんとその声色に湿ったものが混じっていって。
「そうじゃない! は、こっちの言葉よっ。マスター……ううん、ジョイっ。確かにわたしがファミリアだったって気づいた時は驚いたし、ショックもあったけれど、おかげて得たことも素敵なこともあったんだからっ。初めに謝っちゃったけど、むしろありがとうって言いたいくらいなんだからっ」
「かっ、カナちゃん……っ!」
あやし励ますような、自分に言い聞かせるかのようなカナリの言葉に。
名を呼んだところでその先が続かず。
正咲の、より一層抱きしめる力が強くなっていって……。
そうして、めでたしめでたしで。
二人で手を繋いで、みんなでいっしょに異世界のその先へと、未来を繋ぎ駆けることができたのかもしれないのに。
「ん? なんだかお水、揺れてないですか、お姉ちゃん」
「ほんとだ。……これは、何かが来ると?」
ゆっくりと考える時間が残されてはいなかったのは確かなようで。
天使姉妹が息をのみ、鳴動を始める泉を見据えたのはその瞬間。
はっとなって顔を上げた正咲は。
照れ隠しで、その小さな手を使い目元をさすった後、その尻尾で軽く反動をつけてカナリの胸元から飛び上がったかと思うと。
一度だけ振り返ってカナリを促すと、だだだっと駆け出し天使姉妹の元へと向かってゆく。
カナリが、その後についていった頃には。
思ったよりも広く深い七色の泉のその向こうに、大きくて黒く丸い、影を纏わせた何かがあるのが分かった。
「きた……ね。ふねが」
しましまもこもこの背中がそう呟いた時には。
金糸の混じった黒髪の少女の背中に戻っていた。
透影の名を持つ一族として、今の今まで『それ』を目にしたことはなかったわけだが。
水の中に見え隠れする、まるでくじらが何か……巨大な海洋生物めいた舟を目の当たりにして。
正咲だけでなく、カナリもすぐにそれが代々守ってきたという、『時の舟』であることを理解する。
それと同時に。
物心ついた頃から、正咲の分け身として。
ファミリアとして自身の存在を自覚した時から。
正咲の家族、あるいは両親がいなかったという事実も思い出してしまう。
正咲自身、過去に囚われ……それを思い出してからも、さほど気にする素振りを見せなかったのは。
透影家のものとして、その舟の操縦手となって舵を操り、異世界じゅうを旅していて、いつかどこかの世界で存命しているという事実を、知っていたからなのかもしれなくて。
でも、それでも。
正咲にとってたった一人残された家族にも等しい存在が、カナリであることに間違いはないと。
そう主張するみたいに。
『時の舟』の方へと向かい、天使姉妹とじゃれあい、戯れながらも異世界の旅へ出発せんとする正咲の姿に、迷いは感じられなかった。
……そんな彼女に、一体どうやって『一緒には行けない』などと告げられるだろう?
その舟が定員オーバーで、ここにいる全員は乗れないから。
なんて理由でもあれば、共に在ることを辞退できるだろうか。
カナリは、その答えが纏まらないままに。
それでもなんとはなしに正咲たちの元へと向かうと。
「あっ、かな、カナリさん。久しぶりでいいのかな? ケン……じゃなく、まゆです」
「……えっと、お、お久しぶりです?」
まずカナリに声をかけてきたのは。
どちらかと言うと年かさ……恐らくは姉であろう栗色髪、琥珀色の瞳の天使であった。
会ったことはなかったように思えたが、全く記憶にないと言えば嘘になるような、そんなおかしな感覚。
どうやらそれは、カナリだけでなく相手……まゆの方もそう思っているらしい。
お互い探り探りのおかしな挨拶をしているのを、さすがに正咲にも、天使妹……リアにも、不可思議に映ったようで。
「お姉ちゃん。かなさんとお知り合いだったですか? あ、でもリアは初めてですよね。初めましてです、かなさん。リアはお姉ちゃんの妹のリアですよ」
「あ、これはご丁寧にどうも。マスター……ジョイのファミリアのカナリです」
正咲はそんな二人のやり取りを見て、『うず先生のもとでアーティストのたまごやってるときに会ってるじゃん』などとぼやいていたが。
言われて改めて気づかされる、『パーフェクト・クライム』、黒い太陽が落ちたその一度目、その瞬間。
前後の記憶を含めて、その黒き太陽を落とした下手人が誰であるのか、思い出せていないという事実。
問題なのは。
カナリはまだ思い出せていないというのに、その話ぶりから判断するに、正咲自身はそのことを知っている、ということで。
……この期に及んで、またカナリの知りえない、隠していることがあるのか。
カナリは一瞬、そう訝しんだが。
何もかも話せるわけじゃないことは、カナリ自身も同じである、と言う事にも気づかされて。
当然、その事で責める気にもならず。
その代わりにカナリは。
『一緒には行けない』、その理由に使わせてもらおうと愚考して。
「ええと……ご挨拶したばかりでなんなのですが。わたしはここに残ります。時の扉を見守り継ぐ使命もありますから」
ほんわかのんびりした空気を切るみたいに。
カナリはまずは一番に伝えなくてはならないことを口にする。
すると、それにすぐさま苛烈に反応したのは、案の定正咲であった。
「ええっ!? なんでっ。いっしょにいくんじゃないのっ? だってカナちゃん、そのためにここでまっててくれたんでしょっ」
「ええ、最初はその予定だったのだけど……『時の舟』ひとつでここにいるみんなが乗り込むのは、定員オーバーじゃないかと思って」
『時の舟』の操縦者である、透影家の一族のものひとりと、時を渡る使命と宿命を負った救世主、翼あるもののひとり。
カナリとしてはそういった認識だったわけだが。
カナリ自身以外にも、イレギュラーの存在があることは、誤算と言えば誤算で。
この残された泉、時の扉を管理、見守っていくものがいた方がいいような気もするし。
そのような理由でここへ留まることに納得してくれたのならば、まだよかったわけだが。
鍵を差し込んだことで。
異世界への出発は万端とばかりに、舟への入口……潜水艦にも見えるそれの尾鰭の部分が浮かび上がったこともあって。
「だ、だいじょぶだからっ、ちょっと確認してくるから、まってて!」
虹色噴水を飛び越えて。
焦ったようにそう叫んだかと思うと。
正咲は舟のてっぺんにある入口、ハッチを開かんと駆け出していく……。
(第428話につづく)
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