第五十三章、『奏~斜陽』
第428話、突然鳴り響く出発の音、焦るみゃんぴょうを言い包めて
皆が状況を見守る中。
正に小動物のごときせわしない動きで、正咲は真っ黒な潜水艦めいた『時の舟』にとっつき、尾びれのてっぺんにある中へ入るためのハッチを開いたかと思うと。
ざっと中を覗き込んで……少しばかり焦った様子で声を上げる。
「んー、だいじょぶだってっ。いけるいけるっ! 寝る時ちょっとせまいけど、くっついて寝ればいいんだしっ」
「って、ちょっとこれってそんな時間かかると? さすがにそれは……うん、それなら僕が残ろうか。元々、大層な資格があるわけでもないし」
カナリの言い分により、まゆ自身が本来予定になかったイレギュラーな人員であることに気付いたらしい。
それによりあっさりと離脱を表明するものだから、カナリの方がそれに狼狽していると、すぐさま続けざまに二つの拒否反応が上がった。
「やですっ! もうお姉ちゃんと離れるのはっ!」
「そうだよっ。いまさら、やっぱりやめた、なんてゆるさないからねっ!」
「お、おぉう。思った以上にリアクション。なら、うん。まぁ……仕方ないかな?」
ちょっとくらい狭くても、一蓮托生、我慢しよう。
まゆはそうまとめつつも。
本当は一緒に行きたくない理由があるんでしょう、とばかりに。
カナリのことをじっと見つめてくる。
カナリはそれに……意を決して一つ頷いて見せて。
「ごめんなさい、ジョイ……ううん、マスター。やっぱりわたし、一緒には行けないよ。この世界がどうして終わるのか、まだわたしは知らないから」
それを見届けて、未だ失われたままの記憶を取り戻したい。
意を決したまではよかったものの、カナリの口から出たのは、そんな別のものであったが。
事実、カナリは知らないのにも関わらず、ここにいる人物はその理由を知っている。
まゆは目を閉じ、今まで朗らかだったリアの表情がすっと消えて。
未だ黙っていたままであることの後ろめたさに、正咲がひどく狼狽するのが見て取れて。
「お、おわらないよっ。この世界はっ。そのためにジョイたちは旅にでるんだもんっ」
「終わる理由……とね。カナリさんが知りたいって言うのならば、教えたっていいんじゃなかと? 彼女にはその資格、あると思うけど」
それでも、今更に誤魔化そうとする正咲。
それを制したのは、まゆであった。
聞けば、きっと後悔する。
だけど、聞かないのももっと後悔するだろう。
その、薄桃色の不思議な色合いの瞳で、覚悟を問うてくるまゆ。
きっと、カナリのことを慮り、心配した上での言葉だったのだろう。
でもぅ、と何か言いかけて。
正咲はぐっと拳を握り、下を向く。
知らない方が後悔するといったまゆの言葉に、一理あると思ったからだ。
「世界の終わりを導く、黒い太陽。その答えを知っても、なにか解決するわけじゃないです。それでもカナさんは、知りたいですか?」
と、その答えを。
最後の救世主としての使命を思い出したのか。
色を失っていたリアの顔に、苛烈で凄絶な感情が灯り、改めて覚悟を問うてくる。
正咲がより一層、はらはら、おろおろと再びせわしなくなる中。
カナリは迷うことなく、しっかりと頷いてみせて。
「……それじゃあ、僕から話そうか」
きっと、そこから自分が、一番縁遠いはずだから。
そんな風に、微かにまゆ……ケンは微笑んで見せて。
ある意味期せずして、カナリは世界の終わり、その真実、きっかけを知ることとなる……。
※
「そんな……ことって」
茫然自失。
カーヴ扱いしものであるのならば。
その誰もが可能性があったとて、中々すぐに受け入れられるものではなかった。
それと同時に、たとえ知りえたとて、もはやこのままでは世界の終わりを避けられない、といった事実をはっきりと突きつけられてしまう。
こうして、異世界から今を、未来を変えんとする意味が。
一縷の望みに賭けるのが、どうしようもなく納得できてしまって。
ここに残ったとしても、正直なことを言えば無駄死にするだけなのかもしれない。
それは、理解した上で残ろうとする者には、決して口にできないものでもあって。
だからこそ余計にカナリは。
正咲たちと一緒には行けない、確たる理由を自覚して。
「わたしは。わたしには、マスター……ジョイの大切なひとが、まゆさんたちであるように、ここで待つべきひとがいるんです。いつ来るかも、もしかしたら、来ないかもしれないけれど。多分それがわたしの、生まれてきた意味だと思うから……」
そう呟き、カナリが見つめるのは『もう一人の自分』がいるベンチ。
彼女がそこにいると言うことは。
カナリの待ち人は、来ることはないのかもしれない。
だけど、だからと言って自分だけここからいなくなるわけにはいかなかった。
それはあくまでも、カナリという個の我がままで。
存在証明そのものであるのだから。
「うー……っ、で、でもぅっ」
元は同じ存在であり、親、家族と言ってもいい正咲(ジョイ)。
そんなカナリの意思を尊重したい自分と、憂い心配する自分が争って、泣き出しそうな声を上げている。
とはいえ、それはカナリの方も同じで。
カナリだって負けないくらい正咲が大切で大好きなのは確かであって。
そのまま共に在ることを、涙ながらに訴えられようものならば。
我がままな決意が揺らぐのは確かであったが。
そんな二人を急かし、翻弄するみたいに。
決断は、今この瞬間だと迫ってくるかのように。
あるいは入口のハッチを開けたことがサインであったのか。
急に息を、目を覚ましたかのように。
漆黒のくじらめいた『時の舟』が身じろぎし、震えだすのが分かって。
「なぁ、これって、まずいんじゃあ」
「な、なにですか? 空気がゆらゆらしてるです」
突如発生した、陽炎めいたもの。
蜃気楼のごとき揺らぎは、所謂時の扉が開け放たれた証左でもあって。
そう時間がかからずに、『時の舟』が動き出すことを意味していて。
「先に行って、世界を救う方法を見つけて、帰ってきてください。マスター……いえ、ジョイがうまくやれば、わたしは向こうのベンチで座って、待っているだけですから……」
「っ、う、うん。わかったよ! ぜったいだかんね! まっててよ、すぐにかえってくるから!!」
後押しするように、目一杯の笑顔で。
カナリは正咲を、送り出す。
それが、正咲自身によく似た、『ひまわり』のような笑顔だったから。
俄然やる気が湧いてきて。
正咲はリアとまゆをぐいぐい引っ張って、いそげぇっ! とばかりに『時の舟』へと乗り込んでゆく。
きっと、しっぽがあったらのならば。
やる気に燃えてぶんぶんと暴れまわっていたことだろう。
約束したから、絶対に違(たが)わないと。
正咲にためらいの振り返りのひとつもなく。
その後に、すっかり元に戻ったリアが、楽しげに続いて。
それでも、すべてを見透かすかのように。
まゆが顧み、もう一度カナリのことを見つめてくる。
「……最初は、ふたり、全然似てないと思ってたけど。やっぱり似たもの同士とね。わがままで、前しか見てないところとか、さ」
カナリが思うように。
我がままに、やりたいことを頑張ればいい。
多くは語らなかったけれど。
そんなエールをもらった気がして。
実に皮肉の利いたそれに。
正咲とはまるで正反対な、虚実(ウソ)ばかりの自分を突き付けられたような気もしていたけれど。
……もしかしたら、元はと言えば同一存在である正咲だからこそ。
そんなカナリの全てを分かった上での、ひどくあっさりとした別れを演出したかったのかもしれなくて。
そうして……はっと我に返った時には。
七色の水も、くじらのような『時の舟』も。
始めからなかったかのように、ごくごく普通の噴水池が、そこにはあって。
「鍵は、一度きりの使いきり。そりゃそうよね……」
その事で改めて気付かされるのは。
再び『時の舟』を呼び込むには、新たなる鍵となる、『贄』が必要となるといった、そんな事実。
「もう、時間はなさそうだし。準備だけはしとかなくちゃ」
都合よく、新しい鍵を持って待ち人がやってくるなんて事は、ありえないだろう。
自身に言い聞かせるように呟いたその言葉に。
未だ目の当たりにしている悲壮感はなく。
それなのにも関わらず、悲しいまま座り続ける『もう一人の自分』に目を逸らしながら。
カナリは、元よりそのつもりで。
予定していた使命を果たさんと、準備を始めるのだった……。
(第429話につづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます